建前じゃないんですね
果たしてそれはキューの伸びた尻尾が死角の床を叩く音であった。
ある一定の決まりに従った符号音。
そして、ミレイの能力と符号通信は相性がいいーー。
ヒトの聴覚では認識できないような微細な音でも容易に聞き取ることが可能で、便利だからと以前キューにも教えていたのを思い出していた。
ミレイは耳を澄まし符号の解析を行った。
動揺してるのか、進行は遅く滅茶苦茶であったが、間違っているところは補完し、なんとか理解することができた。
それは概ねこのように発せられていた。
「ミレイ、聞こえているんでしょう? 助けて下さい。お願いします」
聞いてミレイは微笑ましく、つい口角が上がってしまった。そして鼻で笑い、やれやれといった風に腕を組み壁に寄り掛かる。
「ミレイ! 今鼻で笑いましたね」
キューはそう発した後、延々と「ムカムカムカムカ……」と繰り返した。
流石にまずいと思ったのか、ミレイは助け舟を出すに決めた。
「ねえ、ちょっといいかしら……」
ノリが手を止めミレイの方を振り返る。
「な、なんです?」
「キューの身体を拭いてやりたいから少しだけ退室してもらえない? 妹が心配なのは分かるけど」
「妹? なんのことです?」
「……は?」
「いや、そう……確かに僕はーー。あれ?」
ノリはそう言いかけると、心ここにあらずといった風に立ち上がり、「少し出てきますね」と背中越しに呟いて退室していった。
見送ってからミレイは側に用意してあった洗面器とタオルを手に取って、
「じゃ、私は水汲んでくるから起きてくれるかしら? あと服脱いでね」
「……もっと言うことがあるんじゃないですか? ミレイ」
ノリが居なくなって体の自由の効くようになったキューは勢いよく上体を起こして、照れて紅潮した頬や耳の先を更に紅く染め、抗議の視線を送る。
「あら、まんざらでもなさそうだったじゃない。大好きなお兄ちゃんに頭撫でられて」
「そ、それはそれ。これはこれです。別にイヤな訳じゃありませんけど……」
「あっそ」
ミレイが汲んできた水にタオルを浸し、二三度潜らせてからキツく絞り粗方の水分を取り、も一度キューに服を脱ぐように促した。
「身体を拭くのは建前じゃないんですね」
不服そうにしながらも素直に言うことを聞くキューをいじらしく感じ、矢張り兄妹なのだなと再認識するのと同時に、彼らの行く末を鑑みることに不穏な影を見出して、ミレイはなんだか恐ろしく、ほぞを噛む思いで彼女の脱衣を眺めていた。




