旅の準備 その19 ラミア族
サラは、先程の話とは別に、少しだけ自身のことを含め話を始めるのだった。
自分が何代目の『鱗の巫女』であるかは既に失伝しているが、サラが『竜の鱗を持つ存在』を探し始めてから、もう50年以上経っているということ。それから、探している理由は先程述べた種としての存続以外にも、いずれ起こる人族との戦いの中で竜の鱗を持った存在が重要な役割を果たす、と伝えられていることを話してくれた。サラによると、竜の鱗を持つ存在がどのような重要な役目を担うのかについては、特に伝えられていないとのことだった。そして、ガリンが尊父という敬称で呼ばれる理由にも、ようやく話が進んでいった。
竜の鱗を持つ存在は人と竜の混血であるとされており、竜とも子を為すことができる存在であるという。これは、竜が歳を経ると人の形を取ることができるようになることに起因しているのだと思われた。皮肉にも、竜族の中では人の血を取り込んだ竜が最も強い竜となるらしい。それゆえ竜に血を与えた者は、竜に人の血を与えた竜人の祖であるため『尊父』と呼ぶのだそうだ。サラは、先程レイレイの鱗を舐めたときに、目の前にいるガリンの血の匂いを感じ、鱗の持ち主がガリンの血を受け継ぐ者であるとわかったというのだ。
血を受け継ぐと言っても、実際に人化した竜と人が番になって子を為すことが出来るかどうかはわからないらしく、どのような方法で人と竜の混血がなされるのかもわからないそうである。ガリンは、それらの曖昧な話を聞いて、
『大抵の予言と同じく、曖昧で根拠がないのは同じですね。』
一人そう納得したのだった。ガリンは、竜種は極端に数が少なく、何千年に1つ卵を産むかどうかという話を思い出し、実際に種の存続が難しくなり番を人とすることに抵抗がないように、先人、いや先竜が作り出したブラフではないかとも思い始めていたのだ。それほど予言や伝承は、単に過去の教訓に神秘性を持たせた結果であることが多いことを、ガリンは知っていたのだ。もちろん今サラが話してくれている『予言』と呼ばれるものが、その類のものであるかどうかは現時点ではわからないのだが。
併せて、サラが語った『竜以外の鱗を持つ者』というのは、おそらく現文明の黎明期に倫理観なく創造された、人とのキメラであろうとも推測していた。
蜥蜴人族や蛇族、魚人など、記録の上では鱗がありそうなキメラは複数存在していたからだ。マレーンの大地には魚人は居ないとされているが、水性次元空間では、それこそ今でも魚人族が生活をしていることだろう。現在、次元接合門が再接続された次元空間には水性の空間がないため確認することはできないが、少なくとも記録上は存在していたのだ。
ガリンは、そんな理由からサラの話を頭から信じた訳ではなかった。ただ、尊父という敬称がそのような理由からくるものであれば、レイレイに関しては血ではないが遺伝子的な意味で言えば、半分は確かにガリンのものである。その意味では遺伝子的には実子といえるのだ。それが確かであるのだから、ここで否定する意味もない。ガリンは、『血を分けた』という部分に関しては、そのままの事実をサラに伝えた。
「確かに生物学的には、この鱗の持ち主、レイレイといいますが、その子を構成する遺伝的な要素という意味では、半分はわたしですね。」
それを聞いたサラは、感動で言葉を失った。
その後、サラは、竜鱗を持つ存在は尊父とともに、次代を治める高貴な血を引く者を守り、竜を含む辺境に住む鱗を持つ者たちを導くのだという。
『本当に予言というものは節操がないな。』
ガリンの予言に対しての次の印象は、こんな失礼なものだった。先程の予言が教訓であれば、今度は希望だ。
鱗を持つ存在が人の為政者との仲立ちをし、それを鱗を持つ存在の父が手助けをし、和平を結ぶ。等と考えれば、特におかしな話ではない。為政者をルルテに当てはめれば、より意味は通じ易くなるだろう。
やはり、すべては予言の形になぞって、将来起こり得る事態に対しての予測を残し、その対処法を時間を掛けて履行させているのだ。それこそ何代にも渡って。ガリンの考え方には夢やロマンはないが、超常的な力の関与を考えなくてすみ、またこれなら筋も通る。道理としておかしくもないのだ。晶角士は、先史文明の言葉に当てはめれば科学者である。不確かな情報には理由をつけて分析するものなのだ。それがガリンでもある。まあ、すべてが可能性の話ではあるが・・・・。
