旅の準備 その23 竜族との関係
執務室に入ると、既に王とレンが円卓を囲んでガリンを待っていたのだった。ガリンは、2人に軽く頭を下げてレンの横に立つ。王から座るよう促され、席に腰を下ろした。
「では、ガリンよ。概ねの話は既に王には伝えているのだ。その上で、再度おぬしの話を聞きたい。よいかの?」
3人とも挨拶や社交辞令といった会話は一切ない。ガリンが座ったのを確認したレンが、いきなり本題に入った。それだけ、この会合が非公式であり、異例のものであるということだ。ガリンが語った内容は、レンから聞いていたものとほとんど同じであった。
ガリンは、サラとの話の際に記録した映像も2人に見せながら説明を行った。多少、ガリン個人の価値観らしきものが話の方向性を歪めてはいたが、ほぼ予想の範囲内である。サラという傭兵がラミア族に変化した時は、2人とも驚いていたが、それは単に珍しいという範疇のもので、ガリンの話はそれを含めても筋道の通ったものだった。
王はガリンの話を聞きながら、どのように切り出すべきか、そしてこのガリンが持ち込んだ話が国にどのような影響を与えるのか、慎重に思考を巡らせていた。
確かに、王はガリンが護士になって以来、直接話をすることが多くなった。しかし、それはあくまでも「護士として」である。今は男爵という貴族位を持つガリンは、れっきとした宮中政治の中に身を置く存在だ。そのガリンが約束もなしに、いきなり王と、しかも個人的な空間である執務室で話をするというのは、立場的にもあまりよいものではない。
ただ今回、王自身が『早朝にこの執務室で』とレンに伝えたのは、ガリンの話の内容があまりにも秘匿性が高く、仔細がわからないまま公の場に持ち込むべきではないと判断したからだった。
だからこそ、公務が始まる前の早朝の時間なのだ。メルタ(王の幼名)が秘匿性が高いと判断したのは、サラの巡察の旅への同行そのものではない。もちろん、その立ち位置──サラが辺境の『鱗の巫女』であり、その背後に竜族の存在が見え隠れしている点は無視できない。
現在のマレーン文化圏、いやマレーン次元文明全体でも竜族は敵と認識されている。正直、竜の力は規格外だ。高い知性や物理的な力だけが問題ではない。獣であり半精霊である竜は次元の壁を越え、場合によっては次元文化圏にすら影響を与える存在である。また、空・地・水・火と活動範囲も広い。今でこそ伝承となっているが、空を駆ける天竜、地を轟かせる地竜、水の領域の覇者水竜、そして火の守護者と呼ばれる火竜は絶大な力を誇っていた。先史文明が互いに滅ぼしあった時、惑星としての命を守ったのがこの4つの竜だとも言われている。あくまでも伝承であり、事実はわからないのだが。
その竜が、マレーン文化圏の中心であるこの地の辺境に今もおり、鱗を持つ過去の禁忌の存在達を束ねているという情報は、王ですらどう扱うべきかわからないほどの重大事である。それはレンも同じだった。これをエランやハサルが知れば、間違いなく確認に走る。そして、それは場合によっては敵対行為となるやもしれない。
正直、王もレンも、この事実を知ってなおガリンが平然としていること、しかもその『巫女』を旅に同行させようなどと思えることが信じられないのだ。
確かに、ガリンの言うように竜族と手を取り合うことができれば、マレーン王国の覇権はさらに強固なものになるだろう。クエルスが何をしてこようと揺らぐことのない強い力を得られる。これは単に武力だけではない。竜の持つ悠久の時の中で失われた過去の知識は、何ものにも代えがたい力となる。また、辺境との和平は後顧の憂いをなくす。場合によっては、辺境を他文化圏から保護する代わりに同盟関係を結ぶことすら可能かもしれない。
事は、サラという傭兵を旅に同行させるか否かという次元ではない。
ここまでくると、一国を預かる王としては可笑しくなるほどの重要案件である。その案件に対して、ガリンが主張しているのは、
『レイレイの導き手として同じ境遇のサラという傭兵は貴重だ』
『サラという傭兵は世情に詳しいようです。自分達には世情を知る者の同行が必要だ』
『サラの精神干渉魔法は興味深い』
『変化のメカニズムはレイレイ竜化を促す鍵となる可能性があり研究したい』
『竜との交流が可能かもしれない。古代の知識が欲しい』
『ルルテが気に入っている』
といった、ほぼ自分の研究欲を満たすための内容だ。最後の1つに至っては、親である王ですら呆れる理由である。
確かに、護士はサラを通じて竜族との交流、ひいては和平を結ぶ可能性についても話していた。そして、場合によってはその人身御供としてレイレイを差し出せばよいなどと軽く言い、差し出す前にレイレイの持つ始祖ミアンの情報を全て引き出せばよいなどと、人権侵害も甚だしいことまで口にしている。
国家の重要案件というだけではなく、これでは王としても1人の親としても許可など出せない。事前にレンと話した時には、レンはしきりに『育て方が悪かったのじゃろうか』と項垂れていたほどである。
それでも、王として、そして娘の・・・。話をしなければならない。王はガリンの話を一通り聞くと、重たい口を開いた。
「ガリンよ。そなたの献身にはいつも感謝をしてる。」
「ありがたき幸せ。」
王の顔から笑みが消える。
「だからこそ、このままでは、サラという傭兵の同行、そして竜族と関係を持つことを許可することはできぬ。」
その言葉が落ちた瞬間、室内の空気がわずかに揺らいだように感じられた。レンは、ほんの一拍だけ目を伏せる。王の決断の重さを理解しつつも、ガリンの反応を案じるような、微細な仕草だった。
しかし、ガリンは、王の言葉の意味を咀嚼するまでに短い沈黙を要したものの、いつもの調子でほんの少し眉間に眉寄せただけだった。むしろ、その言葉を発した王とその横にいる2人に間に、理解できないものを見た様な静寂が残るのだった。
誤字脱字、語尾の修正。王が言葉を発した後の、ガリンの反応の一文を追加。2026.3.20




