だから、あなたにはまだやるべきことがーー
その時ゴーン、ゴーンと壁にかけられたアンティーク時計が渋い音を立てて鳴り響いた。
その余韻を残したまま振り子の一定のリズムが続いて、次第に小さく溶けてなくなっていった。
無言で対峙するミレイとノリは気まずさからか互いに目を逸らして周囲を一瞥し、何もないと見るや、俯いて意味もなく指を弄ってみたり、毛先を遊ばせたりとしている内に、ついに耐えきれなくなったのかミレイが沈黙を破った。
「あなたが気負いする必要は何もないのよ。ただどうあっても、既に異形の姿にされたお爺さんを元に戻す方法はないのだから」
「それじゃあーー」
僕もああなる運命だったんですか? そうノリは続けた。
ミレイは首を何度も横に振って否定する。
「違う。あなたは確かに失敗作として廃棄される予定だったわ。……でも、まだ生きている。それは何故か?」
「……利用価値がある?」
「半分正解ーー。利用価値があったーーのよ。事実廃棄日は今日だった。ノリ……もし、あなたがキューと出会っていなければもう生きてはいなかったかもしれないのよ」
ミレイはリクコからの通信で凡その経緯は知っていた。
彼女がわざわざミレイにノリの情報を送っていたということは、事前にこうなる予測を立てていたという証左で、そんな彼女の息のかかった相手を易々と助けてしまっていいものかと、ミレイは事後ながら憂いていた。
しかし、それも一瞬のことで、掻き消えていった。
「ドクターがあなたに垣間見た利用価値はね……ーー」
ーーその慈愛の心よ。
ノリに課せられた仕事は重要なんてものじゃなかった。
端的に言ってしまえば九号となる被験体のお守りだが、事はそう簡単な話ではない。九号が妹であると暗示を受けたとしても、甲斐甲斐しく面倒を見るとは限らない。
だから、ドクターは偽の記憶をいくつかノリに埋め込んだ。
決して人道的とはいえないそれは、果たして効果を発揮し、兄妹愛をーーヒトのぬくもりを、キューに教えたのだ。
「あなたには暗示があるから、覚えているか分からないけれど、キューは断片的に思い出していたわ。兄ちゃん兄ちゃん……って」
「でも……キューはもう」
「いえ、あの子は無事よ。……と言っても力の使いすぎで意識は失っているみたいだけど」
「そ、それは本当なんですか?」
ノリのその純朴な瞳は希望と共にミレイを捉えて離さない。
「そう……だから、あなたにはまだやるべきことがーーっ!」
その時ーー。
ミレイがそう言いかけた際の、ごく僅かな間隙を縫うように、恐ろしい程の殺気が彼女を襲ったのである。
しかし、それきり別段の異変があるわけでもなく、ただ沈黙が場に漂っていた。




