カッコイイです、惚れ惚れしましたよ
「あの、どうしたんですか? そんな顔して」
言われてミレイはハッとした。
訝しげに見やるノリの不安がひしひしと伝わってくる。ミレイは眉間に皺の寄った自身の目鼻を手で覆って力を込める。
こめかみに小さく、けれども鈍く重い痛みが湧き上がる。
ーーこの子に心配されてどうする。私はこんなことで狼狽えてはならないのに。
ドクターへの反逆は許されるべきことではない。一旦露見すれば実験台として酷使され、苦しみ悶えながら死んでいく羽目になる。それは経験上あながち杞憂とも言い切れず、ちらと考えてみただけで悪寒のするに至り、ミレイは深く内省した。
「いえ、何でもないわ。……でもありがとう」
「そ、そんな。お礼なんて。僕はただミレイさんが心配でーー」
ミレイのそんな思いをよそに純朴な微笑でもって恥じらうノリは、頭をかいたり目を泳がせたりしている。
道化てるノリを見て少し冷静になったミレイは、あらためて周囲の安全を確認する。そして「ちょっと耳痛いかもだけど我慢してね」と言って顔を上向きにし遠吠のように吠えた。
しかし、いわゆる鳴き声はせずキィィィン、と至極高い声がするだけだった。
「痛っーー!」
ミレイの索敵能力はヒトのそれとは比較にならず、広域の波長を読み取り感じることができる。それ故に超音波を自ら発し、返ってきた音と鋭い嗅覚、さらに全身の体毛が空気の流れを読んで周囲三キロの状況の掌握が可能となるのだ。
ピクピクと動くミレイの耳を、ノリが頭を押さえながらも興味津々に見つめている。それを知ってか知らずかミレイはバツの悪そうに、
「……異常はないわ」
と短く言って、ノリの向かいの席に座った。
「ミレイさんっ!」
「な、何よ」
「……カッコイイです、惚れ惚れしましたよ。さすが姉さんだ」
熱い憧憬の眼差しがミレイを射抜く。
誉め殺しかと思うほどに真剣なそれは彼女にとって喜びでもあり、毒でもあった。
普段虚な目をした被験体の世話や、破天荒で何をやらかすか分かったものではない一つ目、更に鉄仮面の末妹の相手などばかりしていると、こういう純粋な声ほど強い刺激となってしまうのだ。
ミレイは咄嗟に自身の尻尾を押さえた。そして次の瞬間彼女の意思とは関係なくバタバタと暴れ出した。
こんな醜態を晒したくない思いで必死の抵抗を続ける裏で、如何にもな澄まし顔をし「あら、そうかしら?」などと笑って誤魔化そうとする彼女の姿は滑稽以外の何者でもなかったが、ノリは終始それに気づかず、ただ穏やかに時間が過ぎていった。