しかし、そうすると1つ筋が通っていない部分が出てくる。自らのことを『鱗の巫女』と自称しているサラは、やはり人にしか見えない。ガリンは、今度はこちらからの疑問を尋ねることにした。
「鱗の巫女とはどのような存在ですか?人なのですか?」
サラは、ゆっくりと瞬きをした。そして何も言わずに立ち上がると、滑るような手つきで自らの軽装備と服を脱いでいった。ガリンが呆けた様に見ていると、止める間もなく着ているものを全て脱ぎ、ガリンの前にその裸体を晒したのだった。そして、ガリンがサラに言葉を掛けようとした瞬間・・・・。
サラの輪郭が一瞬ぼやける。
目の焦点を合わせようとガリンが目を擦っているうちに、そこには人としてのサラはもういなかった。そこに居たのは、上半身が人で腰から下の下半身が蛇の、身の丈2mを超える異形の存在だった。
「ラミア族・・・・。」
ガリンがつぶやく。
「やはり、尊父はご存じなのですね。」
「・・・。」
ガリンは無言でサラを見つめる。サラは申し訳なさ程度に胸に手をあててその双丘を隠していたが、妖艶で、そして美しかった。髪は燃える様に赤く、人としての身体の部分は薄い青色の肌をしていた。目には蛇のように縦長の瞳孔の黄金のような瞳が光をたたえ、口からは小さな犬歯が2本覗いている。下半身の鱗は煌めくように部屋の明かりに照らされており、3回山なりに折れ曲がった蛇としての胴体は艶やかだった。蛇の部分はコバルトブルーのような光沢のあるひし形の鱗で覆われており、立位を維持するためだろうか、せわしく屈伸運動を繰り返していた。
「美しい・・・。」
ガリンが思わず、嘆息と共に言葉をこぼした。
「・・・。怖くないのですか?」
サラが尋ねる。
「怖い?私は研究者です。そして、審美眼については、そのものの性質に基づいて判断しています。あなたの身体は、その機能美だけではなく、女性として美しいと思います。」
淡々とサラの質問に答える。
「尊父様にそう言っていただき、光栄です。また、私の種族を蛇女族と判別した慧眼もさすがにございます。」
ガリンを見下ろすような形ではあったが、サラが上半身を前に折り曲げて、頭を下げた。
「サラさんでしたか。その尊父という呼び方と、仰々しい喋り方をやめていただけますか?」
ガリンが、お願いするように軽く頭を下げる。
「あ、いや。それは。」
「これは仮定の話です。レイレイ、あなたが探している竜鱗を持つ少女によると、あなたは私たちの巡察の旅に同行をすることになるのだそうです。もちろんあなたがその依頼を受けたとしてですが。もし仮に一緒に旅をするのであれば、そんな様子では今後、まともに話をすることも出来ませんよ。それにレイレイは普段は小さな女の子であり、そんな話し方をされても、おそらく困ってしまうと思います。我々に敬意を持っていただいているのは十分にわかりました。しかし、もし旅に同行していただけるのであれば、これからサラさんにはたくさんのことを教えてもらわなければなりません。なにせ、私もルルテも、もちろんレイレイも、旅をするには一般常識がかなり欠如しているようなのです。もしよければ準備ができたら知らせを送りますので、城まで来ていただくことは可能ですか?もちろん、レイレイにも会うことができますよ。」
サラがあっけにとられる。
「レイレイが普段は・・というと?」
「会えばわかりますよ。あの子の誕生の仕方は少し特殊なのです。ただ誤解のないように言っておきますが、レイレイは確かに竜と人間である私のハーフです。」
サラの目に涙が浮かぶ。
「か、畏まり・・、あ、わかったさね。」
ただ一言そう言って、サラは人の姿に戻ったのだった。ガリンが急いで顔を背けると、
「あれ、さっきまで食い入るようにあたしの裸を見ていたのに、人の姿だと駄目なのかい?」
「・・・。」
「まあ、いいさね。」
そう笑顔で言うと、サラは服と装備を身に着けたのだった。
誤字脱字の修正。語尾の調整。2016.3.16




