「便利だけど不便なものだね」
ラファエルさんが召喚された時から、ずっと引っ掛かっていたのだ。
彼のルザリドへの物言いは、敵意を感じるようなものだった。
そう、まるで……ルザリドを見下しているように。
「一匹……?」
ラファエルさんは怪訝そうな顔をした。
「そうです。そんな数え方、失礼すぎますっ」
私は興奮気味に訴える。
「それにさっき地下でも、どうしてそんな喧嘩を売るようなことばかり言ってるんですか!?」
「地下」
ラファエルさんは意味がわからないというふうにつぶやく。
「わたしは何か変なことを言ったか……?」
本当にわかっていないらしい。
その困惑した表情に私は余計イラつく。
思い出せないっていうんなら、一言一句間違わずに復唱してやるっ。
「召喚が成功したことを『失敗しなくて何より』って高飛車に言ってましたっ」
「たかび……そんなつもりはない。それに」
ラファエルさんはしばらく黙ってから言った。
「そんなことは言っていない」
何を今更。
私はラファエルさんを睨む……けど、ラファエルさんは戸惑ったような顔で、眉毛を人差し指で抑えた。
「そう……たしか……『成功して良かった』とは言った覚えがあるが」
その思い出そうと眉根を寄せる表情に嘘は感じられない。
けれど逆にラファエルさんが『成功して良かった』なんて言ったのを私は聞いていない。
「他にも、リーゼに向かって『それ以上、近づくな』って」
「リーゼ?」
「召喚された時に目の前にいたルザリドですよ。背中が暗い茶色っぽい色合いで口よりも下は白と黄色を混ぜたようなもうちょっとカサカサしててもいいんだけどつるっとした鱗をしていて目から二本の黒ラインが首元にカッコ良く伸びてて黒一色の綺麗で大きめな目をしてるけどよく見ると目元が」
「ス、ストップ、ストップ! 思い出したからっ」
おっと。熱く説明しすぎた。リーゼってチョロちゃんにそっくりだから、つい。
ラファエルさんは私を止めてから、また眉に人差し指を引っ付けた。
「……やはりそんなことは言っていない」
私はラファエルさんをじっと見つめる。
人を見る目があるかと言われると、そんな自信はない。けれど彼が嘘をついているようには思えなかった。
「それは召喚されてわたしが最初に言った言葉だろう?
そう何匹ものルザリドにわたしはまだ会っていないし、そのルザリドに向かって話したのはおそらくその時だけだ。
あの時は確か『傍にくると思っていたよりも大きい』と言ったんだ」
「なかなか興味深い話ですのぅ」
唐突に聞こえた第三者の声に、私とラファエルさんは勢いよく扉を見る。
「驚かせてしまい申し訳ない。声はかけたのじゃが」
そこには杖をついた緑色のルザリドが立っていた。
簡単に自己紹介をしたエンセルさんは、ついっと顔を動かした。
テーブルの上に乗っている物を確認したのがわかり、ラファエルさんが慌てて石を手に取る。
「これは」
「ああ、別に咎めるつもりはありませんが……おそらくサットヴィアの文化に照らし合わせても、好ましいことではありませんでしょう。
それは収めていただけるとありがたいですのぅ」
エンセルさんにそう言われて、ラファエルさんは何かに気づいたように目を見開いてから私を見た。エンセルさんもこっちを見てる。
え、なんで今ので私を見るの?
