……歯が浮きそうなセリフね
【前回のあらすじ】
膠着
「六号は白い椿の花言葉を知ってるか?」
湖畔のベンチで何をするでもなく空を見上げていたリクコに男が声を掛け、そう言った。
「嫌味ありがとドクター。私のことはリクコと呼んでって何度も言ってるじゃあないの。あと、ストーカーも程々にしないとドクターのおきにのウールのセーター洗濯しちゃうよー」
「やだあ、やめてそれ」
ドクターと呼ばれた男は白衣を着、左右それぞれ縦に三つずつ鋭い目が並んでいる、面妖な面を被っていた。
更に白衣の袖からのぞく手は、指の関節まで可動域となる精緻な球体関節人形の手であった。
その声も人工音声であり、言葉の表面的な意味からしか感情を読み取ることは難しい。
しかし、面妖という意味ではリクコも負けてはいなかった。
――ドクターの高度なバイオテクノロジーにより造られたリクコは、宇宙起源の細胞であるN細胞を自ら目に移植し、その後の変異によって単眼となり、以降も様々な実験を自身に課してますますヒトから遠のいていった。
いつしか耳は尖り、四肢の先は紫に変色してしまっていた。
通称――寄生体六号。
だがリクコは後悔の類を一切していなかった。
――自分を造ってくれたドクターに感謝の念こそあれ、恨むなど筋違いも甚だしい。
「そういえば、マザーに会って来ました」
「ふーん。なんて?」
「んあー、こほんっ。……綺麗なお着物ね。おめめもぱっちりでかわいいわ。お人形みたいねぇ……って」
「よかったな褒めてもらえて。でも、それにしては浮かない顔してるみたいだけど?」
「私、ついでに街の外も見て来たんです。ミレイ――もとい三号の手引きで。やっぱりというか――世界、滅んでました。この街以外。ホント酷い有様――」
リクコは膝に置いた手を顔の辺りまで上げ、太陽に翳すようにして弄ぶ。
――人外の手。
実験を繰り返すうちに変わっていく自分の身体。
遠くない未来、ヒトの心も無くしてしまうのではないかという恐怖は、波のように現れては引くイヤらしさで以ってリクコを嘲笑う。
リクコの見た街の外はそんな絶望で満たされていた。気丈な彼女もそれに抗いきれるものではなかったのだ。
翳した手が僅かに震えているのを認めると、焦点を変えてぼかした。
「かわいい手をしてると思うけどな」
「……歯が浮きそうなセリフね」
「こういう時男ははっきりと言うもんさ。それに大事な娘が落ち込んでるのに慰めない親はいないだろ?」
何がはっきりよ、とリクコは愚痴っぽく小さく呟く。
何重にも省略して回りくどい表現をして煙に巻くのがこの男なのだ。そんなことせずただ大丈夫だと、心配はいらないと言えばいいのに――。
――もう耐えられなかった。
「あー、やっぱムリ。くっさいわドクター」




