娘よ、羽ばたく時さ
【前回のあらすじ】
完璧な美しさ
「まったく素直じゃない……誰に似たんだか」
とドクターは嘯いた。
次いで咳払いを一つすると、矢継ぎ早にこう続けた。
「お前専用のラボ造ったから使ってくれ。あー、それと街のシステム運用と管理全部任せるから。おまけに七号八号の開発計画もよろしくね」
「キレッキレね。澄み渡ってるわ冗談が」
「娘の役不足を解消するのも親の義務だよ。娘よ、羽ばたく時さ」
「ドクターは?」
「九号の着手にかかる。ラストナンバーだからな、最高傑作にしなければなるまい。それにもう適性のある被験体は見つかっているんだ。凄いぞこれは。適正値の幅がだね――」
こうなるとドクターの話は長い。
どうせ大したことは言っていないとリクコは分かっているので、ベンチから立ち上がり堂々とした足取りで一歩また一歩とドクターから離れていく。
少し歩いたところでリクコは小さく何度も飛んで喜びを享受した。
「いやっふぅういぇええっ! そうっ! 私のっ! 時代が、到来だぜ! 好きにでっきる~街を好きにでっきる~」
ひとしきり舞ったあとは、律儀にも歩道を歩いて帰路に就いた。
住居としてるドクターのラボまではそれなりの距離がある。リクコは吹けもしない口笛をヒューヒョロ吹きながら、これから街をどうしてやろうかとそればかりを考えていた。
湖を望む橋の欄干に、横から夕日の茜色をした光が煌と注がれ、そうしてくり抜かれた影が薄ぼんやりと形造られてリクコの行く先の道に装飾を施していた。
「よっと……」
欄干の上に飛び乗る。
リクコの伸びた影は車道の端にまで達し、その動きを真似ている。
その時前方から年の頃の近しい少年が走ってくるのをリクコは発見する。
――被験体だ。
強力な暗示で洗脳された彼らはリクコのような異質な存在を認識することはできない。そもそも家や街にマネキンが無造作に設置せられていたとしても、彼らにとっては何の不思議でもないのだ。
もちろん街の外がどうなっているかなど知る由もない。
それを哀れ、だとはリクコは思わない。何も知らないままでいた方がいいこともあるのだ。
何やら嬉しそうに走っていく被験体の少年を見送るとリクコは踵を返し、再び帰路に就く。
「そういえば、九号の被験体見つかったんだっけ。完成したら名前つけなきゃなあ。ドクターは号でしか呼ばないし。……んあ――まあ九号だからキューちゃんでいっか。安直安直ネーミング~」
リクコが「安直ネーミングの歌」を歌い終わりラボに着く頃には深夜になっていた――。




