ごめんなさい……
「さあってと、野暮用も済ませたしマザーのところに戻りますかねえ。例のブツ、もう搬入されてる頃だろうし」
ドクターはリクコらに一切の興味を失ったようで、踵を返し軽快な足取りで歩一歩と去っていく。
消耗し切ったリクコには彼を引き止める力は既になく、その姿を茫然と眺めているしかできなかった。
張りぼての殺意を焚き上がらせ近寄ってくるミレイの顔を仰ぎ見、リクコは失笑した。
「何よその顔、鼻血出てるしクシャクシャで不細工」
「リクコ、冗談なんか言ってないで逃げてよっ! あなたを殺したくないの。ねえ、お願いお姉ちゃんのいうこと聞いて」
「さっきはあんなに殺したがっていたのに、まったくミレイは調子がいいんだからなあ」
「ごめんね。私、あなたを……大切な妹を信じてあげられなかった。いつでも回りくどくてヒトを煙に巻いては自分だけでなんとかしようとするバカな妹だってこと、私忘れてた」
泣きじゃくり全身が震えるミレイが『命令』に必死に抵抗しようとしているのだと分かる。
それでも足は止まらない。立てた爪や牙が収められることはない。依然として存在感を放つリクコへの殺意は巨大な壁となって逃げ道を塞いでしまっている。
「厭だ嫌だいやだイヤダ……止まってよ、ねえこんなの厭だ……逃げてよ……」
ドクターが『命令』したのはリクコを嬲り殺せという、ただそれだけだ。会話や感情を封じたりはしていない。
それがミレイを苦しめていた。
ーーいっそ感情を失ってしまえば自責の念もなく、かように苦しむことなどないのに、とミレイは思った。
七号の主導権はドクターに移り、助けてくれる味方は誰も居なくなった。恐らく八号にも手は伸びているだろう。キューやノリも無事だとは思えない。約束などとうに破られているのだから。
もう、どうすることもできない。
拳が振り上げられる。
そして、ミレイの咽ぶ声と共に勢いよく振り下ろされたーー。
そこからは一方的な暴力であった。
馬乗りになって頭部を何度も何度も殴りつける。振り下ろされる度、ジタバタともがくリクコの脚が痙攣し飛び上がる。
右腕は折られあらぬ方向を向き、その後を追うように全身の骨を順に砕き、凄まじい痛みによる渇いた悲鳴がミレイの耳に直接入り、侵す。
「……ぁ……ぉねえ……ゃ……」
さらりと伸びた黒の長髪を掴んで引きずり回し、勢いのまま投げ飛ばすと追い討ちをかけるように蹴り付け、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」
遂にはモノを言わなくなっていた。




