「頑張ってたのは僕も知ってるよ」
新年初投稿は外伝になります。
シリーズ化しておきますので、よろしければご覧ください。
読まなくても本編には影響ありません。
そして久しぶりに虫注意報を出します。
サラが食べるわけではありませんが、想像力豊かな方はご注意ください。
どうやら明日、ラファエルさんがたくさんのルザリドに会うというのは、最初から予定に入っていたらしい。
ラファエルさんはエンセルさんの言葉に、眉を寄せて唸っていた。
確かに今のままの彼が大勢のルザリドに会うというのは、異文化コミュニケーショナーとしての私からも太鼓判を押して大丈夫だとは言えない。
むしろ大騒ぎになりそうなのでやめておいた方がいいとすら思う。
けれど色々と都合があり、中止することも延期することも無理なのだそうだ。
せめて先ほど地下室でラファエルさんを早々にクラウスさんが客室へと誘ったのは正解だったかもしれない。
心の中を勝手に言葉に反映してしまう魔法陣の効果がわかっていない状態で、長く対話をしてうまくいくとは思えなかった。
「トア。クリスを食堂へ呼んでおくれ」
エンセルさんはトアにそう頼んだ。
なんだかんだで結構な時間が経っていた。いつの間にか日も落ち、時刻は夕食時。
エンセルさんに連れられて私とラファエルさんは食堂に移動した。私が初めてこの世界に来た時に虫料理に遭遇したあの食堂だ。
実は今日の夕食は、ラファエルさんと宰相であるクリスさんとが同席することは私も前もって聞いていた。魔法陣の影響をもう少し観察したいということで、エンセルさんも急遽一緒に食事をとると言う。
「どうぞ先にお座りくだされ。わしもすぐに座りますのでな」
エンセルさんに促され、私とラファエルさんはテーブルについた。エンセルさんが正面にこれるように横並びに座る。
テキパキと周囲のルザリドへ指示を出すエンセルさんは手馴れていた。その姿を黙って見守っているとラファエルさんが話しかけてきた。
「サラ。
先ほどあの魔術長とやらが、君を異文化コミュニケーショナーと言っていたが、それはどういう役職なんだ?」
「どういう、と言われてもそのままなんですけど。
この世界に来て私を見たルザリドの王が、ヒューモスとルザリドの文化の違いについて不安に思ったみたいで、私にアドバイスを依頼してきたんです。
なので異文化間のコミュニケーションがうまくいくように行動することを宣言しただけで」
「……依頼されたのはこの世界に来てすぐのことか?」
「え~、と。そうですね。召喚された日に言われましたから」
ラファエルさんが何を聞こうとしているのかわからず、私は素直に答えた。
クラウスさんに依頼されたのも、私が異文化コミュニケ―ショナーとなることを宣言したのもちょうどこの食堂だ。
まだそれほど前のことでもないのに、随分と懐かしいような気がする。
ラファエルさんは難しい顔をしながら、何かを考えるような素振りを見せつつ、部屋の中を見回す。
護衛ルザリドは部屋の外にいる。いくらルザリドがヒューモスよりも大きいとはいえ、やはり室内にいるのが私とラファエルさん、そしてエンセルさんとレンだけではこの食堂は広く感じる。
食堂付きであると思われるルザリドが周囲を動き回っていたので、けして張りつめた空気があるわけではなかったけれど。
「ほぉ……、これは」
ちょうどその時、食堂内が明るくなる。壁や天井が発光し始めたのだ。
「不思議な明かりだな。どういった照明を使っているんだ?」
ラファエルさんが感嘆の声を上げる。魔法陣によるものだと私は説明しながら、未だに座らないエンセルさんへと視線を向ける。
そういえばこの発光の魔法陣を作ったのって……。
「秘密です」
視線に気づいたエンセルさんが、聞き慣れた舌の音をシュルシュルと鳴らす。
エンセルさんは指を一本口の前に立ててみせた。
その人間臭い仕草にふと、トアから聞いたエンセルさんの話を思い出す。
エンセルさんのつがいはヒューモスだ。
トアはそのヒューモスはすでに亡くなったと言っていたけれど、この事実は変わらないだろう。
エンセルさんは、ヒューモスを愛したルザリドだ。
私はその事実を思い、緑の鱗を持つルザリドをただ見つめていた。
一通り指示を出し終えたのか、ようやく座ったエンセルさんが少し長い息を吐きだしてから言った。
「お待たせしましたのじゃ。食事を運び込ませましょう」
ラファエルさんが何か言いたそうにしていたけれど、エンセルさんがそう言った途端、奥の部屋から料理の皿を持って何人ものルザリドが出てきた。
給仕をするために入ってきたルザリドを見て、ラファエルさんは断念したように口を閉じる。
順番に食事がテーブルの上に運ばれてくる。
とても良い匂いがする。ざっと皿の上を確認したけれど、ピューレさんの手配通りに、虫は使われていないようだ。
この食卓に並ぶ献立は、この前私が試食地獄巡りをした料理ばかりだった。
私は目の前の思った通りのメニューに安心しながらラファエルさんの様子をうかがう。
すると彼はテーブルの上に並んだ料理の中で、一つだけを見つめていた。
「あれは、パンか……?」
怪訝そうにパンを見るラファエルさん。
視線の先にある、黒いパンが盛られた皿から私は一つ手に取った。
三百六十度どこからどうみてもパンだ。むしろ私がバルトスと作ったパンより、さらに柔らかそうになっている。
たった一日でここまで改良したんだ、バルトス。すごいなぁ。
私は嬉しくて、誇らしくて目の前のパンに思わず頬が緩む。
「もしかするとサラは、サットヴィアについては何も知らないのか?」
私の様子をしばらく見つめてからラファエルさんはそう言う。
サットヴィアのこと?
