もっとこの狭い世界の外に目を向けてみな
「サヤ、私もデンタータと同じ気持ちなの。このムシを生かしておく気にはなれない。きっと私たちに害を為す。脅威は少しでも潰しておくべき」
ミーナの言にサヤは淡々と返す。
「時宜ではない……」
「ままごとに付き合ってるくれェなら、もっとこの狭い世界の外に目を向けてみな。事態は思ったより深刻で、のっぴきならねえ状況にあるかもしれない。縦しんばオレたちが外に出ようとしてもあの忌まわしいケダモノに追い返されるのがオチだがなっ! ハッ!」
ケダモノーー。
デンタータをして『ケダモノ』と形容せられた者の心当たりがノリにはあった。
街の外に居て周縁の監視にあたっている番人ーー。
そうして、彼らは『ケダモノ』ーーミレイに対して嫌悪の情を抱いている。
狭い世界の中にあって尚、一枚岩ではいられない。それはヒトだろうとヒトじゃなかろうと変わらない。
手前の思惑の為だけに動く。純朴なエゴイズムに浸された人格はしかし、野生の本能との両犠牲を得てより複雑化し、形骸化した文明の残滓に溶け込んで普遍的に変容していく。
洗脳され記憶とともに多くの感情を抜かれた被験体たるノリが、ヒトの矮小で醜悪な部分の一端に触れて、微細な苛立ちを覚えたのも決して偶然ではない。
ーーああ、醜い。
「ドクターの計画が……『ままごと』? ……聞き捨てならない」
「…………ろ」
「違うってのかぁ!? 何百年も生きていて理想を未だ追い続けてるのを莫迦というように、その莫迦がすることはすべからく『ままごと』って呼ぶんだよ。なあ、ミーナッ! そうだろ?」
沈黙とともに目を伏せたミーナは、それ自体が肯定を意味すると悟り、サヤの方を向き直る。しかし、サヤの仮面から放たれる敵対的な視線に圧倒され再び目を伏せてしまった。
「姉様……それが答え? ……なら仕方ない……お役目……だから」
「サヤ……」
両腕を広げ身構えるサヤの仮面。その黒い縁の模様が青紫に煌々と光り、残像が線となってミーナの首筋へと続いている。だが、サヤの拳の先には既にミーナの姿はなく、ただ空を切っただけであった。
その時ミーナは遥か上空へと跳躍しており、落下の勢いに任せ、サヤの頭上に向けてこれまた拳を叩きつける。
ーーノリが視認できたのはそこまでであった。
そこから先は拳のぶつかり合う鈍い音と、デンタータのご機嫌そうな叫び声が屋上に設置せられた種々の設備が破壊されていく度に聞こえてきた。
完全に蚊帳の外である。
ノリはなんだか、阿呆らしくなってしまい、自身の思い通りにいかないのに駄々をこねる幼子のような心持ちで、小さく一言こう言った。
「やめろ」




