「そ、そんな能力があったなんて」
「サラ様は魔素を吸収なさる体質のようなのですじゃ」
私は数秒固まってから首をかしげた。
魔素? 魔法陣を使うために必要なものってことは知ってるけど、それを吸収って?
意味が明らかに理解できていない私に、エンセルさんは壁の棚から置いてあるものを手に取って見せる。
小さな白い花を咲かせた鉢植えだった。
「この草に見覚えはございませんかのぅ?」
傍に置かれたその鉢植えは、この部屋には似つかわしくない随分と可愛い置物だ。雑然として雑多、暗くて狭い、植物の生育には到底適さなそうなこの部屋に入った時から、実を言えば違和感はあった。
「これはサラ様の世界の植物なのですじゃ」
「え?」
エンセルさんの説明に私はマジマジとその鉢植えを見つめる。
その細長い葉を持つ植物は見ているだけでも生命力にあふれているのがわかるほど綺麗な緑をしていた。葉から茎、そして再度花を見つめてみる。
見たことがあるような気もするし、無いような気もする。
「そしてサラ様ご自身がこの世界に持ち込まれたものなのですがのぅ?」
「私が?」
そう言われて思い出したのはこの世界に来た最初。いつの間にか雑草を引き抜いていて手に持っていたそれをリーゼに渡した。そう思って見つめてみると、なるほど確かにあの河川敷にたくさん生えていた雑草がこんな葉の形をしていた気がする。
エンセルさんの話はこうだ。
私を召喚した後、地下室に残された雑草の周囲にある魔素の動きがおかしかったらしい。通常、魔素は魔法陣などの特殊な物にしか寄ってはいかず、空中を漂っている。けれどこの雑草は不自然なほど魔素を寄せ付けていた。
魔素の動きに干渉するものは限られるため、研究のためにエンセルさんが塔に雑草を持ち帰り観察を続けた結果、この雑草は魔素を吸収しているという結論にいたったのだという。
そしてさらにこの雑草は魔素を寄せ付けるだけではなく、どうやら魔素を栄養素に変換して取り入れているらしい。塔へ持ち帰った後、この雑草は観察しやすいように鉢植えに植えられただけで、水すら与えられておらずずっとこの部屋にあった。つまり十分な日光も浴びてはいないそうだ。それなのに枯れるどころか逆に活き活きと花まで咲かせていることからも、ただの草ではないのは確かだった。
「じゃあ、本当にあの時の雑草が……」
私はすぐ目の前にある小さな花に困惑する。特に意識もせずに抜いてきたから、根っこすらついていたかも怪しい。それにしばらく握っていたはずだからこの世界にきた時点で既に萎れかけだったはずだ。
そんな瀕死の状態の植物が小さいとはいえ花までつけて、こうして鉢植えに改まって植えられているのを見ても、元々あの雑草だとは実感しづらかった。
「この草は常から魔素を引き寄せるようですが、サラ様は少し事情が違うようでしてのぅ。
普段は魔素の吸収もそれほど行われていないようですが、完全に意識を手放されたり、感情を高ぶらせると急速に魔素を引き寄せるようです」
元雑草からエンセルさんに私は視線を向けると、エンセルさんは一つ指を立てた。
「以前『鮮血の槍』に挑んだことがあったそうですな」
一瞬何を言われたのかわからず目を瞬かせていると、エンセルさんは続ける。
「わしも驚きましたぞ。あのトーカスハを一撃で昏倒させたそうで」
「ああああああああ、その話ですか!? 挑んでないし、倒してませんっ!」
それは随分と前のことのように感じる演習場でのことだった。
トーカスハさんが私の目の前で倒れたことで、私は王城内のルザリドに何故か尊敬の目で見られることになった。トーカスハさんが倒れた時のことは混乱してよく覚えていないけれどねっ。だからきっと何かの間違いっ、そう皆きっと幻を見たんだよ。だからあんまりその話広めないでくださいっ……私も命が惜しいんです。
慌てて否定する私の反応をおかしそうにしてエンセルさんは立てた指を小さく回す。指に合わせてエンセルさんの瞳が揺れる。縦長の目が小刻みに動くのを私は睨んだ。
「詳しいことはトアから聞いておりますのでご安心を。
トーカスハは広くは知られておりませんが、実は魔素にあまり強い体質ではないのですじゃ。練兵場でのことはサラ様の感情が高まり、急激に魔素を集まったため周囲の魔素濃度が濃くなり酔ったのでしょうな。おそらく本人は魔素酔いであることには気付いているとは思いますが」
