悪いわね、愚妹が迷惑をかけて
【前回のあらすじ】
一件落着?
春の麗かな風とそれに乗ってやってきたスパイスの香りで私は目を覚ました。
六畳一間、キッチン付きのボロアパート。
天井の照明からはだらりと引き伸ばした紐が垂れている。シワシワの敷布団に薄くごわごわのブランケットを掛けられて、私は寝ていたようである。
台所では茜色の振袖の上に割烹着を着用した黒髪の少女が、手慣れた手つきで水仕事をしていた。後ろ髪を後頭部で丸くまとめ、色白のうなじが露出している。そして、大きく尖った耳がいじらしく左右に伸びているーー。
「えっ、耳……? えっ?」
私の狼狽する声に気づいたようで黒髪の少女が水仕事をやめ、こちらに顧みる。
「おや、起きたんだね。ハロハローユキノちゃん」
その顔には目が一つしかなかった。
「いやあああっ! ば、バケモノ。助けーー」
私は布団から出、這いつくばりながら少しでもアレと距離を取ろうとするが、行く先は壁しかなく、壁を背に対峙する形になってしまった。
「あらあらかわいそうに、そんな怯えた顔をして。でも……大丈夫さ。今から料理の準備をするからね。質の高い砥石を使った甲斐があって包丁もいい塩梅さ。ヒッヒッヒッ……」
バケモノは歩一歩と近づいてくる。着物の衣擦れの音が妙に大きく聞こえて来て、それが一つ一つと聞こえるたびに、私の寿命が減っているような錯覚さえ想起してしまうのだった。
アレは水仕事をしていたのではない。私を料理する為の道具を手入れしていたのだ。
厭だ。死にたくない、殺されたくない。
ーーそもそもなんで私はここに居る?
「いっ……!」
あれこれと思い出そうとすると、強烈な頭痛がしてきて、私は頭を押さえてうずくまった。
「あれ? ユキノちゃーん。私だよ? リッちゃんだよぉ。もしー?」
自らリッちゃんと名乗ったバケモノは戯けた語調でそう言う。言い様からして私の名前を知っているらしいが、私にはこんなバケモノの知り合いは居ない。
アンタなんか知らない。私は不味いから喰うなら他をあたって頂戴ーーそう訂正しようと顔を上げた時、視界一杯に一つ目の顔が現れた。
「きゃああああああああああああぁぁっ!!」
「んばばばばぇっ!?」
二人の凄まじい絶叫が六畳一間に響き渡る。
次いでバケモノの頭上から毛むくじゃらで鋭い爪をした手が、その頭を鷲掴みし持ち上げる。
見事なアイアンクローであった。
「いだだだだだああああっ! 中身出ちゃうミソ出ちゃうぅ」
痛みにもがき苦しむバケモノからゆっくりと視線を上に上げていく。そこにはーー。
「悪いわね、愚妹が迷惑をかけて」




