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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第一話
8/32

8 それから

 河間陸人が練習試合で騒ぎを起こしてから5日が経過していた。

あの日から、「憑き物」が落ちたかのように、元の陸人に戻り、

友人達と談笑をしている姿を見て――真穂里は、ほっと胸をなで下ろした。

サッカー部顧問からは、2ヶ月の部活動禁止を申し渡され、本人も了承した。

陸人自身、自分が、あの日、何をしたのかを覚えており、反省の意味も込めて坊主頭にしている。

折角の二枚目が坊主頭になってしまったことで、取り巻きの女子はがっかりとの声を上げていたが、一部には、かわい~との意見もあるようだった。


 除霊をした翌日、さっそく陸人の写真を撮影し、神奈木に確認をして貰った。

結果、陸人の写真に「白いもや」が見えることは無く、除霊は無事に成功したと告げられた。

陸人の様子からも、解ってはいたことだが、やはり、きちんと告げられると心持ちも違ってくる。

改めてお礼の言葉を述べたのだが、気持ちは金に換えてくれと言われてしまった。

どうも照れ隠しでお金の話をしているようで、目線を逸らしつつ、落ち着きの無い様子では迫力に欠ける。


 ――からん。


 ドアに取り付けられたベルが響く。

相変わらず、外から見た印象では営業中の店舗には見えない。

放課後から多少の時間が経過し、すっかり夕暮れ時となった街の中、どこか薄暗く陰鬱とした雰囲気を醸し出す店構えだった。


「――こんにちは~」


 真穂里は、店の奥をうかがうようにしつつ声を掛けた。

陸人は、初めての店内が物珍しいのかきょろきょろと周囲を見回す。


「すごい店内だな。なんていうか――混沌っていうか」

「うん。そうだよね。お店って感じしないし」


 そんな話をしながら神奈木の登場を待つのだが、一向に出てくる気配が無い。

店の奥を覗き込みつつ――


「居ないのかな」

「店を開けっ放しにして居なくなるってことも無いんじゃないか?」

「――そうだよね」

「座って待たせて貰おうぜ」

「そうだね。――失礼しま~す」


 店内のテーブルに座り、どことなく落ち着かず――二人して周囲をきょろきょろと見回してしまう。

見回しているうちに、真穂里は、窓際に狐の像が置かれていることに気がついた。

先日、陸人に取り憑いていた霊を除霊する際に使用した像に見える。

真穂里は、席を立ち、窓際へと向かった。


 入口の方を見守るかのごとく、斜めに置かれていた。

レース越しに当たる日の光で、どこか暖かみを持って見える。


 ――パンパン。


 真穂里は、狐の像に向かって二拝二拍手一拝――


「お陰様で、陸っくんが元に戻りました」


 大きな声では無いのだが、静かな店内で、その声は陸人の耳にもはっきりと聞こえてくる大きさだった。

陸人も腰を上げ、帽子を脱ぎつつ――窓際へと歩み寄る。

真穂里の隣に立つと、真穂里の真似をするように二拝二拍手一拝――


「壊してしまい、申し訳ありませんでした」


 何を言うかを逡巡し、素直に謝ることにした。

自分に取り憑いていた狐の霊が、まだココに居るかは解らなかったが、声に出して謝る――という行為が必要なように思えたからだ。


「かしわ手が聞こえると思ったら、お二人でしたか」


 背後から声を掛けられ、はじけるようにして振り返る。


「神奈木か。脅かさないでくれ」

「そう言われてもな。いきなり店の方からかしわ手が聞こえてくるのも、びっくりするモンだぞ」

「ぅ――そ、そうか。そうだな。すまん」

「いや。いいよ。それにお稲荷様に礼を尽くすのは悪いことじゃないさ」


 神奈木は、そう言いながらカウンターの奥へと戻っていく。

いつの間に仕掛けたのか、こぽこぽとお湯の沸く音が聞こえてきていた。


「お稲荷様?」


 真穂里が、首をかしげつつ問い掛ける。

お稲荷様――今、二人で拝んだ狐の像しか思い当たらない。

なんとはなしに狐の像へと振り返ってしまう。


「神様なんだ」

「まぁ、元々八百万(やおよろず)って言うくらい何にでも神様を見出しちゃうからな」


 カウンターの奥で、茶器を用意しつつ神奈木が応えた。