トーカスハさんの昏倒は私の無意識の一撃にではなく、大量の魔素に酔ったためだということらしい。練兵場でのことは感情が高ぶっていた時のことでは確かにあった。
実感が沸かず納得しきれない私に、エンセルさんは続けてこんなことも言った。
「それにサラ様をこの世界にお呼びして間もなく、サラ様がひどく取り乱された時のことを覚えてらっしゃいますかのぅ? 落ち着かれるまではわしとリーゼが部屋に残っておりましたが」
私は頷く。
この世界が夢だと暴言を吐き、クラウスさんの怒りを買い、私は混乱しつつもすべてが事実なのだを認めたあのときのことだろう。
「あの時のサラ様も魔素を急激に吸収されておりましたのぅ。魔素に耐性のある魔術師であるわしらしかあの部屋には居続けられないほど。
もちろん陛下の公務の予定が詰まっていたのも本当ですがのぅ」
魔術師になるルザリドは多少高い魔素の濃度の中でも魔素酔いを起こしたりはしないらしい。この世界に来たばかりの私を一人にするわけにはいかず、けれど魔術師以外で取り乱した私の傍に居続けることはできない。そこでエンセルさんとリーゼが部屋に残り、私を見守っていてくれたらしい。確かに考えてみれば私が落ち着くのを待つだけなら、部屋の外で待っていてくれたアルが傍についてくれていても良かったのだ。
知らされた知らなかった事実に私は何も言えなかった。
「他にもサラ様がお休みになられている時は同じように魔素を吸収しているようだとトアから聞いておりますのじゃ。
感情が高ぶった時の方が、寝ている時よりも魔素の吸収量は多いようですがのぅ」
いつの間にかいろいろ観察されていたらしい。別にそのことが不愉快なわけではないけれど、私の知らないことが次々に発覚していく。
魔素を吸収って本当に?
じゃあ私もあの雑草みたいに何か影響がでたりするの?
栄養になるだけならいいけど、私には毒みたいになったりしないよね?
唐突にここが異世界という事実がとても不安になってきた。ここにはルザリドばかりでヒューモスのことを良く知るお医者さんもいない。わからない病気や何かに罹っても対処する術もなく苦しむことも……もしくは――――。
頭の中がひどく混乱して、口の中がねとついているように感じた。
ふと持ったままになっていたカップにもう一度視線を落とす。ヘドロ茶を見つめていると喉が無性に乾いてきて覚悟を決めて一口飲んでみることにした。
……口当たりの良い青汁みたい。
後味もさっぱりしており苦さは思ったほどなく、優しい甘みも少し感じた。喉の渇きも良い具合に収まったような気がする。
「落ち着かれましたかのぅ?」
すこし肩の力がぬけた私を見て、エンセルさんが穏やかな声で問いかける。気づかなかったけれど私が黙り込んでしまったので、一旦説明を止めてくれていたらしい。深く呼吸をしてから頷く。
「色々とお話ししましたが、サラ様のように魔素を吸収する存在は実を言えばこの世界には既にございますのじゃ。
黒き石、と言いますのぅ」
黒き石。
その単語は最近、どこかで聞いたことがある。
「サラ様もご覧になっているかと思いますが、ラファエル様が持っていらした石ですじゃ。
あれが黒き石と呼ばれているもので、周囲の音を吸収するだけでなく実は魔素に干渉する特殊な石でしてのぅ」
ああ、思い出した。
黒き石と言えば王城での会合で、ラファエルさんが身に着けているのを指摘されていたのだ。首飾り以外にもラファエルさんが持っていたのをエンセルさんは知っている。
「昔も今も、大量にとれるものではありませんので高価な代物ですのぅ。
黒き石には魔法陣の効果が及びません。そして発動している魔法陣からは特に多く魔素を吸収する性質を持っているのですじゃ。そのためヒューモスにとってはルザリドの使う魔法陣対策としての価値が強いようですがのぅ」
エンセルさんはシュルシュルと舌を鳴らした。
「調理場のコンロに使用している魔法陣を使用不可にしたそうですな」
「え、そんなことまで知ってるんですか?」
「イレンシアでは管理している魔法陣の状況は逐一情報が入ってきますからのぅ」
パン作りの時に私が水をかけて駄目にしたコンロの魔法陣は、再び魔素を集めなければ使えないと聞いた。その魔素を集める作業は魔術師が行うので、つまり魔素が無くなった状況もすべてイレンシアに報告されていたのだそうだ。
「あの魔法陣は使用法が便利であるがゆえに、多少のことでは魔素が飛ばないようにしてありますのじゃ。当時の状況を聞くとサラ様は炎を見て動転し、魔法陣に水をかけられたそうですのぅ?
