5 写真2
スピード現像を頼んでいた写真が仕上がってきていた。
前日遅くに真穂里が撮ってきた写真を現像した物だ。
神奈木が、これから動物霊の確認を行うというので、真穂里も同席させて貰っていた。
テーブルの上に、紅茶の香りと撮ってきた写真が広がる。
紅茶の香りを鼻腔に感じながら、現像された一枚を手にとってまじまじと見つめた。
真穂里の目には、普通の――心霊写真の類には見えなかった。
極々普通のスナップ写真でしかない。
「――これで解るの?」
躊躇いがちに神奈木へと問い掛ける。
「解る――ハズだよ。昨日も言ったけど、僕には霊感が無いからね」
写真を見ても解らないんだと肩をすくめられた。
写真を見て何も解らない――という点だけは真穂里も同じだ。
自分にも霊感は無さそうだと、仕様も無いことを考えてしまった。
神奈木が、テーブルの下から木箱を持ち出してきた。
一辺が12cm程度だろうか――ほぼ立方体に近い形状をしている。
表面は、浮造り加工を施した後、丁寧に磨き上げられていた。
焦げた跡に木目が美しく浮かび上がっている。
飾り彫りなどはされておらず、祭具の類には見受けられない。
機能一辺倒な作りが、木目の美しさも相まって一種独特の神秘性を醸し出していた。
上の面には、細かく穴が開いていた。
神奈木が、クッと力を入れると、背面に当たる部分がカパと開く。
そこへ写真を一枚――貼り付けるように固定する。
蓋を閉め、次に前後へと引っ張るようにして力を加えた。
横の面に、ほぼ対角線を描くような切れ目が入ったかと思うと、前後へと分離する。
間は、黒い蛇腹状の布で覆われていた。
前面に位置する部分には、何やらガラス状の物がはまっており、中を覗けるようだ。
神奈木が、一本の線香に火を付ける。
煙がゆるりと立ちのぼる。
箱の脇を引っ張ると、引き出しが出てきた。
底の浅い――焦げ目の付いた引き出しだった。
そこへ線香を放り、中へと仕舞う。
ほどなくして、上面の細かい穴からうっすらと煙が立ちのぼる。
その煙は、とても薄く――それでいて、しかりと周囲へ線香の臭いを振りまき自己主張をしていた。
神奈木が、箱をテーブルに載せ、しゃがみ込むようにして目を付ける。
先ほどのガラス状の物から中を覗き込んでいるようだった。
何度か位置を変えつつ覗き込んだ後、場を真穂里へと明け渡す。
「覗いてみて」
「え?」
「見えた物の意見が欲しいから」
「ぅ、うん」
そう言われ、躊躇いながら――おっかなびっくり覗き込む。
線香の煙で何も見えないかと思っていたのだが、思っていたよりも見通せる。
上部からの細い明かりが、煙によって拡散されているのだろうか――もやっとしつつ、写真を見ることが出来る。
「え?」
思わず、真穂里の口から漏れ出した。
自分の撮ってきた写真なのだ。
それが、どんな写真だったのかは自分で解っている。
解っているつもりだった。
しかし、今、真穂里の目に映る陸人の写真は、真穂里の知る写真とは異なって見えた。
陸人の身体に覆い被さるようにして白い「もや」が見て取れた。
線香の煙の所為かとも思ったが、見つめていても「もや」の濃度が変わらない。
確かに、線香の煙がたゆたって形作っているのは間違い無いのだが、同じような場所で濃くなっている。
「何に見える?」
神奈木が、真穂里へと問い掛ける。
「何が」ではなく「何に」と――
一瞬、顔を離し、神奈木の顔を見やる。
その真剣な眼差しは、決して冗談で言っているのではないと読み取れた。
再度、箱を覗き込む。
白い「もや」は、相変わらず同じような形を保っていた。
「猫、――ううん。犬――かな」
顔を再度、離し、神奈木を見やりながら答えた。
神奈木は、その答えを聞いてため息を吐くと、少しだけがっかりしたような面持ちになる。
「――違った?」
「いや。高瀧さんが、あまり霊感がないことが解ってね」
「ご、ごめんなさい」
「いや。ごめん。コッチも似たようなモノだから、気にしないで」
神奈木の説明に寄れば、この「もや」のようなモノが、取り憑いている霊らしい。
二人の意見から、動物霊であることは確実と言える。
ただ、種類の特定まで至らないのが残念な点であった。
「特定できないと、お祓い出来ないの?」
「例えばの話、犬にマタタビを与えても無駄でしょ」
「なるほど。――でも、霊もそう言うモノなの?」
「そりゃぁね。生前の好物は、死んでも好きだよ」
「そっか」
改めて、箱を覗き込む。
相変わらず白い「もや」が見て取れた。
種類の特定が大事だと言うことで、意識して見やる。
犬のようではあるが、犬にしては線が細い。
オオカミ――に見えなくも無いけれど、どうにもしっくりとこない。
「まぁ、イヌ科の動物なことは間違いなさそうだし、そのヘンで対処してみるよ」
