……前より酷くなってるのねコレ
綿のように白くて柔らかく美麗な肌があらわになる。
芯の細い華奢な体躯に張り付いた汗が重力に従って肩から腰、そうして臀部へと落ちていく。
「すごい汗ね。撫でられたくらいでそんな狼狽えることないじゃない。お兄ちゃんなんだから」
「だから、ですよ」
「純情だこと」
キューは肩まである癖っ毛の長髪を両手で手繰り寄せ、紐で結んだ。
「ミレイ、ノリが戻ってくる前に早く済ませて下さいよ。裸見られたくありませんから」
「……はいはい」
小慣れた手つきでうなじから順に下へと汗や汚れを拭き取っていく。冷たいタオルの感触が気持ちいいのか、キューは愉悦の声を漏らす。
そうして胸の辺りを拭こうとして、ふとミレイの手が止まった。
「……前より酷くなってるのねコレ」
左胸に放射状に広がるミミズ腫れのような傷痕であった。痛々しく、中央の深いところへ行けば行くほど濃い紫に変色していて、見る者をしてゾッとさせ生理的嫌悪感を生じさせるに甚だしい。
キューがノリに裸を見せたくないのもコレが原因であると言えた。
「能力を使う度に広がっていっているの。リクコによると『そう言うもんだから仕方ない』らしいから、ボクもさして問題にしてないんだけど、一つだけ……ノリに見られてしまうのだけは避けたいなって」
既にヒトの範疇にいるにも関わらず、いまだその矜恃を求める姿勢を捨てずにいられるのは、兄あってのことだろうとミレイは推し量る。
被験体として創造せられて、身体も心もかき回され、そうして張りぼての謂わば贋造の街でごっこの様な役割を演じさせられている。
何も知らなければそれで構わないのかもしれない。けれど、少しでも「どうもこの世界はおかしい」と思ってしまえば、果たしてたがは外れ、脆く朽ちた桶は音を立てて瓦解することだろう。
そんな中で唯一まともな兄が優しく宥め、不安を消し去ってくれるのだ。
与えられた役割だったとはいえ、キューにはそれが温かな思い出であり、記憶を整理されられて何も覚えていないとしても、自分がヒトでありーーヒトであったという証左として、絶対に護らなければならない。
だが、一旦目を見開けば映るのは尖った耳と自在に動く奇怪な尻尾、そして変色した胸の傷である。
ーーさぞ口惜しいだろう。
幾らミレイが斟酌したところで、彼女がいるのは加害側だ。
キューが九号候補として回収された日、ミレイもその現場に居たのだ。泣き叫び、兄に助けを乞う彼女に救うでもなく、抑え込み薬を投与して大人しくさせた。
その時、虚な目で無感情にその光景を眺めるノリの視線がミレイと重なった。
何も視えてない。何も認識できないと知っていながら、ノリの双眸から放たれた何か悲哀のようなものがミレイにまとわりついて離れなかった。