「それで――河間くんは珈琲でいいですかね」

「ぁ、ああ。珈琲で頼む」


 慣れた手つきで、紅茶、珈琲を用意し、テーブルへと持ってくる。

そこだけを切り出せば、喫茶店のようだ。

自分の分の紅茶も用意しつつ、三人でテーブルを囲む。


「それで、――今日はどういったご用件で?」


 一瞬、真穂里と陸人は顔を見合わせる――が、意を決したかのように陸人が話し出す。


「料金のことなんだが――」

「はぁ」

「俺たちが払うってことで――ダメだろうか」


 神奈木が驚いたような顔をする。


「てっきり値切られるのかと思ったよ」


 その発言に、今度は真穂里と陸人が驚いたような顔をする。


「そんなことは無い」

「うん。無いよ」


 馬鹿にするなとばかりに、前のめりになりつつ応えた。

その二人の剣幕に気圧されたのか、少し上体を逸らしつつ神奈木が苦笑を浮かべる。


「胡散臭い商売に胡散臭い料金だからね」


 実際、値切られることもあるのだろう。

苦笑を浮かべつつ、そんなことを言った。


「胡散臭いか――確かにそうかも知れないが、俺が助けられたのは事実だ」


 陸人が真剣な眼差しで、そう訴えると――神奈木は、どこか怯んだかのように視線を彷徨わせた。

こういう真っ直ぐな反応に慣れていないのか弱いらしい。


「うん。私たちが、今日訪れたのも二人でお金を払いたいからだよ」

「二人で?」

「そう。二人で」

「――そんなに高かったですかねぇ」

「ううん。そんなことない。そりゃ――安くは無いけど、正統な請求だと思う」

「俺からすれば、安いくらいだ。恩人だからな」

「まぁ、払ってくれるなら、出所は問わないけど――」


 そう言って、神奈木は、真穂里と陸人を眺めやる。

そして、急に思い立ったかのように――


「二人は、いつから付き合ってるんで?」

「なッ――」

「ゃ、そ、そんなことは――」


 なおも神奈木は二人を見やる。

二人の顔が一気にかーっと朱くなる。

真穂里は、神奈木の視線に耐えきれなくなったのか俯いてしまう。


「あのお稲荷様は、縁結びの神様由来の眷属なんですよ」

「え?」

「多少、恨まれはするでしょうが、基本、縁を結びたくてしょうが無いタチなんですよ」


 真穂里も陸人も、話の展開がいまいち掴めないまま、それこそ狐につままれたような面持ちになった。

なおも神奈木は続ける。


「そんなお稲荷様からすれば、お二人は絶好のカモだ」

「か、カモ!?」

「縁が結ばれても不思議は無い。――と言うようなことを喧伝(けんでん)してくれ」

「はぁッ?」

「け、喧伝って――言いふらせって事!?」

「そそ。そういうこと。あそこの店には縁結びのお稲荷様がいる――とか、縁結びのお守りがある――でも構わないから」

「え? な、なんで?」

「多少なりとも、収入の間口を拡げたいんだよ」


 その、あまりにも切実な――夢も希望も無い理由に、肩透かしを食らった気分になる。

とは言え、今回の件が最後の一押しとなって、仲が深まったのも事実だ。

何で仲が深まったのかを考えると、いまいちよく解らないのだが――

それこそ、お稲荷様の神通力――とでも言おうか、何か不思議な縁が働いたとしか思えないのだが――

何せ二人が、このお店を切っ掛けとして付き合うようになったのは間違い無い。


「で、でも――付き合ってることを言いふらすなんて――」

「それだけ仲睦まじかったら、すぐにバレるぞ。特に取り巻き連中には」

「そ、そうかな?」

「そりゃ、そうでしょう。特に河間くんは、そういうの隠すの苦手でしょうに」

「そ、そんなことは無いぞ。うん。大丈夫だ」

「まぁ、追求されたら、お稲荷様のご利益だ――とでも言っておけばいいよ」

「そんな機会は来ないけどなッ」

「――すぐに来ると思いますけどねぇ」


 陸人がすぐに否定をしたが、神奈木はそうは思っていないようだった。

真穂里は、先ほどから顔の熱が取れずにいた。

なんとはなしに、窓際を見やる。

レースのカーテン越しに、うっすらと夕暮れの日差しを浴び、朱く染まる狐がたたずんでいた。


Twitter @nekomihonpo


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