水を通してではありますが、発動中の魔法陣に干渉したことで魔素を吸収してしまわれたのでは?」
水をかけたときのことを思い出すと、そう言われればあの時は無我夢中だった。
「黒き石も発動中の魔法陣に近づけると、魔法陣の魔素を吸収してしまうのですじゃ。
魔素を吸収するという点では黒き石もサラ様も同じ。
ですので黒き石と同じように魔素を吸い取るサラ様も魔法陣の影響を受けにくい体質であると言えますのじゃ」
「魔法陣がですか?」
そう言われても素直に理解はできない。先ほどこの塔の中に入るのだって魔法陣を使ったし、そもそもこの世界に来たこと自体魔法陣によるものだったはずだ。
「まったく効かないというわけではないようですがのぅ。ただ効きにくいですじゃ。
例えば転位陣でしたら、ラファエル様を転位させるときとサラ様を転位させる時では魔素の必要量がまったく違うようでしてな」
単純に比べるとラファエルさんを転位させるのに必要な魔素の量と、私を転位させるのに必要な魔素の量はほぼ3倍私の方が多いらしい。
そのためにさっき塔に入るとき私の前後に随分と時間が空いたのだ。使用された魔素の量が多かったので、次の人を転位させるために十分な魔素の量を集めるのに時間がかかったそうだ。
「必要な魔素が足りない魔法陣を無理やり行使した場合は、何が起こるか魔術師であっても予想はつきませんのじゃ。
王城に使用している魔法陣はどれもよほどのことがない限り魔素切れが起こらないように魔素が補充されておりますので、これまでは問題なかったとは思いますがのぅ。サラ様がグルスタッフへ行く際もまだサラ様のこのような体質が明白にはなっておらず、不備の出ないよう念のために立ち寄る場所で使用されている魔法陣全てに蓄えられている魔素を増やす等対策を行ってはいたのですが」
「そうだったんですか……」
そう言われればグルスタッフに行くのも王城で一日待機してからになったことを思い出す。あれは私の体質のために安全策をとるためだったのだ。
ずいぶんと私の知らないところでルザリドたちには気を遣わせていたらしい。
守られていたのだ。
その事実に先ほどまで心の奥底に渦巻いていた不安が軽くなった気がした。
私以上にルザリドたちは私のことを考えてくれていたのだ。何が起こるかわからないのは私もルザリドたちも一緒だったはずだ。だからことできる限りのことをしてくれていたルザリドたちにはいくら感謝してもしきれない。
「あとこの世界にいるのは数日とはいえ、サラ様には自身の体質について自覚を持っておいていただいた方がよいと思い、今回説明させていただいたのですじゃ」
そう言ってエンセルさんは「確かあれは……」と周囲を見回した。どうやら目当ての物を見つけたらしく、器用に物のあふれかえった部屋を横切り、目的の物を二つ手にして私の目の前まで戻って来た。
それは水晶球と瓶で、瓶の中には小さな光る石が入っている。
「実は魔石という物は黒き石が魔素を吸い取り続けた結果、魔素が集まり発光しているものなのですじゃ。これももうすぐ魔石になろうとしている元黒き石でしてのぅ」
瓶に入っているのは魔石のなりかけの石だったらしい。確かにグルスタッフで見つけた大きな石と比べると発光の仕方は少し弱いように見える。
そしてエンセルさんはその魔石の瓶とは違う方の手で持っている透明な球体を渡してきた。カップを片手に持ち、それを受け取る。
「これは?」
「そのコンパスは魔素の流れる方向を指し示すものですじゃ。今はこの瓶を示しておるのがわかりますかのぅ?」
