6 練習試合
土曜日――良く晴れ、雲ひとつ無い快晴だった。
吹き抜ける風が心地よい――そんな休日だった。
高瀧真穂里は、早起きし、弁当を作っていた。
今日は、陸人の所属するサッカー部が、他校との練習試合を行う日だった。
とは言え、真穂里の心は、快晴の空とは反対に曇っていた。
陸人の様子が、ますますおかしくなっていたからだった。
おかしいと言っても、そんなに酷いわけじゃ無い。
ただ、普段の陸人を知っている真穂里からすると、様子が違いすぎて――霊に取り憑かれたという話を信じたくなるのだった。
攻撃的になったという訳では無く、内向的になっているのが救いと言えば救いだろうか。
とは言え、時たま見せる攻撃的な目付き――そんな目付きは見たことが無かっただけに、薄ら寒い物を感じさせた。
神奈木輝一は、あれからも陸人の動物霊を払うべく、霊の種類特定を続けていた。
――が、結局の所、未だに特定は出来ていない。
真穂里が聞いたところ、神社とかに祀られている動物霊に抜けが無いのだそうだ。
イヌ科の神様が祀られている神社は確認し終わってしまい、今は、他の動物霊を確認している最中だと聞いた。
真穂里は、自分も見せて貰った「白いもや」を思い返す。
はっきりと見えた訳では無いが、イヌだったように思える。
野生のイヌ――攻撃的で、他者との接触を拒み、縄張りに侵入すれば容赦なく他者を攻撃する――そんな印象を受けた。
あれがイヌでは無いのだとしたら――オオカミだろうか?
オオカミなんて、実物を見たことが無いので、なんとも言えないのだが、オオカミにしては「しゅ」っとしすぎではないだろうか?
もっと、こう――細身で攻撃的な動物――
すぐには思いつきそうに無かった。
練習試合は、前半、互いに決め手を欠き、得点に繋がるようなシュートは無かった。
それもそのはずで、次期エースストライカーと目されている陸人がベンチスタートだったからだ。
チームのメンバー、監督にも、陸人の様子が普段とは異なると言うことは知れ渡っていた。
調子が悪いと思われてのベンチスタートだったのだが、ゲームの展開は監督の予想以上にに拮抗したゲーム運びとなってしまっていた。
こうなると、特にケガをしているわけでも無く、本人曰く問題無いという戦力をキープしておく理由は無い。
「河間、行けるな?」
「――はい」
「よし。後半から暴れてこい。奴らを叩きのめしてやれ」
「――はい」
後半が始まる――選手がグランドへと散らばっていく。
陸人の登場に、彼の取り巻きが黄色い声援を送る。
審判が笛を構え――後半開始のホイッスルが鳴り響いた。
我が校のキックオフ、そしてパス――レフトサイドへとボールが移動する。
相手校のフォワードが素早くプレッシャーを掛け、ボールを奪おうとする――が、我が校は逆サイドへと大きくパス。
そして、すぐさま、相手陣地へと駆け上がっていた陸人へ向かって地を這うような縦パス。
が、これに相手が滑る込むようスライディング、インターセプト。
素早く立ち上がり、こちらの陣地へとボールをキープしたまま駆け上がる。
その姿に、相手校から黄色い声援が上がる。
こちらの陸人と同じように、相手校のエースだった。
我が校のミッドフィルダー、ディフェンダーがプレッシャーを掛け、ボールを奪おうとするが、さすがエースと目される選手――見事なボールさばきで股を抜き、ターンを仕掛け――次々と抜いていく。
「周囲から押せ押せ。好きにさせるな。止めろーッ!」
監督から檄が飛ぶ。
飛び交う声援、控えの選手からの怒号のような声援――後半、早々のピンチだった。
「いっけ~、河間ーッ」
「そこだッ」
相手校のエースが、行く手を阻まれていた間に、陸人が後ろから駆け戻ってきていた。
相手エースまで、あと少し――と言うところで、陸人が軽くジャンプし、跳び蹴りかのごとく、スライディング。
ボールへと向かって斜め上方からのスライディングは、相手足下に吸い込まれるようにして絡み合い、ボールをはじき飛ばした。
「ぐぁッ!」
陸人のスパイクが、相手の脚にぶつかり――飛び込むような蹴りは、相手の脚をえぐった。
そのまま、陸人の上へと倒れ込む。
それを見た我が校の選手が、キープしたボールを外へと蹴り出す。
審判のホイッスル――駆け寄る選手達。
足首の付近を両手で押さえつけ、転がるようにして痛みに耐える相手エース。
相手校の監督、マネージャー、控えの選手が大急ぎで駆けつける。
相手校のチームメイトが陸人の肩を押しやる。
それに対し陸人が反撃を――と言ったところで審判が間に入り、胸ポケットからイエローカードを取り出す。
陸人の行為が、危険行為として警告を受けたのだ。
抗議をしようとした陸人に対し、審判の腕が胸ポケットに伸びたところで――
陸人が両手を挙げ降参の姿勢を示し後ずさる。
周囲のチームメイトが、何かしらの声を掛けるが、コートの外までは聞こえてこなかった。
ケガをした相手エースは、退場するようだ。
幾人かのチームメイトに抱えられ、コートの外へと運び出されてゆく。
マネージャーの娘が付きっきりで手を握っていた。
味方ベンチ、応援で駆けつけていた女性陣にどんよりと暗い雰囲気が漂い、先ほどまでの声援が嘘のように静まりかえっていた。
相手、控えの選手がアップをし、コートへと入っていく。
