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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第一話
7/32

7 像

 高瀧真穂里(たかたきまほり)の固い決意――元の陸人を取り戻すという想いは、決して揺らいではいないのだが、

どこか挫けそうになる自分を叱咤激励し、深夜の河間宅にお邪魔していた。

夕方に香炉を陸人の部屋に仕掛け、一旦帰宅――その後、忘れ物をしたと言い訳をし、今に至る。

陸人のお母さんが取ってこようかと言ってくれたのを慌てて遮り、自分で取りに行きますと我を通した。

普段の自分からでは、想像も付かないような強引な手に、心臓がばくばくと音を立て、うるさいくらいだった。

心臓の音が静まらず、階段を上りながら胸を押さえる。


 ドアノブを回すと、カチャリと大きな音がし、静寂の中に響く音にびっくりしつつ、じっと身をひそめる。

特に物音がしないため、そ~っとドアを開き、陸人の部屋の中を覗く。

香がほんのりと漂う。

普段の陸人とは異なる臭い――どこかで嗅いだことのあるような気もしたが、すぐには思い至らなかった。


 先刻、香炉を仕掛けた際のことだが――ものの10分かそこらで陸人は頭を揺らし始め、間もなく眠りに落ちてしまった。

今も、その時と変わらぬ姿で眠りこけている。

その陸人の足下に、あの狐の像が鎮座していた。

真穂里が、置いたときと寸分違わぬ姿に見える。


「これで――」


 知らず知らずにごくりと喉が鳴ってしまう。

これで陸人が元に戻るのだという喜び、戻らなかったらどうしようという不安、家人に何をしているのかと見とがめられたらどう言い訳をしたらいいのか――と言った様々な思いが渦巻き、めまいがした。


 持ってきていた朱い風呂敷を拡げ、狐の像を取り上げよう――と神奈木に言われていたことを思い出す。

慌てて居住まいを正し、二拝二拍手一拝。


「これより、別の地へお運びすることをお許しください」


 小さく呟き、顔を上げる。

自分の頬もぺちぺちと2回叩き、気を取り直して香炉と像を風呂敷へと包み紙袋へとしまい込む。

陸人の様子に変わったところは無い。

静かな寝息が聞こえてくる。

陸人のことも心配ではあったが、今は、この像を少しでも早く神奈木に届けることが重要だった。

足音に気をつけながら、階下へと降りていく。


「真穂里ちゃん、忘れ物はあった?」

「はい。ありました」


 平静を装いながら、紙袋を掲げてみせる。

嘘を言っていることに、心臓がばくばくと音を立てていた。


「そう。じゃぁ、遅いから気をつけて帰るのよ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃぁ、またいらっしゃい」

「はい。夜分遅くに申し訳ありませんでした」

「いいのよ。それじゃぁ、気をつけてね」

「はい。失礼します」


 そう言って、そそくさと河間宅を後にする。

門を出て、思わず後ろを振り返る。

特に追ってきているという様子も無い。

思わず、大きなため息を吐いてしまう。


「急いで届けないと――」


 そう呟いて、霊拝堂――神奈木の店へと急ぐのであった。


 【◇】


 わざと光量が落とされた店内は、薄暗く、「曰く付き」の品が作り出す影が、どこか不気味でもあった。

そんな中で、神奈木は待ってましたとばかりに真穂里を出迎える。


「どうでした?」

「言われたとおりに持ってきたけど――」


 神奈木が紙袋を受け取り、慎重な手つきで風呂敷を取り出す。

そして、像の入ったソレをテーブルの真ん中へと置いた。

静寂の中に、コトリと音が響く。


 テーブルの端に小さな鳥居が儲けられていた。

全高15cmといったところだろう。

そして、その反対側――北に位置する端っこに、これまた小さな社が設けられていた。

ミニチュアの社で、手のひらに載る程度のサイズではあるが、細かいところまで精緻に作られているのが、この薄明かりの中でもしっかりと見て取れた。


「これは――」


 真穂里が、そのテーブルの様を神奈木へと問い質す。


「動物霊をお迎えするに当たって、きちんと礼を尽くさないとね」

「――罰が当たっちゃう?」

「いやいや。機嫌を損なわれちゃうと面倒なだけだよ」


 そう言いながら、神奈木は慎重に風呂敷を拡げた。

テーブルの中央――ミニチュア神社の中庭に、朱い布が拡がる。

そして狐の像を南向き――鳥居の方向へと直し、二拝二拍手一拝。


「このような狭いところではありますが、お許しください」


 そう呟くのを見て、真穂里も慌てて二拝二拍手一拝と神奈木に(なら)う。


「それでは、失礼して――写真を撮らせていただきます」


 そう言うが早いか、インスタントカメラを取り出し、パシャリと一枚、撮影する。

フラッシュが店内を眩しく一瞬だけ照らし出す。

真穂里は、あまりの眩しさに小さく呻くと目をつぶった。


 うっすらと目を開くと、神奈木がインスタントカメラから出てきた写真をぱたぱたと振っている姿が目に入ってきた。

しばらく振っていたかと思うと、テーブルの上に置く。

徐々に像をはっきりさせて行く。

そこには、フラッシュによって照らし出された鳥居、そして鳥居の中にある狐の像がはっきりと写っていた。

鳥居がフラッシュによって色を飛ばしつつ照らし出され、そこから伸びる影が狐の脇を抜ける。


 真穂里が写真を覗き込んでいるうちに、神奈木は木箱を取り出してきていた。

零砥霊震具と呼ばれる「霊を見る」道具だ。

神奈木は素早く線香に火をともすと、箱の中へと仕掛け、写真をセットする。

そして、穴から覗き込んだ。


「大丈夫そうだ」


 神奈木が、箱から目を離しつつ、優しい声で言った。


「見るかい?」

「――ええ」


 恐れる必要は無いのだが、なんとはなしに恐る恐る覗き込む。

狐の像に被さるようにして「白いもや」が見えた。

その「もや」は、どこかしら狐の像を大きくしたようにも見える。


「あとは、こっちでお迎えの儀式をしておくから、今日はもういいよ」

「え? でも――」

「大丈夫。念のため、河間の写真を撮って確認すれば終わりだから」

「ぅ、うん」

「ありがとう。助かったよ」

「ううん。私の方こそ――その、ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」

「それはコッチでお願いするよ」


 神奈木は、そう言いながら指で輪っかを作る。

どこかおどけた様子に真穂里は、くすりと笑みを浮かべた。


「あんまり高いと、払えないわ」

「そこは、――彼と相談してくれ」

「え? え? か、彼って」

「夜も遅いし、気をつけて帰ってね」

「あの、違うの。そういうんじゃなくて」

「じゃぁ、また明日」

「え? うん――」


 からかわれつつ、半ば、追い出されるようにして見送られた。

煙に巻かれたというか、呆気に取られたままに追い出されてしまった。

真穂里は、半ば呆然としつつ――とは言え、無事に除霊できたという喜びを噛みしめつつ、家路を急いだのだった。


Twitter @nekomihonpo


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