4 写真1
「真穂里! おはよう!」
「えっと――陸っくん、おはよう」
翌日、河間陸人の勢いに若干引きつつも高瀧真穂里は、いつものような挨拶を返すことが出来た。
昨日までの調子の悪さは何だったのかと呆れるほどに元気が良い。
「陸っくん、その――調子はもう良いの?」
「ん? ああ、もちろんさ。身体を動かすのがこんなに楽しいなんて思わなかったよ」
「そ、そう」
何やら、心境の変化でもあったようだ。
風邪で数日寝込んだ後、何もかもが新鮮に見える――みたいなモノだろうか。
「じゃぁ、週末の試合、大丈夫だね」
「しあい?」
「西学との練習試合だよ」
「あぁ、ああ。もちろんさ。しあいだろ。うん」
「がんばってね」
「――おう」
今日の陸人は、ちょっと元気すぎるけど、元気の無い姿を見ていたから、余計にそう感じるのかも知れない――
と思いつつ、やはり元気な姿の方が、陸人らしく、知らず知らずの内に心の中が嬉しさで満たされるのだった。
その日の陸人は、元気すぎた。
元気すぎて空回りしているようにも見えて、時間が経つにつれ、昨日とは違った意味でハラハラさせられた。
躁鬱――とでも言うのだろうか。
その落差が、真穂里の心に不安の種をバラ蒔いていた。
その不安は、嫌な形で的中する。
その日、――真穂里は、いつものように図書委員会に出ていた。
ガラッという荒々しい音と共に、サッカー部の男子がドアを開けた。
「高瀧! 居るか!?」
「東藤くん、――どうしたの?」
あまりの勢いに、真穂里は気圧される。
「居たか。スマンが、ちょっと来てくれ」
「どうしたの?」
「高瀧、借りてくぞ」
「レンタル料は高いよ~」
「すまんな」
福井委員長の茶々にも禄に乗らず、手を引くようにして準備室を出て行く。
一体何があったのかと不安を募らせていると――
「河間が、部員に怪我を負わせた」
「え?」
「でだ。――河間の様子がおかしいんだ」
「おかしいって」
「ケガをさせたのにヘラヘラしてやがる」
「そんな――」
「このままだとヤバイから、取り敢えず、高瀧に来て貰ってだな――」
そう話している間に、校庭へと移動する。
まだ離れているというのに、怒号が聞こえてきた。
その様子に、背筋を寒いモノが走り抜ける。
言いしれぬ不安に腰が砕けそうになる。
それでも、引かれるがままに、怒号の飛び交う中へと連れて行かれた。
「お前ら、落ち着け」
「東藤、だけどな」
「奥さん、連れてきたから」
奥さんと言われ、真穂里はビクッと身体を震わせた。
か~っと顔が熱くなっていくのが解る。
「ゃ、奥さん――とか」
照れながら、否定意見を述べたりしていたのだが――誰の耳にも入っていなかった。
「河間。お前もちょっとそっちで高瀧と話して頭冷やせ」
「冷やすも何も――」
「いいから!」
「ウッス」
不承不承という態度がありありと出ていたが、それでも逆らわず真穂里へと向き直り、連れだって集団を後にする。
「――陸っくん、どうしたの? ケガさせたって――」
「ん、あぁ――ちょっと先輩の足を蹴っちゃってね」
「大丈夫なの?」
「ちょっとえぐれたくらいだよ。大丈夫さ」
「えぐれ――って」
えぐれたを「ちょっと」と表現する陸人が信じられなかった。
確かに、その先輩のケガを直接見たわけでは無い。
見たわけでは無いが、ちょっとのケガで、あそこまで揉めるだろうか。
しかも、真剣に痛ましく思っているように見受けられない。
ともすれば、へらへらとした笑みを浮かべ――その様に、何とも言えない薄ら寒さを覚えた。
「生き物には、自然治癒能力がある。しっかり治療すれば大丈夫さ」
「ちょっと、陸っくん!」
あまりの言い種に、ついつい声を荒げてしまう。
その様に気圧された――という訳では無いのだろうが、陸人は首をすくめ、話は終わり――とばかりにその場を立ち去る。
