はじめての町 その6 傭兵斡旋所
中央通りは、昼間とはまた違った賑わいを見せていた。夕暮れの光が石畳を照らし、露店の灯りが揺れる。人々の声、家畜の鳴き声、焼き菓子の甘い香りが混ざり合い、セルナの町の活気をそのまま体現していた。
ルルテは初めて見る、王都とは違う雰囲気に、少しはしゃぎ気味だった。
「見よ、あれは絹か? 王都のものより色が鮮やかだな!」
「サラ、あれは何を焼いておるのだ?」
「レイレイ、あれは蜂蜜をかけた菓子ではないのか?」
と、次々に指をさしては目を輝かせていた。
中央通りの一角には、セルナ特産の絹製品を扱う店が並んでいた。鮮やかな染め物、繊細な刺繍、軽やかな布地。ルルテは目を輝かせ、目の肥えているはずのジレも思わずため息を漏らすほどの美しさだった。
さらに進むと、蜂蜜をたっぷりかけた焼き菓子の露店があった。 匂いの元はここだ。
ルルテとレイレイは同時に足を止め、同時に店主を見つめた。
そして、ガリンを振り返る。
「味見をせねばな」
ルルテは、声をあげ、レイレイは、ただ焼き菓子を見つめた。
しかしながら、こんな街中で、左肩の生力石を見せるわけにはいかない。貴族であること丸わかりである。
ガリンが、視線でサラに合図を送ると、サラは肩を竦めてから、店主に硬貨を渡すのだった。
焼き菓子を受け取ると、2人は頬をほころばせながら、あっという間に焼き菓子を食べてしまったのだった。
中央広場へ抜けると、右手に傭兵斡旋所が見えてきた。
木造の大きな建物で、入口には剣と盾の紋章が掲げられている。中からは怒号や笑い声が聞こえ、酒の匂いが漂っていた。
一行が中に入ると、周囲の傭兵たちがちらりと視線を向けた。
サラが受付に向かい、襲撃の報告と撃退、そして関所で裏書された正当防衛の証明を提示する。
受付の女性が書類を確認していると、後ろから数人の傭兵が声を上げた。
「おいおい、こんな少人数で7人討伐だとよ。」
「しかも足手まといが2人もいるんだろ?」
「お貴族様のお嬢ちゃんと子供じゃねぇか。話にならねぇよ。」
「どうせ誇張してんだろ?」
サラの眉がぴくりと動いた。
そして、レイレイの耳元に顔を寄せ、何かを短く囁いた。
レイレイはこくりと頷くと、無言のまま傭兵たちへ歩み寄った。
傭兵たちは最初、彼女を侮っていた。
しかし次の瞬間、レイレイは傭兵の腰の剣を抜き、そのまま握りつぶした。
ミシミシミシ・・・バキッ!
