にぃちゃんと一緒がいい
ーー知らない。こんな記憶は僕にはない。
僕じゃない誰かが、僕の視点で必死に何かから逃げている。
ーー違う。
僕の人生は平凡そのものだったはずだ。
父さんがいて母さんがいて、妹がいてーー。
妹は父さんの癖毛が遺伝したようで、自然に波打った髪が大小の束になって、縦横無尽に動き回り、強い風でも吹いた日には、妹の顔の大部分が隠れてしまい、家族全員で大笑いした。妹もつられてニヒヒと笑った。
それでも鬱陶しいのは変わりなく、後ろで束ねるのも億劫だったのか、妹はある日髪短く切り揃えた。
「おそろだね、にぃちゃん」
純朴な笑顔の妹をいじらしく思った。
妹は僕が大好きで、僕を真似して自分のことを「ボク」だなんて言うのを遠回しに咎めたら、にぃちゃんは、「ボクがキライなのか」と大泣きされてしまい、困惑した僕は必死になって妹のご機嫌取りをし、何とかその場をなだめ、家の中だけなら使ってもいいと妥協させた。
そんな調子であるので、服も僕のお下がりを喜んで着た。大きすぎて、袖のだらんと下がった服で腕を振り回し、僕にちょっかいを出してじゃれてくることもしょっちゅうだった。
華奢で体が弱くて、お兄ちゃん子で、どこに行くにもついて来ては、にぃちゃんにぃちゃんーーと。
鮮明な記憶。
マネキンじゃない本物のヒトが往来を行き来している。側にはいつものように妹が居て、手を繋ぎこちらを仰いで破顔する。
「母さんの用事が終わったらくーはどこに行きたい?」
「にぃちゃんと一緒がいい」
妹の名前は久美子。でも、家族からでさえその名前で呼ばれることは稀で、皆くー、とあだ名で呼んだ。
「ニへへッーー」
ーー厭なヤツだ。
僕は、この笑顔を面と向かって受けられるような男じゃないんだ。
他人に誇れる男になるために頑張ったつもりだったけど、現実はそう甘くない。いつも空回りばかりの僕は、クラスメイトから煙たがられ、敬遠される存在となっていた。
そんな、学校での友人関係の乏しい僕は、家族に傾倒するしかなかった。僕は外での不甲斐なさを補うためだけに家族を、妹を利用したに過ぎない。
そんな僕に妹は無邪気に笑う。
きっと本当のことを言っても、そうやって笑って、また「にぃちゃん」って言ってくれるんだろう。
だって、妹はーー。
「ノリは、何も悪くありませんよ」
記憶の中の妹が、見知ったダレカと重なっていく。
ああ、何で気づかなかったんだろう。
忘れるはずないのにーー。
忘れちゃいけないはずなのにーー。
「キュー」




