旅の準備 その15 ガリンが見せた力
先程までジョッキを片手に酒を飲んでいた客たちが、次々と己の獲物を手にして席を立つ。
ルルテは急な展開に驚き、ガリンの後ろにへばりつくように隠れた。
「おい、俺の斧を持ってこい!」
カカノーゼが叫ぶ。
「ちょっと、カイル(カカノーゼの幼名)。話を聞いて!」
リアも大声で制止をかける。だが、カイルは止まらない。
団員が2人掛かりで持ってきた大斧を手に取ると、ためらいもなく下から掬い上げるようにガリンへ振り上げようとした。
同時に、ガリンとルルテの特製の意伝石がチリリリンっと鈴の音を奏でる。
急激な意思の収束を検知したのだ。
「ひっ・・・。」
ルルテが小さく叫ぶ。
リアとナタルも剣を構えた。
ガリンは、
「ルルテ。驚く必要はありません。私を信じてください。このような力だけの者の攻撃など、私の結界に傷すらつけることはできませんよ。」
そう言いながら、ルルテの左手の薬指の指輪を軽く撫でた。
ルルテは急に落ち着いたように、
「信じておる。」
と短く答え、今まさに斧を振り上げようとしているカカノーゼを睨みつけた。
リアとナタルは悲鳴をあげそうになり、頭を抱える。
カイルはさらに顔を赤く染め、斧を振り上げた。風を切る音がガリンへ迫る。
同時に、ガリンが自身のはめている指輪に手を置いた。
その瞬間、先程と同じ稲妻が発光した。
そして、大斧はその稲妻に触れた瞬間、金属の悲鳴をあげるように震え、そのまま光にほどけて細かな破片へと崩れ落ちたのだ。
カカノーゼも、自身の砕け散った大斧を見て、さすがに言葉を失った。
「あなたは、確かレパッタナーグと戦ったカカノーゼという戦士ですね。私の発言が気に喰わなかったのであれば謝罪をします。ただ、ルルテを傷つけるのであれば容赦はしません。次は、その身体を分子にまで分解し、塵も残しませんよ。」
淡々とした口調のままガリンは告げた。その声音には怒りすらなく、ただ実行を疑わせない冷ややかな確信だけが宿っていた。
その場にいた者は、ガリンの言った『分子』という言葉の意味は理解できなかったが、砕けた大斧を見れば『塵も残らない』という言葉の意図だけは察することができた。
つい先ほどまでは喧騒に満ちていた酒場が、ガリンの発言とカカノーゼの行動で一気に緊張に包まれ、そして今の言葉で完全に凍りついた。
すぐ傍でガリンの威圧を受けたリアとナタルも、今までのガリンとの雰囲気の違いに冷や汗を浮かべる。
誰もが動けない中、
『パンっ!』
と手を叩く音が酒場に響いた。
「あんたたち、うちの客になにしてるのさ。旦那、言っておいたさね。近いうちに、ナタル坊がうちの待ち人を連れ来てくれるって・・・・。」
その言葉と手を叩く音で、カカノーゼを含め凍り付いていた場がようやく溶ける。
カカノーゼも砕け散った斧と、現れた赤髪の女性サラを交互に見て、
「サラの客かよ。まあ、謝ってくれるっていうなら、いいんだがよ・・・。」
と口にした。
「おい、お前さん方も、見世物は終わりさ。迷惑かけたね。今日の飲み代はすべて、その白い2人が持ってくれるさね。それでいいさね?」
サラがガリンに顔を向ける。
ガリンが無言で頷くと、
「ほら、貴族様のおごりだ。お大臣様のご到来だよ!盛り上がりな!」
と声を張り上げた。
その声で、まだ少しだけ膠着していた酒場に先程以上の歓声が響き、酒宴が始まった。
「ほら、お嬢ちゃんも坊やも剣を収めるさね。」
今度はサラがリアとナタルに声を掛ける。
2人は顔を見合わせて頷き、剣を戻した。
もともと支給されている剣には鞘がないため、腰の剣帯に差すだけではあったが、それでも2人の緊張は一気に霧散した。
「旦那も、何怒ってるんだい?相手は貴族様だよ。うちらの事情なんか知ったこっちゃないさね。酔ってるのかい?」
旦那と呼ばれたカカノーゼは頭を掻き、破片になって散らばった斧を見てため息をもらすと、そのまま傍の椅子に腰を下ろした。
「そして、そこのお貴族様。もういいかい?不幸な行き違いはあったが、うちらには攻撃の意思なんかないのさ。ここは酒場さね。酔いどれしかいないんだよ。そっちも矛をおさめてくれないかね?」
今度はガリンに向けて、皆に聞こえるように少し大きな声で告げる。
ガリンが頷くと、
「貴族のお嬢ちゃんも悪かったね。驚かしてしまったかい。でも、これがここでの日常さね。ここに足を踏み入れるなら、このぐらいは覚悟してもらわなくちゃね。」
さらにルルテにも声を掛けた。
ルルテは無言のままだったが、小さく頷く。
サラは、
「うちに会いに来たんだろう?さっそくお話といこうじゃないか。」
そう言って、もう一度手を『パンっ』と打ち付けた。
誤字脱字の修正。語尾の修正。ガリンの淡々とした様子を少し強めの一文に変更。2026.3.11