木製とはいえ、樹液で固め、鋭き刃を付けてある剣である。剣は、軋むような悲鳴を上げ、無残に砕け散った。
傭兵たちの顔が一斉に青ざめる。
レイレイは首を傾げ、短くつぶやいた。
「敵?」
その一言で、傭兵たちは完全に黙り込んだ。
受付の女性は頬を引きつらせながら、震える手で実績の登録を進めた。
サラはすかさず声を張り上げる。
「護国の騎士団、忘れるんじゃないさね!」
周囲の視線が一斉に集まる。
サラはさらに続けた。
「関所に証人を預けてあるし、生力石も登記所に回してある。鑑定が終わって賞金が出るなら、明日以降取りに来るさね!」
その声は、斡旋所の隅々まで響き渡った。
こうして、一行は台風のように傭兵斡旋所を騒がせ、嵐のように去っていった。
すべては、
『自分たちが傭兵団であることを、町に印象づけるための演技』
その目的は、見事に果たされたのだった。
ガリン達は、傭兵斡旋所から出ると、そのまま登記所の確認をして、宿に戻るための帰路についたのだった。
傭兵斡旋所でのサラと他の傭兵隊とのやり取りを見ていた他の面子は、少しだけ驚いた顔をしていたが、そもそも傭兵の流儀などまったく知らない面々である。
基本的には、無言でサラの行動を見守っていた。
これは、傭兵という言葉から想像できる、粗っぽく粗野な集団であるという先入観が先に立ってしまい、『あんなものなんだろう』と勝手に思い込んでしまっていたのである。
この認識は、半分は当たっていて、半分はまったく違う。
軍角士にだって、性格的に粗野な者もいれば、そうでない者もいる。傭兵もまったく同じである。
ただ、『強さこそ力』という風潮がない訳でもない。戦う者としては、これはある意味では当たり前ともいえるだろう。
実際に、サラは口調こそそれほど丁寧ではないが、傭兵の中ではかなり頭が良く、品性も良い方だ。また、長いこと相棒であったカカノーゼも、どちらかというと品性は良い。
一見カカノーゼは粗野に見えるが、あれでいて計算高く、理知的な部分が多い。だからこそ、サラと長いことやってこれた面もあるのだ。
ただ、何事においてもピンキリなのは世の常だ。
そして、地方都市に行けば行くほど、そういう傾向も強くなる。
そういう意味では、まだ王都から3、4日の距離にあるセルナは良いほうと言えた。
全員が中央広場を越えて中央通りに入ると、ジレが心配そうにレイレイの手を取って覗き込んだ。
「レイレイちゃん。あなた手は大丈夫なの?」
レイレイが、『何のこと?』といった感じでジレを見つめ返す。
「いえ、だって、剣を握りつぶしましたよね?」
ルルテも会話に混じる。
「そうだな。あれには驚いたな。護衛としては頼もしい限りだが、母親役としてはあまり無理はせんで欲しいものだ。」
サラとジレが、久しぶりのルルテの母親発言に苦笑いを浮かべた。
ルルテは、ガリンの方に視線を向けた。
「そなたが、レイレイの手に硬化の文様術をかけているわけではないのであろう?」
ガリンが、
「はい。そのような術は使っておりませんし、またそんな時間もありませんでしたよ。」
何でもないかのように答えを返した。
「そりゃぁ、賊の頭をひねりつぶせるんさね。剣ぐらい余裕だろうさ。」
サラが、面白そうに言う。
「あれは、貫いたのではないのですか?」
「そんな細かいことはどうでもいいさね。とにかく、ああいう手合いにとっては、力こそが正義さね。そして、レイレイを子供と侮った。子供であれなら、他の面子の力も推し量れるってもんさね。」
「はぁ。そんなものですかね。」
ガリンが興味なさそうにうなづく。
「いや、そなたら、何かズレておるぞ。そもそも、剣は握りつぶせぬのだ。」
ジレが、ルルテの言葉に同調するように頷く。
「何を言ってるさね。レイレイ様・・・いやレイレイは、半分竜さね。」
サラは、そう言って肩をすくめるのだった。
一方、ルルテとジレは、素直に『わからない』といった表情を浮かべていた。
この中で、本当に竜族に会ったことがあるのはサラだけだ。
サラがラミア族であり、『鱗の巫女』として『竜鱗を持つ者』を探しており、その結果レイレイに出会った事情は、今だ王やレン達を除けば伝えてはいない。
それもあり、ルルテ達には、サラの言っていることがなかなか理解できないのであった。
ガリンは、そんな会話を聞きながら、そろそろサラのことを伝えなければならない時が来ているのかもしれない、そんな風に思ったのであった。
ただ、それは『今』ではない。夕食時で周囲に人も多いし、簡単に話すことができるような内容の話でもない。
また、サラとレイレイの関係を伝えるには、どうしてもサラが『ラミア族』であることを話さなければならない。
ガリンは、意伝石を使って、短くサラに、
『うかつですよ、』
とだけ伝えるのだった。
サラも、小さく肩を竦め、
「まあ、舐められなかった。それでいいさね。」
会話を締めくくった。




