王都出発 その2 年越しの晩餐
ガリンは、自分でも気付かないうちに、少しだけ笑みを浮かべて食堂に移動するのだった。
食堂に入り、机の上に並ぶ豪華な料理を見て、ガリンは驚いた。天井の元力石による照明が温かい色調に調節されており、湯気を上げる皿の数々がその光に照らされて揺らめいている。所狭しと美味しそうな料理が並べられていたのだ。
マレーン王国には、特に年の最後を祝ったり、新年を祝ったりする習慣はなかった。ただ、マレーン文化圏では年を越えると皆1歳、年を取るのだ。今回の料理は、年越しと新年、そして誕生日、それらをすべて含めての料理であるらしい。驚くガリンに、ルルテがとうとうと説明をするのだった。
ガリンが中でも目を引いたのは、湯気を立てている白い小さな粒だった。初めて見るのに、なぜか懐かしいような感覚になる、そんな食べ物だった。特に何かが掛けてあるわけでも、肉などと炒めてあるわけでもなかった。ただ、白い物体が皿に盛りつけてあったのだ。湯気がふわりと立ちのぼり、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
マレーン文化圏は、農耕・畜産・水産から得た食材を利用した食文化を持っている。それ以外では、多少であるが、魚肉、獣肉を得るための漁獲、狩猟も行われていた。ただし、大部分は、王都周辺の牧草地や湖などで食料用の家畜や養殖されているものであった。家畜として扱われているのは、主にダチョウ、牛、豚、山羊、羊が中心であった。一部では鶏も飼われていたのだが、元力石の利用により最適な環境で飼育ができることもあり、先史では代表的な畜産であった鶏は姿を消していた。代わりにダチョウの畜産が鶏肉産業として行われていたのだ。
そのため、食用としての狩猟がほとんど姿を消し、趣味としての狩猟が貴族の間でわずかに残っているのみとなっていた。水産資源として養殖されているのは、マス類、サケ類、タイ類、貝類で、基本淡水での養殖が中心であった。
農耕も、都市周辺の農地で盛んに行われていた。こちらも元力石の利用による温室などでの管理が可能となっており、かなり寒冷地である王都周辺でも一年を通じて安定して農産物を得ることが可能だった。代表的な作物は、米、麦、白菜やほうれん草といった各野菜、豆類、栗やくるみ等の木の実類、各種果物となっている。
この文化の主食は、吸収率の観点から穀類を煮込んだツァイ(野菜煮込み、スープ、粥等に近い)が中心であるが、合わせてパン食も行われている。ちなみに、米を炊いて食べるという習慣はなく、米は基本家畜の飼料となることがほとんどだった。
料理の種類はかなり多く存在し、それに合わせて調味料も多く存在していた。塩、砂糖を初め、酢、各種香辛料(ハーブや唐辛子の類)等である。また調理に用いる油類も、植物油、獣油、さらに畜産で得た乳を加工したバター等が使われている。果物や野菜などを調味料として使うこともあった。
飲料としては、ルルテが良く飲んでいる発酵茶を始め、果汁、お茶(ハーブ類使用)と、こちらも数多く嗜まれていた。併せて、白湯や冷水も良く飲まれていた。また煎った豆から煮出す、先史文明における珈琲的なものも存在している。実に多彩である。当然アルコール類も存在し、果実酒、穀物の発酵酒、蒸留酒、エールなどがその代表であった。ただ、生力石の生体コントロールの機能を手動で発動させることにより、強制的なアルコール成分の分解が可能なために、二日酔いになることはなかった。それでも飲みすぎれば体調に異常をきたすこともあるようではあったが。
ガリンが、机の上の白い物、米に意識を奪われていると、ルルテがしたり顔でガリンに説明を始めた。
「やはり、そなたもそれが気になるのだな?」
「はぁ。それはライス、米ですよね?」
ガリンが、怪訝そうな表情で聞き返す。
「そうだ。実はな・・・。ララス領では、この米を食べるらしいのだ。家畜に与えるときとは違い、一番外側の皮と中の薄皮をとって、最後に出てきた白い部分を食べるのだ。今日は、そなたがララス領の領主になったことを考えてな。特別にハサルにお願いをして取り寄せたのだぞ。」
「なるほど・・・。ララス領で・・・・。」
「そうだ。我らも慣れればならぬしな。」