え~と、ヒューモスの国で、ラファエルさんの出身地で――――。
あれ?
「言われて気づきましたけどそうみたいです」
この世界に来て、このゼリウンという国やルザリドについては色々知ることができたので、もう随分といろんなことを知っている気になっていた。
けれどどうやら私は、かなり井の中の蛙状態だったようだ。
私の肯定に、ラファエルさんは不快げに顔をしかめ、エンセルさんへと非難の声を上げた。
「何を考えているのですか、あなたたちルザリドは。
そんな状況で異文化コミュニケーショナーだなどと」
忌々しそうに言ったラファエルさんを私は慌てて諌める。
「ルザリドのことを悪く言わないでください。私が聞かなかっただけなんですから」
「けれど同じヒューモスのことだぞ? 気にならなかったのか?」
「……そうですね」
実際に私はヒューモスのことを詳しく知ろうと今まで思わなかった。
適当なことは言えない。それはルザリドへの責めになる。
言葉を選び間違わないように、私はゆっくりと口を開いた。
「もしこの世界から帰れないと言われたら、気になったかもしれません」
私は慎重に自分の心の動きについて考える。
この世界にきて最初に思ったのは、なんて良い世界なんだろう、だった。
夢だと思っていたのもあったけれど、基本的にはこれは今でも変わらない。
右も左も鱗だらけのウッキウキでたのし……コホン。
現実だと知って、私は元の世界に帰れるのかを不安に思った。
そして帰れることを知り安堵している時に、ヒューモスへの敵意に触れた。
ルザリドがヒューモスと変わらないことがわかり、もっとルザリドと仲良くなりたいと思ったのだ。
私の中で今一番大きいのは、ルザリドと仲良くなりたいという思いだ。
元の世界に帰せないと、仮にクラウスさんたちに言われていたとしたら、ここまでルザリドのことばかりを考えてはいられなかったに違いない。
それこそ同じ種族だというヒューモスのことを、もっと知ろうとしただろう。
「けど私を元の世界に返すと、ルザリドの王は約束してくれたんです」
とても美しい紅い瞳と白い鱗を持つクラウスさん。
その約束は、嘘じゃないと信じているから。
「だから私はヒューモスよりもルザリドのことを知りたいと思っている、のかもしれません」
自分の気持ちを探りながら言葉にした。けれどそれにラファエルさんは顔をしかめる。
その顔は険しいもので、会って間もないけれど不機嫌だと感じた。
どうして?
「では知らないのも無理はないが」
ラファエルさんは固い声でこんなことを言った。
「黒いパンは貴族が食べるものでは、ましてや客人に出すものではない。獄囚や咎人の食べ物だ」
彼は私の持っている黒いパンを指さす。
え………
「そんな扱いをゼリウンは私へとするつもりなのか?」
「違い、違いますっ」
私は混乱した。
頭の中が真っ白なのに、ぐるぐる回って気持ちが悪いほど。それでも気持ちだけがただ焦って。混乱で、喉が詰まる。
けど、違う。
それを伝えたくて、手に持ったパンを潰さないように握る。
そんなつもりでこのパンは作ったわけじゃない。
「皆、頑張ってくれて。コンロが焦げたり、私が足手まといでも、だから」
唐突に私が叫びだしたものだから、ラファエルさんが驚いたようにこちらを見る。
「サラ、落ち着いてくれ。何が言いたいんだ?」
ラファエルさんの声に、私は顔を伏せる。
恥ずかしい。
そうだ。私は何も知らない。
ルザリドのこともだけれど、ヒューモスのことすらも。
それで異文化コミュニケーショナーだなんて思いあがっていた自分自身が、とても恥ずかしかった。
食堂に沈黙が降りる。
あれほど苦労して作ったパンだった。
けれどそれは周囲のルザリドに無理やり協力してもらうような形で。ほとんど私のわがままみたいなもので。
異文化コミュニケーショナーとして正しいのだと、根拠もなく確信して。
そのことが――――――とてつもなく恥ずかしかった。
「遅くなりまして申し訳ありません」
そのときクリスさんの声がした。
「ああ、それがパンですか。初めて見ますが、やはり変わった料理ですね」
そう言いながらテーブルへ近づいてくるクリスさんの気配を感じた。
私はゆっくりと顔を上げる。
するとクリスさんと目が合った。その目から感情は読み取れないけれど、変わらない暗い色合いの鱗を見て、私は肩に入っていた力が少し抜ける。
「ですがサラ様。ルザリドの一般的な歓迎の料理も、やはりテーブルに並べるべきではありませんか?