手に取るとその球体は思っていたよりも軽く、私の手のひらに収まった。ただの水晶球ではなかったようで、球体の中には針の様なものが浮かんでいる。エンセルさんの説明の通り、それはコンパスだった。中に浮いている針は一方が赤く塗られており、私が左右にコンパスを動かしても、針の赤い先は瓶の方向を向き続けた。
「そのコンパスは差し上げますのじゃ。オモチャの様なものですのであまり耐久性はありませんが、感情が高ぶった時その針はサラ様の方を向くでしょう。
自らでどのような時に魔素を吸収しているのか自覚していただくのが、一番安全ですからのぅ」
「安全って? 魔素を吸収するとやっぱり何か悪いことがあるんですか?」
私はさらりと言ったエンセルさんの言葉に食いついた。
「それはわかりませんのぅ」
けれどその返答もあっさりしたものだった。
「魔素を吸収する物など、この世界には黒き石しかありません。魔素を吸収するルザリドがいたという報告の前例がないため確かなことはお答えできないですじゃ。ですがこの成長した草や魔石を見る限り、吸収した本人になんらかの影響を与えるのは確かなようですからのぅ。
できるならばあまり吸収しないほうがよろしいでしょう」
魔素を遮断する方法はないらしいので私自身が気を付けるしかない。
幸いもうすぐ私は元の世界に帰ることになっている。
眠るときに吸収する魔素程度ならそれほどの量ではないようだし、我を忘れるほど混乱して大量に吸収しない限り大丈夫だろうとエンセルさんは付け加えてくれた。
「サラ様の世界の存在は皆、この世界では魔素を吸い寄せるのかもしれませんのぅ」
考えが口から洩れたようなエンセルさんの呟きを聞きながら、私は目の前の花をもう一度見る。
もしエンセルさんの言葉通りなのだとすればこの世界からすれば私は特殊な存在だけれど、それは私自身が特殊なわけではなく、私の世界の存在自体がこの世界から見ると特殊なのだろう。
この雑草も魔素を吸収したからといって枯れたわけじゃない。吸収しすぎると何が起こるかは確かにわからないけれど、それが悪いことだと決まったわけじゃない。それに私には私のことを気遣ってくれるルザリドたちがいる。きっとあと少しなんだし無事に過ごせる。
そう、素直に思えた。
エンセルさんは説明を終え、私が不必要に不安がっていないことを確認すると空になった私のカップと瓶を持って片付け始める。片付けの手伝いを申し出たけれど、すぐ傍にある本の山を崩してしまい、エンセルさんには優しく断られた。おとなしく同じ場所で座っていることにする。
コンパスはエンセルさんから瓶の片付けられた棚を指し示し続けている。この部屋の中の魔素の流れは、あの魔石になりかけの石に向かっているらしい。
今の私は魔素を吸収していないみたい。
そのことに少し安心しながら、私は手の中でもらったコンパスを遊ばせながら思い出した。
「そういえばグルスタッフで見つかった魔石ってどうなったんですか?」
もういちど同じヘドロ茶を用意してくれていたエンセルさんの背中に問いかける。その答えはヘドロ茶のお代わりと共に返してもらえた。
「今は調査中でなんとも。しかし研究していたとある魔法陣での使用が有効そうでしてな」
「転位陣には使えないんですか?」
「サラ様を送り返すための転位陣は特殊なものでしてのぅ」
帰れる時期が早まるわけではないようだ。
そのことを少し残念に思いながらふと疑問がわく。
「そういえば魔石を魔法陣に使うってできるんですか?
