1 客
神奈木輝一の日常は平凡だ。
朝起きて学校へと向かい、クラスメイトと馬鹿話をし、眠たくなる授業をあくびと共に乗り切り、家に帰って店を手伝う。
自営業の家の子なら、なんら不思議の無い、極々ありふれた日常の繰り返しだ。
少し変わった店をやっているお陰で、多少の刺激はあったりもするが――
それでも日常は平凡だ。
多少変わっているところと言えば、店の主人が実質的に輝一という事だろうか。
その日も、放課後となり夕焼けが照らす街路を歩いていると、店の前に女性が見えた。
後ろ姿だけなのでよくは解らないが、立ち居振る舞いからして社会人と言うことはあるまい。
背中の中ほどにまで伸ばしたストレートヘアーが、どことなく清楚な雰囲気を醸し出していた。
近づいていくと、店の中をうかがっているのが解る。
「お休みなのかしら――」
そんな呟きが聞こえてくる。
店主同然の輝一が、外にいるのだ。
当然ながら、クローズしている。
店内の明かりはほとんど消えており、薄暗いガラスを覗き込んでも本人の顔しか映らない。
かろうじで見える店内は、デコボコになっており、雑多な物品が影を作っていた。
喫茶店のようなたたずまいからほど遠いソレが、何であるかを推測するのは難しい。
女子学生が、その視線を下へと向けると、窓際に置かれた動物――狐の像が目に入った。
あまりにもとりとめの無いその様に、この店で間違い無いという確証を得つつ、混乱させられるような――
そんな不思議な気持ちにさせられた。
再度、入口へと戻ろうかと女子学生が振り返る。
輝一と向き合う形になり、女子学生は見られているとは思わなかったためか、びっくりという表情を貼り付けていた。
「いらっしゃいませ」
輝一は、なるべく驚かせないように笑みを浮かべつつそう言った。
その言葉が、どこまで効果があったかは怪しいが、呆気に取られたままの女子学生が、はい――と返事をする。
「今、開けるから少し待ってて貰えるかな」
「は、はい。大丈夫です」
唐突な展開に、多少、豆鉄砲を喰らったような表情をしているが、驚きで取り乱すと言うことも無く、輝一の目論見は成功した。
――店が店だけに、脅えて来店する客も少なくない。
脅かしてしまうと、立ち直るのに時間を要することが多いのだった。
輝一は、入口の鍵を開け、店内の明かりを付ける。
女子学生が、入口からおずおずと店内を覗き込み――
「失礼します」
と、自信なさげな声を掛けつつ、店内へと足を踏み入れた。
「はい。いらっしゃいませ」
輝一は、そう応じつつ、紅茶の準備を始める。
「そこの席にでも座っててください」
「は、はい」
そう言って、椅子を勧める。
女子学生は、興味津々といった様で周囲を見回しつつ、勧められた椅子へと座る。
LEDシーリングライトに照らし出された店内は、どこか寒々しかった。
照らし出される雑多な物品が、店と言うよりは――倉庫や、駅の忘れ物センターのような印象を与えていた。
こぷこぷこぷとケトルから湯の沸く音が響く。
慣れた手つきでティーカップへとお湯が注がれ、紅茶の香りがふわりと周囲へと拡がる。
「はい、どうぞ」
「ぁ、ありがとうございます」
女子学生の鼻腔を紅茶の香りがくすぐる。
暖かさが染み渡るようであった。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
女子学生の口へと、光を良く透過する琥珀色の液体が流れ込んでいく。
口に含んだ紅茶の香りが、口腔内を満たす。
こくり――ひとくち――飲み込む。
じんわりと暖かさが、身体の隅々へと拡がっていくようであった。
「おいしいです」
「どういたしまして」
輝一の方を向いてお礼を言った後、更に一口、じっくりと味わうようにして飲む。
「本当――すごく、おいしい」
輝一は、しみじみと呟く女子学生を観察する。
女子学生――と言うのは推測に過ぎない。
白を基調とし、淡い緑で彩られたワンピースに、薄い色のデニムジャケット――
その淡い色調に対して、背中の中程まである緑の黒髪が映える。
顔立ちは、美人――ではあるのだが、両手でカップを持つ様などが、どこか小動物を思わせる。
凜とした雰囲気でありながら、どこか庇護欲とでも言おうか――護らずにはいられない雰囲気を纏っていた。
社会人の可能性も捨てきれない――が、微妙に頼りないと言うか、全体的な雰囲気が学生らしさを感じさせる。
礼儀正しくはあるのだが、社会人のソレでは無い。
学校では、大層人気のある――それこそ学園のマドンナというポジションにいても不思議は無いだろう。