真穂里は、追いかけようと思ったのだが、追いかけても話を真面目に聞いてくれそうに無かったので後を追う足は自然と止まってしまった。
結局、その日は、陸人とは一緒に帰らなかった。
陸人と別れた後、陸人の姿を見かけること無く、一人寂しく家路へと付く。
歩いていると、話し相手もいないからか、様々な事が頭の中を駆け巡る。
今日の陸人は、普通じゃ無かった。
人にケガをさせてへらへらしているような性格は、真穂里の知る陸人では無い。
誰が疑っても、幼なじみの真穂里だけは知っている。
陸人が、そんな薄情な性格では無いことを――
【◇】
次の日――河間陸人が部の先輩をケガさせた翌日の朝、高瀧真穂里は一人で登校していた。
陸人は、いつもの場所に姿を見せなかった。
家に呼びに行こうかとも考えたのだが、何かがしこりとなって躊躇われた。
気落ちして、ゆっくりと力なく歩く――などと言うことは無く、早歩き――気持ちばかりが焦り、走り出しかねない勢いだった。
教室に入り、机に鞄を置いたかと思うと、友人への挨拶もそこそこに教室を出て行く。
友人達は顔を見合わせ、何事かと訝しんだ。
真穂里は、2つ隣のクラスへと足を運んだ。
「松岡さん、ちょっといいかな」
松岡さんと呼ばれた女子は、友達と話をしていたが、真穂里の方を向いた。
「あれ? 高瀧さん、どうしたの?」
「ちょっと、聞きたいことがあって――」
「いいよ。何? ぁ、どこか二人っきりになれるとこに行った方がいい?」
「ううん。大丈夫」
「そ?」
「昨日話してたお店の場所、教えて欲しくて――」
「昨日?」
「その――オカルトの――」
「あぁあ、あれね。いいけど、高瀧さん、オカルトに興味ある人だっけ?」
「えっと――ちょっと」
「そっか、そっか。私は行ったこと無いんだけどね。駅の裏側らしいよ。あとでちゃんと聞いておくよ」
「うん。お願い」
「大丈夫? ちょっと顔色悪いよ?」
「うん。ありがと。大丈夫だから」
「そ? なんせ、あとでメールするよ」
「うん。ありがと。変なお願いしちゃってごめんね」
「いいのいいの。店行ったら、話、聞かせてね」
「うん」
その日の昼休みに、松岡からメールが入る。
真穂里は、放課後になると福井委員長に断りを入れ、その日の作業を免除させてもらった。
そして、その足で駅裏――霊拝堂を訪れて――
――今に至る。
「何かに憑かれたかな」
神奈木輝一は、そう呟くと、すっかり冷め切ってしまった紅茶をすすった。
すっかり渋くなってしまった味に眉をしかめる。
「入れ直すよ。紅茶でいいよね?」
「ぁ、お構いなく――」
神奈木少年は、席を立つと、カウンター裏で紅茶の用意を始めた。
真穂里は、神奈木少年が黙々と支度をする様を落ち着き無く見守る。
ナニカニツカレタ――と彼は言った。
まさか、ここで疲労――と言うことはあるまい。
お店のことを考えれば、取り憑かれたと考えるのが自然の流れだ。
陸人は、『何かに取り憑かれた』と言うのだろうか――
「あの、――何かに取り憑かれたって――」
真穂里は、我慢出来ず、真相を問い質した。
神奈木少年は、一瞬、真穂里の方へと顔を向けるが、そのまま食器の準備を続ける。
「あぁ、豹変するって言葉、今ではすっかり悪い意味で使われることが多いけれど、
元々は、過ちを認めて態度を改めることを言うんだ」
「え?」
真穂里は、言葉の意味の説明を聞かされ、話の流れが読めずに戸惑う。
神奈木少年は、特に気にした様子も無く、話を続けた。
「そういう故事に習って生まれた言葉なんだけれども、
こっちの界隈だと、文字通り、豹に変ずる――動物霊の憑依を意味するんだ」
「じゃぁ、陸っくんに動物霊が取り憑いてるっていうの!」
「まだ解らないよ。ただの可能性の話」
「そ、そう――だけど」