前に確かリーゼに別の物から魔法陣に魔素を移すことは現実的じゃないことだって聞いたんですけど」
「既に存在する魔法陣に魔素を移すのは確かに現実的ではありませんのぅ。
魔石の魔素を使う方法はいくつかありましてな。最もよく使う方法は魔石を砕き、その粉で魔法陣を描くことですじゃ。
この方法であれば魔法陣に魔素を溜める時間を待つことなく、魔法陣を使用できますが……欠点もあり、粉で描くと言うことはその魔法陣は崩れやすく、永続的な用途には使用しにくいですのじゃ。新たな魔法陣の開発に使うには最適とも言えますがのぅ」
おそらく前回のリーゼの説明ではこの魔石の使い方は省かれたのだろう。
やはり私の世界には魔法陣っていうもの自体がなかったので、面白い仕組みだなと思った。
「そうなんですね。
じゃあ研究していたとある魔法陣って?」
「これは実はリーゼの研究テーマでしてのぅ。転位陣の派生形、ということになっておりますが、成功すれば転位陣と同様、もしくはそれ以上に有用なものとなるでしょうな」
「へぇ、どんなことができるんですか?」
「時帰り、とリーゼは言っておりましたかのぅ」
どうやら詳しい話を聞くと過去に戻る魔法陣、タイムマシンやタイムワープのような物を作ろうとしているのだという。
「ほんとにそんなことできるんですか?」
「さて。ですがサラ様が見つけられた魔石にはその用途に適した魔素が多量に集まっていたらしいので、リーゼはここ最近随分とその研究に打ち込んでおりましたのじゃ。
もしかすると、もしかするかもしれませんのぅ」
楽しげに答えるエンセルさんからは、どこかその研究が成功する確信を持っているかのように感じられた。
そう言えばリーゼは魔法陣の改良が得意だと言っていた。確かにもしかするかもしれない。
「できたらいいですよね」
私が特に考えもなくそんなふうにつぶやく。だからエンセルさんの問いには答えがつまった。
「サラ様は、過去に戻れたら何かやりたいことが?」
「え?」
私は、どうだろう。
テストの点が悪かったときとか、友達と喧嘩したときとか少し時間を巻き戻せたらいいのにとは考えたことはある。けれど実際にその方法が目の前にあったとしたら、私はいつに戻ろうとするだろう。
そして、何をしようとするだろう。
「私は…………」
言葉に詰まる。
思いついたそれはつい最近の出来事で、最も私が悲しかったことで。でも過去に戻ったからといって、それはきっと変わらなくて。
私にできることは何もなく、何をしてもきっと変わらなかったこと。
過去に戻ったらきっと私はまた――――――チョロちゃんを失うだろう。
「サラ様、コンパスを」
「え、あれ?」
エンセルさんに言われ、握っていたコンパスを見る。
針が私の方を向いていた。さっきまでは魔石の瓶ばかりを向いていた針の先は淡く発光しながら私を指し示している。
私が見つめている内に針はまるで私に興味を失ったかのように、光るのを止めて再び魔石の瓶を示すようになった。
「今のが魔素を吸収している状態ですじゃ。吸収は止まったようですからご安心を」
まだかすかに揺れている針の先を私は見つめていると、エンセルさんの声が静かに研究室に響く。
「――――過去を変えることなど、決してできませんな。たとえ過去に戻れたとしても、ですじゃ」
私の先ほどの心の内を知ってか知らずか、エンセルさんはそんなことを言った。
「その魔法陣を研究するというリーゼに、わしは最初によく言って聞かせましたのじゃ。たとえ過去に戻れたとしても、変えることができるのは未来だけじゃと」
「未来だけ、ですか」
「そう、未来だけですじゃ」
静かなエンセルさんの言葉に、リーゼはどうしてその魔法陣を研究しようとしているのだろうと考えて私は思い至る。
きっとリーゼはトアの過去に起こったリビトさんの事件を変えたいんだ。
『守られる必要もなく、彼女を守れるほど私が強くなれれば』
そう言ったリーゼは真剣だった。
「やっぱり、できたらいいですよね」
私は再びそう言った。
きっとリーゼは今、足掻いているところなのだ。エンセルさんに諭されて、過去を変えることができないかもしれないことも分かった上で足掻いている。強くなるというのが具体的にはどういうことかわからないけれど、過去に起こったことに対して自分にできることを全てやりきらないとリーゼ自身の納得がつかないのかもしれない。
だからこそ例え魔法陣で過去が変えられるわけではなくても、リーゼは研究を続けているのだ。
自身の納得がつかない状態では、前に進めないから。
きっと、トアの傍にいる覚悟を持てないから。
エンセルさんは私の言葉をどう思ったのか、それ以上賛成も反対もしなかった。




