自己犠牲は大いに結構だけど、自分の価値を見誤らないで
※
ネオンの光は消え失せて、空は星で煌めき、無機質な街の不動の中を薄く照らし出している。
風が運んでくる青く澄んだみずみずしい香りと、ベタついて鈍く濁る血の臭いとか撹拌されて漂う。
それをかき分けて暗闇の帳の向こうからやってくるモノがあった。
コツ、コツーーという靴の音を響かせ、破砕され崩壊した盛場の只中を歩く。
髪の先端を切り揃えたおかっぱ頭で装飾華美な衣装に身を包んだ少女ーー。
少女はとある場所まで来るとその足を止めた。
「酷いものね……辛かったでしょうねあの子も。そうは思わない? …………リクコ」
リクコ、とそう呼ばれたソレは見るも無残な姿で野晒しにされ、横たわっていた。
ーー返事はない。
「あの子……リクコが付けた名前気に入ってたわ。まったく、仲がいいんだか悪いんだか分からないのよあなたたち」
少女は訝しげに眉をしかめ、語調を少し荒らげて言う。
「これがただの姉妹喧嘩なら堅物の愚妹と道化の愚妹、両方ぶん殴っておしまいなんだけど……そうもいかない。……ワン公にカトル、イッちゃんは言わずもがな。ミレイとななちゃん、それにオクトまで完全にドクターの傀儡と化した今、あなたに死なれちゃ困るのよ!」
「…………アル……ちゃん」
「……ッ!」
それは微かな声であった。
静寂に包まれた夜の世界にあってさえ、消え入りそうな儚げな声は、寂しさを抑えきれず心細く咽ぶ幼子のようで危なかしく、すぐに少女は駆け寄ってその声に耳を傾けた。
「キューちゃんたちを……助けてあげて、ちょうだい……」
「はあ……呆れた。こんな時まで他人の心配? ほっんと見上げた根性ね。莫迦もここまで来ると才能よ。いいこと? 自己犠牲は大いに結構だけど、自分の価値を見誤らないで。あなたが今死んだらドクターはもう止まらない。……チェックメイトよ」
少女ーーアルはリクコを担ぎ上げ自らの背に乗せ、踵を返す。
「ふ……休ませても、くれないのね」
「それはドクターを斃してからにして。ドクターはこの閉じた世界から抜け出そうとしている。なんとしても食い止めるわ」
協力してよね、とアルは言って小走りに走り出した。
彼らは暗闇の中に歩一歩と足を踏み入れ消えていった。
ーーもう街に火が灯ることはない。
あとは朽ちていくだけである。
再びの完全な静寂に身を落とした盛場を遠くから見つめる人影が一つーー。
それは嬉しそうに呟いた。
「今度はもっと楽しませてくれよ……我が娘よ」
二章終わりです。




