8 それから
河間陸人が練習試合で騒ぎを起こしてから5日が経過していた。
あの日から、「憑き物」が落ちたかのように、元の陸人に戻り、
友人達と談笑をしている姿を見て――真穂里は、ほっと胸をなで下ろした。
サッカー部顧問からは、2ヶ月の部活動禁止を申し渡され、本人も了承した。
陸人自身、自分が、あの日、何をしたのかを覚えており、反省の意味も込めて坊主頭にしている。
折角の二枚目が坊主頭になってしまったことで、取り巻きの女子はがっかりとの声を上げていたが、一部には、かわい~との意見もあるようだった。
除霊をした翌日、さっそく陸人の写真を撮影し、神奈木に確認をして貰った。
結果、陸人の写真に「白いもや」が見えることは無く、除霊は無事に成功したと告げられた。
陸人の様子からも、解ってはいたことだが、やはり、きちんと告げられると心持ちも違ってくる。
改めてお礼の言葉を述べたのだが、気持ちは金に換えてくれと言われてしまった。
どうも照れ隠しでお金の話をしているようで、目線を逸らしつつ、落ち着きの無い様子では迫力に欠ける。
――からん。
ドアに取り付けられたベルが響く。
相変わらず、外から見た印象では営業中の店舗には見えない。
放課後から多少の時間が経過し、すっかり夕暮れ時となった街の中、どこか薄暗く陰鬱とした雰囲気を醸し出す店構えだった。
「――こんにちは~」
真穂里は、店の奥をうかがうようにしつつ声を掛けた。
陸人は、初めての店内が物珍しいのかきょろきょろと周囲を見回す。
「すごい店内だな。なんていうか――混沌っていうか」
「うん。そうだよね。お店って感じしないし」
そんな話をしながら神奈木の登場を待つのだが、一向に出てくる気配が無い。
店の奥を覗き込みつつ――
「居ないのかな」
「店を開けっ放しにして居なくなるってことも無いんじゃないか?」
「――そうだよね」
「座って待たせて貰おうぜ」
「そうだね。――失礼しま~す」
店内のテーブルに座り、どことなく落ち着かず――二人して周囲をきょろきょろと見回してしまう。
見回しているうちに、真穂里は、窓際に狐の像が置かれていることに気がついた。
先日、陸人に取り憑いていた霊を除霊する際に使用した像に見える。
真穂里は、席を立ち、窓際へと向かった。
入口の方を見守るかのごとく、斜めに置かれていた。
レース越しに当たる日の光で、どこか暖かみを持って見える。
――パンパン。
真穂里は、狐の像に向かって二拝二拍手一拝――
「お陰様で、陸っくんが元に戻りました」
大きな声では無いのだが、静かな店内で、その声は陸人の耳にもはっきりと聞こえてくる大きさだった。
陸人も腰を上げ、帽子を脱ぎつつ――窓際へと歩み寄る。
真穂里の隣に立つと、真穂里の真似をするように二拝二拍手一拝――
「壊してしまい、申し訳ありませんでした」
何を言うかを逡巡し、素直に謝ることにした。
自分に取り憑いていた狐の霊が、まだココに居るかは解らなかったが、声に出して謝る――という行為が必要なように思えたからだ。
「かしわ手が聞こえると思ったら、お二人でしたか」
背後から声を掛けられ、はじけるようにして振り返る。
「神奈木か。脅かさないでくれ」
「そう言われてもな。いきなり店の方からかしわ手が聞こえてくるのも、びっくりするモンだぞ」
「ぅ――そ、そうか。そうだな。すまん」
「いや。いいよ。それにお稲荷様に礼を尽くすのは悪いことじゃないさ」
神奈木は、そう言いながらカウンターの奥へと戻っていく。
いつの間に仕掛けたのか、こぽこぽとお湯の沸く音が聞こえてきていた。
「お稲荷様?」
真穂里が、首をかしげつつ問い掛ける。
お稲荷様――今、二人で拝んだ狐の像しか思い当たらない。
なんとはなしに狐の像へと振り返ってしまう。
「神様なんだ」
「まぁ、元々八百万って言うくらい何にでも神様を見出しちゃうからな」
カウンターの奥で、茶器を用意しつつ神奈木が応えた。
「それで――河間くんは珈琲でいいですかね」