審判のホイッスル――試合が再開した。
サイドへの素早いパスから、前方――味方陣地への大きなパス。
味方ディフェンダーがプレッシャーを掛けるべく、ボールへと集まっていく。
パス――をインターセプトし、大きく敵陣へとロングパス。
「きゃー。河間くーん。がんばってーッ」
試合が再開することで、徐々にベンチの雰囲気も暖まってきた。
女性陣の黄色い声が復活する。
相手校は、エースを欠いたことにより、こちら有利――かと思われたが、奮闘――
試合は、これといった得失点の無いままに時間だけが経過していった。
「高瀧さん――」
名前を呼ばれ、振り返ると――神奈木輝一がいた。
そのまま、真穂里の脇にしゃがみ込む。
「何か変わったことはあった?」
「ぅ、うん。陸っ――河間くんが、相手選手にケガをさせちゃって――」
「ケガ? 相手の選手は無事?」
「ううん。ケガが酷いみたいで今はベンチで治療中」
「あれか――」
神奈木が首を伸ばすようにして、相手ベンチを望む。
釣られるようにして、真穂里もそちらを見やった。
未だにマネージャーの娘が付きっきりで看病をしている。
声が聞こえてくるわけは無いが――さぞや、悔しいことだろう。
「それで、何か解ったの?」
真穂里は、気を取り直し、神奈木へと聞いた。
神奈木も、相手ベンチから目を戻し、真穂里へと向き直る。
「ああ、どうやら近所のキ――」
突然のホイッスル、悲鳴のような喚声――突如、慌ただしい雰囲気となったグランドへと目を向けた。
うずくまる選手――
相手校選手に肩を小突かれ、後ろへと突き飛ばされる陸人――
駆け寄る両校の選手達――
二人の間へと割って入る審判――
そんな様が目に入ってくる。
「あッ」
陸人はジェスチャーでかかってこいと挑発した。
相手校の選手が陸人へと殴りかかった。
応援の女子達から悲鳴が上がる。
それぞれのチームメイトが押さえ引き離してゆく。
審判の長いホイッスル、胸のポケットからカードが取り出される。
陸人と殴りかかった選手に対して、レッドカードが提示され、退場が言い渡される。
不承不承ながら、陸人がベンチへと下がってきた。
監督が声を掛ける。
「何やってる。お前らしくもない」
「相手の戦力を削いだんだ。いいじゃないか」
「なに?」
グラウンドを見ていた監督が、陸人の方へと視線を向ける。
ふてぶてしくベンチにふんぞり返るようにして座りながら、陸人が続けた。
「一番上手い人間を排除したんだ。これでやりやすくなるだろ?」
どうだと言わんばかりに監督を見上げる。
「このッ――」
監督の拳が陸人の頬へと叩き込まれた。
ベンチから陸人がはじき飛ばされる。
「河間ッ、貴様、しばらく謹慎しとけ」
「解りやすく叩きのめしただけだろ」
頬を腕で拭いながら、陸人が立ち上がりつつ、そう呟く。
それを聞き、監督の眉がぴくりと動くが、自制したようだ。
「ベンチに座ってろと言いたいところだが、また殴ってしまいそうだ。さっさと帰れッ」
「――クァッ」
アゴの調子を確かめるように口を動かしつつ、そんな声を上げる。
妙に甲高い、変な声だった。
「――殴って悪かったな。しっかり冷やしとけよ」
それで話は終わりだとばかりに、チームへと檄を飛ばす。
解放された陸人は、アゴの調子を確かめるようにしつつ、部室へと歩いて行った。
取り巻きの女子達が、そのあとに続く。
真穂里は、続かなかった。
陸人に霊が取り憑いているという話も、どこかで信じ切れずにいた。
その目で、写真の「もや」を見てはいたが、TVでも見ているかのような心境だったのだ。
しかし、今、目の前でおきた惨状は、真穂里の知っている陸人とは思えなかった。
世界から音が、色が無くなっていくかのような錯覚に陥りそうになる。
「高瀧さん、高瀧さん」
神奈木の呼び掛けで、我に返ったかのようにはっとする。
「高瀧さんは、彼の寝室に忍び込めるかい?」
「え?」
「無理なら、こっちでなんとかするけど――」
「うぅん。おばさんとは顔見知りだし、大丈夫――だと思うけど」
真穂里が、そう答えると神奈木は喜色を浮かべた。
手に持つ紙袋から、いくつかの品物を取り出す。
「彼の部屋に、この香炉を仕掛けて欲しい」
「香炉?」
「ああ。ここから香を焚いて動物霊を引き剥がしやすくする」
「じゃぁ、それで除霊が出来るのね!」
「いや。寝ている最中に香の効果で除霊しやすくなっているから、足下にこの像を置いて欲しい」
コトリと狐の象を置いた。
それは神社の狛犬のような台座を持つ狐の象だった。
全高20cmも無いだろう。
軽石で出来ているのか、手にしてみると思った以上に軽い。
とは言え、軽石特有の気泡も見受けられない。
表面はザラッと言うより、つるりとしていた。
「狐?」
「ああ。やっと河間に取り憑いているのが狐霊だと解ったんだ」
「狐の霊なの?」
「ああ。河間が練習に使っている土地に狐が祀られている小さなほこらがあるんだけれど、そこの像が壊れていたんだ」
「じゃぁ、これは?」
「代わりの依代さ。ここに入って貰おうと思ってね」
真穂里は、像を見つめる。
それほど大きくは無いが、精巧に作られた像だった。
「解った。――やってみる」
「頼むよ」
元の陸人を取り戻すのだと、そう固い決意を胸に狐の像を手に取るのだった。
Twitter @nekomihonpo