「――ぁ、はい。お願いします」
真穂里は、慌ててぺこりと頭を下げた。
その日は、神奈木が調査に出たいと言うことでお開きとなった。
すっかり暗くなった夜道を歩き始め、なんとはなしに店を振り返る。
ちょうど店内の明かりが消えるところだった。
霊なのだとしたら、自分に出来ることは無い。
彼に任せるしか無かった。
上手くお祓いが出来ることを願いつつ、家路を辿るのだった。
【◇】
輝一は、古地図とインスタントカメラを探していた。
普段、使わない道具なので、店内を引っかき回すことになってしまったが、今は、急ぎ写真を撮ってくることを優先したのだった。
棚の奥に仕舞われていた古地図を拡げる。
その地図は、すっかり日に焼けて周囲もボロボロになってはいたが、線はしっかりしており、読み取る事に不都合は無かった。
毛筆で書かれた古地図で、当然のことながら、今とは異なった景観が記されている。
とは言え、川や山の位置が大きく変わったわけでは無いので、そこをランドマークとして今の地図と見比べていった。
さすがに川は、治水工事によって、その位置をずらしてはいるが、今の地図と重ね合わせることに成功する。
そして、地図に書かれているポイントを、スマートフォンの地図へと落とし込んでいった。
その全てを落とし込もうと思うと、膨大な量になるし、今回の件とは無関係な場所も含まれるため、達筆な文字に四苦八苦しつつ読み取り、取捨選択していく。
高瀧にも零砥霊震具を見て貰った結果、四肢動物――イヌ科の動物霊である可能性が高まった。
輝一が見ている地図は、周辺の寺社仏閣、その他、霊障に関する記録エトセトラエトセトラ――要するにオカルトマップである。
その古式ゆかしい――古びた地図に書かれた古びた文字を読み取り、近所の動物霊――しかもイヌ科の動物霊に関するスポットを探し出していった。
動物霊の霊障スポットは、思ったほど多くは無かった。
そのほとんどが神社に祀られており、比較的容易に廻ることが出来そうである。
狛犬の可能性も否定は出来なかったが、零砥霊震具を通して見た霊は、狛犬ほどの恰幅の良さを感じさせなかった。
どちらかと言えば、ほっそりとした印象があり、狛犬は調査の対象から外そうと考えていたが――
やはり、完全に否定するには材料が少なすぎたため、念のため、全ての神社を廻ることにし、印を付けていく。
インスタントカメラを首からさげ、自転車のペダルに力を込める。
これからオカルトスポットを廻り、インスタントカメラで「現状、霊がどうなっているのか」を撮影して廻るつもりだった。
動物の種類がはっきりしないから仕方が無い。
種類がはっきりしていれば、もう少し楽も出来るのだが――解らないのだから足で稼ぐしか無かった。
3時間後、すっかり汗だくになりながらも目星を付けていたオカルトスポット巡りを終えることが出来た。
インスタントカメラから吐き出された写真を、零砥霊震具へとセットし、覗き込む。
「もや」アリ、「もや」アリ――「白いもや」の見える写真が続く。
写真によっては複数の「もや」が見えたりもするのだが、「もや」の見えない写真が見付からなかった。
輝一は、ここで「もや」の見えない写真を見付けることで、そこに祀られていた霊が取り憑いていると当たりを付け、その霊に対しての処置をする腹積もりだったのだが――見事に当てが外れてしまっていた。
「なんでだ――」
思わず、そんな愚痴とも嘆きともつかない言葉が漏れる。
全ての写真を調べ終えたが、目論見に沿った写真は一枚も見付けることが出来なかった。
何かを見落としている。
撮ってきた写真が散らばるテーブルの上を見つめつつ、――考える。
しかし、1回、固定概念に陥ってしまった思考は、簡単に方向転換することが出来ない。
頭を悩ませるが、解決の糸口は見えなかった
写真を撮ってくれば余裕――と思っていただけに落胆もある。
まだ、祀られていないような動物霊の可能性――無いとは言い切れないが、可能性は低い。
ぽっと出の霊が取り憑いた場合、理知的な行動を取ることが難しいからだ。
解りやすく言えば、もっと野性的、動物的な行動に出る。
人との会話なんて高度なことは不可能と言っても良い。
現状、人として行動を取っていることを鑑みても、それなりの年月、祀られていた霊とみるのが正しいだろう。
とは言え、怪しいところは確認し終えた――つもりだった。
念のために他の動物霊――猫、狸、熊、エトセトラ、エトセトラ――が祀られている場所も撮影して廻るべきか――
輝一は、地図に書かれた情報とにらめっこをしていた。
河間陸人に取り憑いたと思われる動物霊の正体を探るべく――答えは「もや」の中へと消えていた。
Twitter @nekomihonpo