せっかくこの国にまで来ていただいたのですし。
それに旬ではありませんが、ちょうど良い食材が手に入ったのですよ」
「え」
まだうまく働かない頭で私が答えられずにいると、クリスさんは給仕をしていたルザリドへと声をかけた。するとそのルザリドは一度部屋をでると、すぐに戻って来た。その手には二枚の皿が。
その皿を受け取ったクリスさんは、その皿をテーブルへと置き、自らも座った。
う……ミミズ(っぽい何か)が皿の上でうねっている。
それはまるで赤黒いスパゲッティが小さな山のように盛られているようだった。動いてるけど。
クリスさんが座った位置はラファエルさんの真正面で、ラファエルさんにも当然それはよく見えている。
若干椅子を引いてテーブルから離れたよね、今。
「クリュゼネンと申しまして、お祝い事などでは最初に食べるポピュラーな虫なのですよ。
ラファエル様も一皿いかがですか?」
「あ……いや、結構」
「さようですか。ああ、エンセル様もどうぞ」
「おお、これはこれは」
クリスさんは自分の分とは別の皿を隣に座るエンセルさんへと渡す。
皿の上から目を離せずに、顔をひきつらせながら答えたラファエルさんは、そのやりとりを黙って見ていた。
すると平然とクリスさんはミミズ(としか思えないクリュゼネン)を手で掴み、うどんでも食べるようにすすった。
「では私は失礼して――――美味い」
満足げなクリスさんとは対照的に、ラファエルさんの顔は歪んでいる。
エンセルさんも同じように嬉しげな手つきでクリュゼネンを頬張った。
混乱が落ち着いてきた私は大きく息を吐いてから、口を開いた。
「虫は、ルザリドにとってはごちそうなんです」
私の言葉を証明するように、ツルツルと器用に食べるルザリド二人。……ミミズを。
オイシソウニタベマスネ、ホント。
そんなルザリドたちと私を交互に見るラファエルさん。
うん、聞きたいことはわかります。
「細かい違いはあってもルザリドの食事は大体あんな感じで、虫です」
「…………苦労、されたんだな」
「それはもう」
ラファエルさんが引きつった笑みでねぎらってくれた。それに私も同じような笑みで応える。
虫食が当然であるルザリドの中で、一人だけヒューモスとして虫を嫌がりつづけたこの数日。
避けきれず食べてしまったことが何回もあるのは涙なしには語れない。
「あのクリスさんのお皿以外、このテーブルに乗っている料理に虫は使われていないはずです。
モウンの肉を中心にしたメニューにしてもらいましたから。
ルザリドにはパンという料理がなかったので、調理場のルザリドと一緒に私が作ったんです。
この一週間、私が主に行ったことはそんな食事内容の変更でした」
「………努力をつぶした形になってしまい、本当に、申し訳ない」
ラファエルさんが謝罪する。本当に、の部分にかなり力が入っていた気がする。
たとえヒューモスの国、サットヴィアでは歓迎に使うことはありえない黒いパンでも、クリスさんたちが今食べているような虫を大量に出されるよりは、きっとマシだと思ってくれたのだろう。
私の時は、ほぼすべての皿が虫だったもんね。
ツルルン、とクリスさんがクリュゼネンをすする。
それを視界の中に捉えながら、それでも私はラファエルさんに伝えたいことがあった。
「たくさん違うところもあります。どうしても受け入れられないこともあります。
それでも、ルザリドとヒューモスは何も変わらない。
そのこともこの一週間でわかったことです」
私がパンを作ることをルザリドは手伝ってくれた。見たこともない、誰もが知らない料理を。
その気持ちはきっと、偽りなく歓迎。
この国にやってくるヒューモスをもてなそうとする気持ちだったのだと思う。
「そうか」
頷いてくれたラファエルさんに私はほっとする。
伝わっただろうか?
「わたしもこの国の良いところを見ることができるよう努力しよう」
ラファエルさんはそう言いながら、けれどその視線はクリュゼネンを向いていなかった。
うん、わかるよ、その気持ち。
二人で食文化の重要性を噛みしめている間に、ルザリド二人は皿をようやく下げてくれた。
そしてクリスさんがそんな私たちを見回して、舌を出す。
う、口の端から未だにプニョプニョ動くクリュゼネンが見えてる……。
「わかっていただけたようで何よりです」
口で言ってもたぶんわかってもらえたんじゃないでしょうか?
私はそれは言わずに、ただ顔をひきつらせていた。




