……忘れたりしてごめんな
暫くすると、ノリはゆっくりとした動作でだらりと力なく置かれたキューの右手にそっと触れた。
か細く伸びた指の先は紫色に変色している。
そうして実験の副作用ともいえるそれを眉一つ動かすことなく、握った。
あくまで優しく、絹を撫でるようにーー。
「今ここでこうしていられるのも、ミレイさんのおかげです。本当に、感謝しかありません」
「お世辞でも嬉しいわ。それよりも……」
ミレイの視線が自身の手元に移るのを察してノリが応える。
「僕にできるのはこんなことしかありませんから。リクコに面会を許されてから三日、ただベッドのわきに座って寝顔を眺めているだけじゃダメだと思いまして、こうして手を握ったり頭を撫でたりーー」
「頭を?」
「そう。ちょうどあの時ミレイさんがやってくれたみたいにね」
言ってノリは手を握っているのとは反対の手でキューの額の少し上辺りを撫でた。
「おぅ……」
ミレイの能力は探知である。
超音波や強化された五感を用いて、ほんの些細な音や匂い、動きを捉える。
だからこそ、ミレイには今の状況は如何ともし難いと言えた。
なぜならば、三キロ先の葉の落ちる音すら聞き取れるほどの聴覚がノリに手を握られた瞬間跳ね上がるキューの心音を捉えていたからである。
更に頭を撫でられた際にも、ベッドの中に隠れた尻尾が激しく揺れ、波打つのを微細な空気の流れから認めていた。
いつからかは定かではないが、キューの意識は覚醒しているようであった。そうして、自身が起きていることをおおっぴろげにする機会を逃してしまったとみるのが、ミレイのおおよその推論だ。
ノリは彼女が病床に就き未だ寝たきりであるのを前提として、以て過剰気味のスキンシップを行ってるのであって、一変覚醒状態にあると知れば酷く狼狽するに違いない。
ただでさえ被験体であるノリは不安定な記憶の上に立っている。ちょっとした羞恥でもそれが瓦解しないとは限らない。
ノリは彼女の頭を愛撫するのを一向に止めようとはしなかった。そしてこう小さく呟いた。
「……忘れたりしてごめんな」
キューの心音は依然跳ね上がったままだ。しかし、嫌悪感は感ぜられず、緊張と興奮が攪拌されたような感情が渦巻いていた。
彼女は本来スキンシップを拒む傾向にあった。わずかな肉体の接触も忌み嫌い、常に無表情で心を閉ざしていた。
それが、この有様である。
ーー案外タラシなのかもしれないわね。
そうこうしていると一定の間隔で刻むノイズがミレイの耳に入ってきた。
自然音ではない、明らかな信号ーー。
「これってーー」