ガリンが、もう一度米を凝視して、そして急に思い出したかのように、ルルテに振り返る。
「ああ、それは脱穀により米の籾とよばれる外皮を取り除きまず玄米とし、その後研磨によりぬか層を削り白米にする工程のことですね。」
と、先程のルルテの言葉に説明を加えるのだった。
「いや、正式な名前を知らぬが、そなたどうしてそんなことまで知っておるのだ?」
ルルテは驚いて尋ねる。少なくともガリンと生活を共にしてから、ガリンが米を食べているところは見たことがない。ガリンと生活を始めてから既に2年近くが経つのだ。その間、ガリンが米という言葉を口にしたことさえない。驚くのも当たり前であった。
ガリンは、
「確かにどうして知っているのでしょうね。もしかしたら学院にいるときに、ララス領に関する記録石を読んだのかもしれませんね。」
と首を傾げながら説明した。
「まあ、そなたの記憶力は普通ではないからな。そういう事もあるのかも知れんな。まあ、良い。料理が冷めてしまうぞ。食べようではないか。」
「そうですね。」
ガリンも、このルルテの言葉には素直に頷き、席についたのだった。暖炉の熱がじんわりと背中に届き、外の冷気とはまるで別世界のような温かさが広がっている。ルルテはジレに、ストレバウスも呼ぶように伝え、ストレバウスが急いで現れると、全員で今年最後の晩餐を始めたのだ。
寒い季節でもあるため、基本煮込んだものが多かったが、ルルテの希望もあり、魚や肉を塩コショウで焼いたものも多く並んでいた。焼き立ての香りが食堂に満ち、湯気が立ちのぼるたびに空気が柔らかく揺れる。
ガリンが何か1品を取り口に運ぶと、なぜかその度にルルテが、ガリンの目の前に山盛りに盛り付けられていたジャガイモをすりつぶして香味野菜と混ぜた料理、たしかポテトサラダという名の料理をガリンの皿に盛り付け直すのだ。
ガリンが小さくお礼を伝え、食べ終わると、またそこに同じポテトサラダをのせる。何度かそれが繰り返されたあと、さすがにガリンも困って、
「ルルテ、なぜその料理ばかり、私の皿にのせるのですか?」
と質問をしたのだ。ルルテは、
「いや、食べたいかと思ったのだ。特に美味しいであろう?」
「そうですね。いつも食べている料理にはない味ですね。なんというか少ししょっぱいです。」
「そうだろう。今日は頭を使って疲れたであろう?塩分が必要だと思ったのだ。」
「ルルテ。頭を使って疲れた時は、糖分ではないのですか?」
「そうとも言うな。確かそなたは、この芋も食すると糖分に変わると説明をしていなかったか?」
「確かにそうですが、これだけしょっぱいと別の意味で身体によくないのでは?」
「いや。我も食べてみたが、よい塩加減だ。」
「そうですか・・・。」
ガリンが何を言ってもルルテが喰い下がる。ガリンもさすがにここまでくると、なんとなくルルテがこの料理を特に推してくる理由がわかってくる。
「ルルテ。この料理を作ったのは誰ですか?」
「そうか、それほど美味しいのか。これは我が作ったのだ!」
「そうなんですね。」
ガリンは、悟られぬように、目を泳がせた。セルが、笑顔で頷いている。
「そうだ。美味しいであろう?」
今度は、セルとジレがしきりに頷いている。
「そ、そうですね。さすがルルテです。」
ガリンが女官二人の圧力に屈し、ルルテの料理を褒める。結果、これだけ色々な料理が並んでいるのに、ガリンは大量のポテトサラダ、しかも、しょっぱい。それをひたすら食べ続けることになったのだった。さすがのガリンも途中から喉が渇いてしまい、果実水を何杯も飲む羽目になってしまい、ルルテが横を向いた瞬間に、すかさず生力石に意思を込めたのはここだけの話である。
それにしても、ガリンがポテトサラダに苦戦している間、女官達とストレバウス、そしてレイレイは、我関せずで他の料理に舌鼓を打ったのだった。ジレは、多くの料理をレイレイの前に小分けにとって並べていたが、ルルテのポテトサラダだけは小皿に取っていないのに気付いたガリンは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
誤字脱字の修正。語尾の修正。元力石による間接照明の色を追加。2026.3.23




