3 回想2
「陸っくん、おはよう」
「ああ――」
翌日の朝、高瀧真穂里は、いつものように河間陸人に挨拶をした。
しかし、その返事は素っ気ないモノだった。
いつも元気な陸人からはほど遠い様に、何があったのかと心配してしまう。
「――どうしたの? 体調、悪い?」
「いや、なんだろうな。――悪い。何て言っていいかわかんねーや」
「――うん。気持ち悪かったら、すぐに保健室――だよ」
「ああ――」
登校の途中途中で、陸人の様子を伺うようにちらちらと見ていたのだが、
気分が悪い――と言うようにも見受けられない。
とは言え、本調子ではないのは間違い無い。
普段なら、昨日のサッカーのことやTVのことを、ほぼ一方的に話してくるのに、今朝は一切無く――寡黙だった。
ここまで普段と違うと、真穂里で無くとも、様子がおかしいことに気がつくだろう。
それくらいに様子がおかしかった。
それでも、本人は問題無いという。
そう言われてしまえば、周りがどうこうすることも出来なかった。
なにせ、様子が違うだけで、体調が悪そうには見えなかったから――
仲の良い男子は、少し経つと様子がおかしいことに気がついたようだった。
とは言え、腹でも痛いのかと茶化すようにしていたが――
そんな対応にすら反応が悪いので、結構真剣に心配している男子もいた。
取り巻きの女子は、余り気がついていない――と言うよりは、気にしていないようであった。
さすがに寡黙なことに気がついてはいるのだが、それすらもステキと言わんばかりにきゃいのきゃいのと騒いでいた。
真穂里は、そんな陸人の様子を授業中、休み時間問わず、盗み見るようにして観察していた。
普段のような明るさ、元気の良さが無い。
とは言え、不調――と言うようにも見えない。
――ただただ、寡黙なだけだった。
放課後になり、高瀧真穂里は委員会へ、河間陸人は部活へと別れていった。
図書委員としての業務をこなしつつも、真穂里の意識は陸人へと向いていた。
図書準備室から見える校庭は、遠く――狭い。
サッカー部の様子など、片鱗を知るのが精一杯だった。
どうにも集中することが出来ず、ついつい作業の手が止まってしまう。
そんな作業の手が止まった真穂里の耳に、委員の雑談が聞こえてきた。
「縁結びなの?」
「違うって。呪い屋」
「占い――じゃなくて?」
「そ、呪い」
縁結びという言葉に反応してしまったが、どうやら違うらしい。
ちょっと興味深そうな話をしていたので、陸人のことは心配ではあったが、真穂里とて恋に興味のあるお年頃だ。
ついつい耳をそばだててしまう。
「私の友達から聞いた話なんだけどね」
「もう、又聞きって時点で胡散臭い」
「ほっとけ」
「それでそれで」
「結局、聞きたいんじゃん。――その娘、夜な夜な誰かの足音に悩まされてたんだって」
「え? なに? いきなりオカルト?」
「まぁ、聞け。――夜中、何時かは解らないけど、廊下から――ぬちゃりぬちゃりって誰かの歩く音が聞こえてきて」
「ぬちゃりぬちゃり?」
「そう。濡れた足ならぺちゃぺちゃって音だとじゃない。でも、その足音は――ぬちゃりぬちゃりって音なの」
「ぅわ、やだ。ぬるぬるしそう」
「ある日、どうしても我慢が出来なかったから、ドアを開けて廊下を見たんだって」
「ぅ、うん」
「そしたら、血に濡れた足が歩いて行くのが見えたんだって」
「やだ。なにそれ」
「彼女がドアを開けたとたん――す~っと消えていって」
「なんでオカルト話なのよ」
「でも、廊下には血の跡なんか無くて――彼女は、布団を被って朝まで震えてたそうよ」
「で?」
「続き聞きたいんだ。――悩みに悩んだ彼女は、その呪い屋に相談したの」
「うん」
「寝る前に、廊下の隅に鏡を置いて、この燭台に火をともしなさいって――鏡と燭台を渡されたの」
次第に雰囲気を醸し出していく話し方に、真穂里もついつい引き込まれていた。
「鏡の中に、現実には無い何かが映り込んでいたら持ってきなさい――って言われて」
「何? 鏡の中にしか無いってどういうこと!」
「彼女は言われたとおり、鏡を置き、燭台に火をともしたわ。燭台からは緑の煙が立ちのぼり、廊下を満たしていったの」
「ぅ、うん」
「二晩過ぎて――三日目の朝、鏡の中に血の足跡があったの」
「鏡の中だけに!?」
「そう。鏡の中だけに。彼女は驚いて、急いで呪い屋さんに行ったわ。
――もう、足音はしないハズです。鏡の中に入りましたから――って」
「やだ。気持ち悪いっていうか、怖い」
「で、その呪い屋さんに行ってみない?」
「やだ。恋バナのハズが、なんでオカルト話になってるのよ」
「え~、いいじゃん。その鏡、見せて貰おうよ~。まだ、血の足跡があるのかとか」
「い・や・だ」
話が一段落したのだろう。
引き込まれ、作業の手が止まっていたことに気がつく。
そして、ふと窓の外――サッカー部の様子を伺った。
ちらりと陸人の様子が見える。
そんな欠片の情報だけでも――真穂里ですら、陸人が本調子で無いことを知ることが出来た。
それくらいにミスを連発している。
「やっぱり、体調が悪いのかも」
そんな独り言が口から漏れ出していた。
「どうしたの? 身体、悪いの?」
「え?」
近くにいた委員会の仲間にも呟きが聞こえていたらしい。
真穂里の様子を心配され、自分のことでは無い上に、
独り言が漏れていたこと、聞かれたことが相まって顔を真っ赤にして俯いてしまった。
なんでもない、大丈夫だと返事をするが、顔を真っ赤にして体温を上昇させていれば、説得力も無い。
真穂里は、納得して貰うのに四苦八苦することになるのだった。
真穂里は、その日も一緒に帰るべく、校門で待っていた。
しばらくすると、サッカー部の男子達が話しながらにやってくる。
お前、本当に大丈夫か――と、陸人が心配されている様が目に入った。
夕方には、周囲に心配されるほどに調子が悪かったらしい。
気を使ってか、いつものように、冷やかし混じりではやし立てられるが、それに対する対応もおざなりだった。
その姿を目にして、サッカー部仲間に後は頼むと言われてしまう。
そのこと自体は嬉しくもあり、――心配でもあった。
一瞬、喜んでしまった自分の浅はかさが情けない。
帰り道――久しぶりに静かな帰路だった。
長いこと接していれば、賑やかな日もあれば、静かな日もある。
当然、喧嘩をした日もある。
そんな時も静かだったが、今日のような静かさは、初めてだった。
「調子、悪かったみたいだね」
「あぁ――」
「その、大丈夫?」
「――大丈夫だ」
朝よりも、より一層、ぶっきらぼうになっている様に感じた。
真穂里が知る中に、こんな陸人は居ない。
それこそ、昨日までとは別人――そんな錯覚に陥ってしまうほどだった。
いつもの空き地の前を通る。
そして、そのまま通り過ぎた。
「今日は、練習いいの?」
「ああ、いいんだ」
「珍しいね」
「――ちょっとな」
そうして、その日――陸人は個人練習に行かなかった。
Twitter @nekomihonpo