「ぁ、ああ。珈琲で頼む」
慣れた手つきで、紅茶、珈琲を用意し、テーブルへと持ってくる。
そこだけを切り出せば、喫茶店のようだ。
自分の分の紅茶も用意しつつ、三人でテーブルを囲む。
「それで、――今日はどういったご用件で?」
一瞬、真穂里と陸人は顔を見合わせる――が、意を決したかのように陸人が話し出す。
「料金のことなんだが――」
「はぁ」
「俺たちが払うってことで――ダメだろうか」
神奈木が驚いたような顔をする。
「てっきり値切られるのかと思ったよ」
その発言に、今度は真穂里と陸人が驚いたような顔をする。
「そんなことは無い」
「うん。無いよ」
馬鹿にするなとばかりに、前のめりになりつつ応えた。
その二人の剣幕に気圧されたのか、少し上体を逸らしつつ神奈木が苦笑を浮かべる。
「胡散臭い商売に胡散臭い料金だからね」
実際、値切られることもあるのだろう。
苦笑を浮かべつつ、そんなことを言った。
「胡散臭いか――確かにそうかも知れないが、俺が助けられたのは事実だ」
陸人が真剣な眼差しで、そう訴えると――神奈木は、どこか怯んだかのように視線を彷徨わせた。
こういう真っ直ぐな反応に慣れていないのか弱いらしい。
「うん。私たちが、今日訪れたのも二人でお金を払いたいからだよ」
「二人で?」
「そう。二人で」
「――そんなに高かったですかねぇ」
「ううん。そんなことない。そりゃ――安くは無いけど、正統な請求だと思う」
「俺からすれば、安いくらいだ。恩人だからな」
「まぁ、払ってくれるなら、出所は問わないけど――」
そう言って、神奈木は、真穂里と陸人を眺めやる。
そして、急に思い立ったかのように――
「二人は、いつから付き合ってるんで?」
「なッ――」
「ゃ、そ、そんなことは――」
なおも神奈木は二人を見やる。
二人の顔が一気にかーっと朱くなる。
真穂里は、神奈木の視線に耐えきれなくなったのか俯いてしまう。
「あのお稲荷様は、縁結びの神様由来の眷属なんですよ」
「え?」
「多少、恨まれはするでしょうが、基本、縁を結びたくてしょうが無いタチなんですよ」
真穂里も陸人も、話の展開がいまいち掴めないまま、それこそ狐につままれたような面持ちになった。
なおも神奈木は続ける。
「そんなお稲荷様からすれば、お二人は絶好のカモだ」
「か、カモ!?」
「縁が結ばれても不思議は無い。――と言うようなことを喧伝してくれ」
「はぁッ?」
「け、喧伝って――言いふらせって事!?」
「そそ。そういうこと。あそこの店には縁結びのお稲荷様がいる――とか、縁結びのお守りがある――でも構わないから」
「え? な、なんで?」
「多少なりとも、収入の間口を拡げたいんだよ」
その、あまりにも切実な――夢も希望も無い理由に、肩透かしを食らった気分になる。
とは言え、今回の件が最後の一押しとなって、仲が深まったのも事実だ。
何で仲が深まったのかを考えると、いまいちよく解らないのだが――
それこそ、お稲荷様の神通力――とでも言おうか、何か不思議な縁が働いたとしか思えないのだが――
何せ二人が、このお店を切っ掛けとして付き合うようになったのは間違い無い。
「で、でも――付き合ってることを言いふらすなんて――」
「それだけ仲睦まじかったら、すぐにバレるぞ。特に取り巻き連中には」
「そ、そうかな?」
「そりゃ、そうでしょう。特に河間くんは、そういうの隠すの苦手でしょうに」
「そ、そんなことは無いぞ。うん。大丈夫だ」
「まぁ、追求されたら、お稲荷様のご利益だ――とでも言っておけばいいよ」
「そんな機会は来ないけどなッ」
「――すぐに来ると思いますけどねぇ」
陸人がすぐに否定をしたが、神奈木はそうは思っていないようだった。
真穂里は、先ほどから顔の熱が取れずにいた。
なんとはなしに、窓際を見やる。
レースのカーテン越しに、うっすらと夕暮れの日差しを浴び、朱く染まる狐がたたずんでいた。
Twitter @nekomihonpo