神奈木少年は、真穂里と話をしつつ、さっとティーカップに湯を注ぎ、くるんとひと撫でして捨てる。
そして、少し蒸らした紅茶を注ぎ込んだ。
湯気と共に、紅茶の良い香りが漂う。
「紅茶でも飲んで落ち着いて」
「――ぅ、うん」
釈然とはしないが、ここで騒いでもどうにもならないと思い直し、真穂里は、紅茶を口に含む。
口腔内を香りが行き渡り、喉をこくりと鳴らすと、紅茶の温かさが身体の隅々まで染み渡るような感じがした。
「それで、――動物霊なんじゃないかっていう推測なんだけれども」
「ど、どうすればいいの!」
真穂里の落ち着いた感情が一気に盛り返すかのごとく、身を乗り出して神奈木少年に迫った。
神奈木少年は、そんな真穂里を手で制しつつ、話を続ける。
「まずは、動物霊の種類を確認しないとね」
「解るの!?」
「零砥霊震具っていう道具があってね。――霊感があれば、はっきりと解るんだけどね」
「え? はっきりと解らないってこと?」
「あぁ、心配しなくても大丈夫だよ。これでもウチは専門家だからね」
「ぅ、うん」
大丈夫とは言われたが、霊などという、自分には解らないモノに対する不安、悪霊では無いのか――
と言った様々な思いが入り交じり、うんと頷いたモノの真穂里の心はどんよりと重たいままだった。
「最近撮った写真あるかな? その、おかしくなってからの」
「写真?」
真穂里は、ポケットから携帯を取り出し確認をしようとした。
「ああ、デジカメじゃなくて、銀塩がいいんだけど――」
「銀塩? 携帯じゃダメなの?」
「えっと、フィルムを使って焼き付けるタイプの――デジカメだと、正の値しか写り込まないからね」
「正の値――」
「そそ。昔ながらのフィルムを使ったカメラだと、ありのままをフィルムに焼き込むからね。
特に昭和初期から中期のカメラだと、技術者が人の目を目指していたのか、映り込みが良いんだ」
「フィルムのカメラなんて――持ってないから」
「ま、そうだよね。――ちょっと待ってね」
神奈木少年は、そう言うと奥の棚へと向かった。
その棚には、いくつかのカメラが置いてあった。
中には、レンズの部分にお札の貼ってある――いかにもいわくありげな雰囲気を醸し出しているモノもあった。
「これならいいかな」
そう言って、テーブルに置かれたカメラは、フィルムカメラにしては小型の部類だった。
「ちょっと、申し訳ないんだけれども、これで写真を撮ってきてくれないかな?」
「写真を?」
「そそ」
そう話しながらも、神奈木少年の手は止まらず、ケースからカメラを取り出すとフィルムの確認をし、真穂里へと手渡してきた。
「オートフォーカスだから、今のデジカメと変わらない。
ここをクッと押してピントを合わせて、更にグッと押し込んで撮影。いい?」
「え? ぅ、うん。大丈夫――だと思う」
「試しに撮ってみて」
「ぇ? ぅ、うん」
そう促され、真穂里はシャッターを押し込む。
カシャっという音と共に、フラッシュが焚かれ、一瞬、店内を眩しく照らし出す。
「携帯みたいに確認――出来ない――よね?」
「あぁ、うん。出来ないね。――だから、2、3枚撮ってきてくれる?」
「ぅ、うん。陸っ――河間くんを撮ってくればいいんだよね」
「そう。出来れば、彼一人だけで写ってるのがいいかな」
「解った。やってみる」
「じゃぁ、お願いするね。こっちは別の準備しとくから」
「うん」
少しでも早い方がよかろうと、真穂里は店を出て行こうとする――が、一歩踏みとどまり、振り返った。
「なに?」
「その――相談に乗ってくれてありがとう」
「いいって。そういう店だしね」
「――うん」
そう言って、真穂里は店を出て行った。
残された神奈木少年は、手早く茶器を片づけると、ガサゴソと棚や引き出しを漁り始めるのだった。
Twitter @nekomihonpo




