みんなのところに戻るんだ
好好爺であったモノは完全に異形と化し、ノリへと尖った殺意を向けてくる。
姿勢を低くし落ちていた手頃な長さの木の棒を手に取る。
こんなもの、役に立たないと理解している。
でも、ここで逃げたらリクコやキューに顔向けできない気がしたのだ。
弱虫だとか、卑怯者だとか嘲ったりそしられるわけじゃない。彼女らは万が一にもそんなことを言ったりするような子たちでないことは、ノリがこの身で感じた事実だ。
だから、この先は、ただの自己満足ーー。
「来るなら来いっ! バケモノ」
威嚇にもならないちっぽけな木の棒を構える。
異形の顔部分から生え、伸びている触手が縦しんばキューの尻尾と同等の代物なら、こんな棒は気休めにもならない。それでも、立ち向かわなくてはならない。
「お前をここで倒して、みんなのところに戻るんだっ!」
「そこまでよ」
鬱蒼と茂る深緑の絨毯を颯爽と踏み鳴らし近づいてきたのは、一人の少女であった。
長い癖毛に全身を覆うきめ細やかな体毛、そしてケモノの耳と尾を持ち、凛々しい顔立ちの人ならざる者。
「勇敢と蛮勇をはきちがえないことね」
「な、なにを言って……」
「あなたにこのご老体を弑すことができると?」
「当たり前だっ! ご老体……だなんて。ソレは、化物ーーなんだぞっ」
少女は瞬間、もの哀しい顔をした。
しかし、その真意を掴むことはできない。
得体の知れない、不定形で気味の悪く、とてつもなく大きな存在にノリは首根っこを抑えられているような錯覚に陥った。
「化物と言い切るの?」
ノリはゆっくりと首肯する。
「じゃあ私は何なのかしら。あなたにとって私は化物? それともーー」
「ば、化物であるものか。その証拠にちゃんと話ができてる」
「さっきはあなたもご老体と話をしていたでしょう?」
「でもそれはーー」
「でもじゃないわ。見た目が変わってしまったから、会話が成立しなくなったからヒトではないし化物なのだから弑しても構わない、なんて思考に陥ってはいけないのよ。中には詰めが甘いだの平和主義者め、だのと茶化すアホもいるけど、少なくとも私はーー」
ーーあなたに手を汚して欲しくない。
本心で言っているのであろう、その純真な言葉の調子を聞いてノリは、手に持った枝を離し、かさりという音と共に枝が落ちた。
「さあ、ご老体も住処に帰りなさい」
好好爺だったモノは少女の落ち着き払った声を合図に踵を返し、何も言わず去っていった。
「さて。言っておかなければならないことがあります。あなたがもし私を信じてついてきてくれるのならば、身の安全を保証します」