そんな少女だった。
そこまで観察して、少し疑問が生じてくる。
輝一は、自身の観察眼に自信が無くなってきていた。
これだけの美人なら、ここ最近増えた恋愛絡みのお客さんかと思ったのだが――
そういった浮ついた雰囲気が感じられない。
不安、焦燥、警戒――と言ったマイナスの感情が読み取れる。
恋愛成就の噂を聞いてやってきた女性客――と言うわけでは無さそうだった。
「それで、本日はどういったご用件で?」
「は、はい。――その」
何かを躊躇うような仕草――そして、意を決して輝一の目を見ながら言葉を発する。
「夜な夜な、変な音がするんです」
【◇】
「ねぇねぇ、聞いた?」
「何をよ」
クラスの女子達が、今日もかしましいくらいの会話に興じている。
普段の彼女なら、その会話に参加するなり、場合によってはたしなめるなりするのだが、ここ数日、寝不足が続いており、ぼ~っとした頭で、どこか遠くの出来事のように聞いていた。
「縁結びの呪い屋があるんだって」
「ほほう。聞き捨てなりませんなぁ」
女の子達の話題と言えば、スイーツ、芸能人、そして恋愛話だ。
そういう話をしていれば、他の娘も食いついてきたりもする。
「あ、私も聞いたよ」
「ってことは、結構有名なの?」
「有名かどうかは解らないけど、私の知り合いの友達の話だし」
「ほほう。知り合いの友達とな。――それって赤の他人ってことよね?」
「そ、そんなこと無いモン。一緒に遊びに行こうと思えば行けるんだから」
「でも、行ったこと無いんだよね」
「もーぅ、いいじゃん。それより続き聞きたくないの」
「ごっめーん。謝るからぁ。続きプリーズ」
「ふっふっふ。仕方ないにゃぁ」
知り合いの友達の――赤の他人の子がふんぞり返りつつ偉そうに話をする。
「私の知り合いの友達の話なんだけどね――」
「赤の他人の話ね」
「混ぜっ返すな」
「ごめんってば」
「その娘の彼氏――その時は、まだ彼氏じゃなかったんだけど。その彼氏がおかしくなってね」
「え? ごめん。意味わかんない」
寝ぼけ眼で聞いていた話だったが、少し興味をそそられた。
確かに意味が解らない。
「まぁ、聞きなさいって」
「う、うん。それで――」
「そこで彼女は考えた。こんな彼氏くんは普通じゃ無い。って」
「どんだけおかしかったのよ」
「えっと――暴力沙汰起こしたって聞いてるけど」
「暴力沙汰!? 恋愛話から、まさかのバイオレンス」
「まだ、恋愛話になってないけどね」
「ああ、うん。ごめん。ついつい混ぜっ返しちゃって」
「知ってる。でね――藁をも掴む気持ちで、霊拝堂ってお店を訪ねたんだって」
「礼拝堂? 教会?」
「ああ、うん。違うの。レイの字が、お化けの方ね」
「――はぁ。変なお店」
「うん。変なお店なんだって。外見は、古びた喫茶店なんだけど、中はオカルトグッズ満載なお店だったの」
その話は、実に奇妙であった。
霊に取り憑かれた彼氏に、除霊をお願いした彼女――そして、除霊を果たした呪い屋。
怪談話――と言ってしまえば、それまでなのだが、どこか遠くの話ではなく、身近な日常があった。
「で、そのお狐様? が、縁結びの神様だったんだって」
「えー、ここまで怖い話だったのに、突如の方向転換?」
「だってだって、そう言ってたんだもん」
「取り憑いてた相手の縁を結んだの? なんでよ」
「じゃぁじゃぁ、そのお店に行って縁、結んで貰おうよ」
「誰が」
「みっちゃんが」
「誰と」
「――誰と」
「まず、結ぶ相手探さなきゃ」
「見付けてくれないかなぁ」
「そこまで便利じゃないでしょ」
「そっかー」
そこまで話を漏れ聞いていた彼女にとって、興味深い話であった。
今現在、悩みを抱えている彼女としては、藁にもすがる思いで、その店に行きたいと強く思った。
「ちょっと、いいかしら」
話も一段落したところを見計らい、声を掛けた。
それまで、楽しげに会話をしていた彼女らに、何事かと緊張が走る。
彼女から話しかけられたことが、それだけ意外だったと言うことだった。
そんな彼女が、呪い屋の話を知りたいだけだと知った途端、それまでの緊張から、好奇心に変わる。
話しかけられたことも意外だったが、まさか自分達の話に食いついてくるとは思っていなかったのだ。
恋愛話に興味があるのかときゃいのきゃいのと問い掛けてくる。
その様に、躊躇いつつも、適度に言葉を濁して、場を後にした。
後ろからは、想い人でもいるのかしらと、彼女らの会話が聞こえてくる。
どうやら、新たな話題の種を提供してしまったようだった――
Twitter @nekomihonpo




