ふふ、精々こき使ってやりますよ
「あれ? おにいっ……ノ、ノリ? 居るのでしょう。ねえ、返事してくださいよお」
キューの再三の呼びかけにも応ずる者はなく、ただ閑散とした病室が彼女の眼前に映し出されている。
ノリが不在だと理解したキューは、なんだか虫の知らせのような不吉な予感を察知し、未だ本調子ではないその身体を無理矢理動かしてベッドから出た。そうして、恐る恐る横開きのドアをスライドさせると、頭だけちょこんと出して右左右、と安全を確認し廊下へと歩み出る。
一人ぽつんと殺風景な病院の廊下を進んでいると、唐突に心細さが募ってきて、尻尾の先端で服の布地をぎゅう、と掴みそれをなんとか紛らわそうとした。
異形の姿にされてからこの方、キューは得体の知れない何かに対する恐怖という感情を感じた試しがなかったのだが、先程からどうにも体の内を駆け巡るそういったモノを、困惑しながらも半ば受け入れていた。
「うぅ……妹のボクにこんな心配をかけさせるなんて、ノリにはおしおきが必要ですね。何がいいでしょう……そうだ、ボクが完治するまで身の回りのお世話でもしてもらいましょうか。ふふ、精々こき使ってやりますよ」
思ったことを口に出してみたり、大袈裟にどんどんと音を立てて床を踏み鳴らし、精一杯恐怖への意識を遠のかせようと努めるキューだったが、大した効果は得られず、ふとした微細な物音にも敏感に反応しては素っ頓狂な声を上げ、その後に「ざ、残念でした。そんなんじゃボクはビビりませんっ! 当てが外れて悔しいですかっ? へんっ!」などと誰もいない廊下に向かって強がる始末であった。
その時だった。
穏やかな宵の空気が一変、張り詰めたものに変貌し、キューは無意識的に尻尾を自身の背よりも高く上げ、蠍の尾のようにして威嚇した。
禍々しいまでの殺気が上から圧をかけ、重くのしかかってくる。
ミレイ程ではないにしても、キューにも本能的に備わった察知能力がある。
ーーこれ以上近寄ってはならない。
本能がそう告げていた。
と同時に、その先に居るのがノリであるという確信をキューは持っていた。
「上の階……いや、もっと上? ーーそうか屋上……」
畏怖で震え嫌がる身体を牽引するように尻尾を先行させ、屋上への通路を進んでいく。
「こんな殺気……リクコのと比べたら羽虫みたいなもの……大したことありません! それにボクには再生能力があるんですから、きっと大丈夫……大丈夫……」
兄が自分の到着を待っているはずだ。
そのことだけが、キューを突き動かしていた。




