はじめての町 その9 王族として
サラは驚いた顔でルルテを見、それからバラクが出ていった扉を見つめた。
サラは王女と旅をしているとはいえ、貴族社会に身を置いていたわけではない。今のやり取りは、彼女には奇妙に映った。
確かにルルテは王女であり、マレーン王国でもっとも高貴な血を持つ。
だが、何ゆえあの男はあれほどまでに恐縮し、そしてルルテはなぜ急に名を尋ね、商会の名を問うたのか。さらには絹衣を求めるとは、一体何をしているのか・・・
サラにはまったく理解できなかった。
市井や旅のことなら誰よりも知っているサラであったが、知らぬ世界はある。
不思議そうな顔を向けるサラに、ルルテは少しだけ頬を緩め、ついには笑い出した。
「サラよ。王女としての我を見るのが、それほど珍しいか。」
声がどこか楽しげだった。
サラは肩を竦めた。
「はっ。なんの芝居かと思ったさね。」
「芝居ではないぞ。意味があるのだ。あの者は最後まで礼節を忘れなかった。だから褒美をやったのだ。」
「褒美?」
サラはますますわからないという顔をした。
「そうか。そなたも今後我らと旅をするのだ。そなたからは多くを学んでおる。今度は、我がそなたに貴族のなんたるかを教えてやろう。」
ルルテは挑むような笑みを浮かべた。
「ふん。」
サラが鼻を鳴らすと、ジレがその態度に顔をしかめた。
ジレにとってサラは得難い友人だが、主が軽んじられたとなれば話は別だ。口を開きかけたところで、
「ジレ。サラは仲間だ。良いのだ。かしこまってしまっては、今後旅も続けられまい。本当の意味での無礼講だ。」
ルルテが制した。
ジレは軽く頭を下げ、一歩下がって次の言葉を待った。
ルルテは、先程のやり取りの意味をサラに説明し始めた。
そもそもバラクが貴族御用達の宿で丁稚のような仕事をしているのは、宿泊する貴族たちの既知を得るためであること。
そして将来継ぐであろう商会の名を上げ、商品を気に入ってもらうためであること。
ゆえに、バラクは自ら名乗らない。貴族に対して図々しいと思われる可能性があるからだ。
態度と礼節をもって名を問われる・・・そこからが商人としての勝負である。
そして、バラクは勝った。
だからルルテは名を聞き、商会の名を尋ね、商品を求めた。
礼節で唸らせたなら、次は商品で唸らせてみよ・・・それは王女からの挑戦でもあった。
サラは表情が抜け落ちたように固まった。
「面倒か?」
ルルテが問う。
「うちには、貴族は無理さね・・・。」
「そうかもしれぬな。ただ、我にも傭兵は無理だ。」
2人は顔を見合わせ、ルルテが笑い出した。
「確かに、お嬢ちゃんに傭兵は無理さね。」
サラも笑い出した。
「それに、サラよ。我は何のために旅に出ておるのだ。父ではなく、我個人の縁を紡ぐためだ。種はまかねばならぬ。」
ジレが後ろで大きく頷く。
「それに、我が婚約者は、こういう貴族としての機微をまったく理解しておらんのだ。我が頑張るしかあるまい?」
ルルテはガリンの真似をして、眉間に眉を寄せて、ため息をついた。
皆がその顔を見て吹き出しそうになりながらも笑いを堪え、ガリンを見る。
注目されたガリンは、同じように眉間に眉を寄せて、苦笑した。
「おそらく、無礼にも我を呼び出しているのは、あのエランの子であろうな。」
ルルテが話題を切り替えた。
ガリンが反応する。
「ルルテ。あのエラン殿の御子息ということでしょうか?」
「なんだそなた、聞いておらなんだか。先程の男が言っておったではないか。オルレン・ウアラ・オウジシと。家名までご丁寧に言っておったぞ。」
ルルテは小さくため息をついた。
「ああ。確かにそうですね。」
「何を言っておるのだ。そなたも宮廷政治の渦中におると以前言ったであろう。」
「はい。そうでしたね。」
「そうでしたではないわ。うつけ者・・・。」
ガリンは困ったように頭を掻いた。
「まあ良い。それに、2回目は名を呼ばず、わざと公子様と言っておったな。非常に聡い男であった。」
「それが?」
「そなたは、そういう点は先程の商人以下だな。ウアラと家名を持つ公子など1人だけだ。あの男は直接的な表現を避け、わざわざ我にそれを伝えたのだ。だからこそ名を問うたし、商会にも品を求めたのだ。それにだ、ウルバナ商会は絹製品としては大きな商会だぞ。良い既知を得ることができた。貴族は、特に貴族の女は絹製品が好きだからな。そなた、寝ぼけておるのか?」
「そういうことですか。」
ガリンはようやく理解したように頷いた。
同時にサラがため息をついた。
「なんて面倒な世界さね・・・。」
ガリン達は、少し今後の事を話し合った後、宿のコンシェルジュであるバラクを再び呼びつけると、代官への返答を託した。
ルルテが、
『身分の高いものが、低い者の呼び出しに応えるのは、この場合は適切ではない。』
と判断をしたからだ。
ガリンは、先程のバラクと言う男に、
「代官殿には・・・こちらへお越しいただきたいと伝えてくれ。」
そう告げた。
ガリンの静かな物言いに、バラクは深く頭を下げた。
「はっ。畏まりました。」
バラクが去ると、一行はそのまま宿の食堂で朝食をとりながら、使いが戻るのを待つことにしたのだった。
焼きたてのパンと温かいスープの香りが漂う中、ルルテは椅子に腰掛けたまま、どこか面倒そうにため息をついた。
「我は、小さい時からあの者が苦手なのだ。ウアラ家の者は、エランを見ても分かるように、非常に生真面目で、律儀なのだ。」
サラがパンをちぎりながら、眉をひそめる。
「生真面目で、律儀って何が悪いさね。」
「面倒・・・。いや、違うな。堅いのだ。ガリンが我が夫に決まるまでは、そのオルレンが婿の最有力候補だったのだ。それにあの者の父は、あのエランだぞ。王である父の懐刀であるのだ。今は宰相としても力を持っているのだ。そして、あのオルレンの生真面目で、律儀なところは、その権力をしっかり使うところまで及んでおるのだ。エランには3人の子がおったと思うが、特に長子は苦手だった。」
「そりゃ、お嬢ちゃんには無理だ。」
「そうであろう?我は自由を好むのだ。」
ガリンとジレが顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。
「そなたら、無礼であろう。」
ルルテが、2人に胡乱げな目を向けた。
ルルテがそう言った直後、宿の扉が開き、バラクが戻ってきた。
「お待たせいたしました。代官様、いえ公子様は、すぐにこちらへ向かわれるとのことでございます。」
すぐに来るとの返事を聞いて、ルルテが肩を竦めた。
一行は、宿に申し付けて、3階の中央通りがよく見え、一番階段寄りの部屋を、簡易的な会議室のように机といすを用意してもらい、エランの息子であるオルレンを待つ準備を整えた。
当然、ルルテは上座であり、その横には、護士であるガリンが守る様に立つという配置だ。
ルルテは細かく指示をして、ストレバウスとサラは、入り口横に護衛として立つように命じた。
ジレとレイレイは、寝ていた部屋で待つことになった。
そうやって準備がほどなく整うといったところに、再度バラクが扉を叩いた。
同時に、廊下に軽やかな足音が響く。