「わたしもかなり動揺していたようです。申し訳ない」
ラファエルさんが素直に石を入っていた小袋に戻す。
それを見ながらこちらへと近づいてくるエンセルさんは、杖を一定の間隔で床に突きながら部屋を見回した。
杖が床を叩く音が普通に聞こえるので、どうやらあの黒い石は小袋に入っていると効果がないらしい。
私が首をかしげているとエンセルさんが舌を出した。
「それよりもラファエル様の話じゃが、サラ様。何かありましたかの?」
「あ、そうなんです。
地下でラファエルさんが言ったことが、私には違うふうに聞こえてたみたいなんです」
『成功して良かった』が『失敗しなくて何より』に。
『傍にくると思っていたよりも大きい』が『それ以上、近づくな』に。
その時のことを確認してみると、エンセルさんに聞こえていたのもやはり後者だった。
「ふむ……翻訳がうまくいっていないのかもしれませんのぅ」
つぶやいたエンセルさんの言葉に、私は声に出さずに口を「あっ」と開いた。
初めてラファエルさんと話した時から小さな違和感はあった。けれど今まで普通に話は通じているし、特に気に留めなかった。
でもラファエルさんの口元に注意すればその違和感の正体に気づく。
ラファエルさんの口の動きが、私の耳に入る言葉とずれているのだ。
まるで映画の吹き替えを見ているみたいで、大きな違いはなかった。
おそらくルザリドにもそれはあったのだろうけれど、ルザリドは喋るときに口は開くけどほとんど動かさない。だから今まで翻訳された言葉を何の違和感もなく受け入れていたのだ。
考えてみれば、私が話している日本語と、ラファエルさんが話している言葉が同じなわけがない。
この世界には日本という国はない。
天文学的な確率でラファエルさんの母国語が日本語だったとしても、母国語のままでルザリドと話が通じているわけがない。
以前トアがルザリドとヒューモスの言語が違うことを教えてくれた。それをなんとかしようと翻訳の魔法陣をつくりだしたルザリドがいることも。
そしてリーゼは転位陣に、その翻訳の魔法陣が含まれているとも言っていた。
つまり私が聞いているラファエルさんの言葉は、魔法陣の効力によって翻訳されて聞こえていることは違いない。
……結構意訳されまくりだったんだね、この魔法陣。
「検証が必要なようですのぅ。ご協力いただけますかな?」
エンセルさんが言うには翻訳のための魔法陣は使用頻度が低いために、まだまだ改良が必要な点が多々あるそうだ。
確かにルザリド同士なら翻訳が必要でないなら、この魔法陣が使われ出したのは本当にここ最近の話なのかもしれない。
しばらくラファエルさんと私とエンセルさんの三人で、適当な話題を振りながら会話しつつ、どういったことで翻訳が変わるのかという点を検証することになった。
「今回のことはラファエル様の深層心理が影響しているものと思われますな」
そしてエンセルさんが出した結論がこれだった。
「言語を翻訳する際に、魔法陣を使用している対象者の心理状態も反映しているように見受けられますのぅ」
「心理状態を?」
私は理解しきれずにオウム返しに聞いた。
「リーゼにラファエル様は『傍にくると思っていたよりも大きい』とおっしゃられたそうですな?」
ラファエルさんがそれに頷く。
「しかし『それ以上、近づくな』と翻訳された。わしらにもサラ様にもそう聞こえましたのじゃ。
ラファエル様はその時、目の前に突然現れた形になったリーゼに驚かれ、内心怯えられたのではありませんか?」
「……おそらくは」
召喚を待っていたとはいえ突然自分のいる場所が変わって、目の前に自分よりも大きなトカゲがいたらどうするだろう。
私は抱きついたけどね…………わかってるよ、ごく少数派だってことぐらいっ。
普通なら、怖いと思っても仕方がないんじゃないかな。
「直接ルザリドとヒューモズが対話する機会などほとんどなかったので、今まではわからなかったことですじゃが……」
エンセルさんはこんな推論を立てた。
怖い、嫌だなどといったあまりプラスでない感情は、翻訳のされ方に違いがでる傾向が特に強いのではないか、と。
「わしの言葉がお二人の間で異なって聞こえるということはないようですので、これは魔法陣を使用している者の心の内だけが影響しているようですな」
「じゃあこれまでヒューモスとルザリドの会話がうまくいかなかったというのは、そこが問題だったんですね」
私は納得した。
以前、トアに聞いたことがある。
ヒューモスと対話を試みたルザリドが、その対話に絶望したことを。ルザリドを侮蔑する言葉しかヒューモスは言わなかった、と。
そのルザリドは、絶望するほどだからよっぽどの人数のヒューモスと対話を試みたに違いない。
けれど姿形が違うとはいえ一人ぐらいまともに話をしてくれそうなヒューモスだっていそうなのにと思ってはいたのだ。
でもそれはきっと高性能すぎるこの翻訳のせい。
自分たちと別種の存在として壁を作っているヒューモスといくら話そうとしても、翻訳された言葉尻にどうしても忌避する感情が浮き出てくるようになってしまっているのだ。ラファエルさんがルザリドのことを一匹と、まるで虫でも数えているかのように聞こえるように。
「可能性は高いでしょうな」
エンセルさんもそのことには気づいていたらしい。
「早急にリーゼに改良を検討するように伝えておきましょう」
「でもこれでラファエルさんの問題は解決ですね」
私はお気楽にそう言った。
だって問題がわかったんだもん。
魔法陣の改良はすぐにできるものではないらしいけれど、ラファエルさんがそんな負の感情をルザリドに持たなければ、変に翻訳されることはないんだから。
「いや、難しいな」
けれどラファエルさんは首を横に振った。
「表層の感情ならわたしにもなんとかなるかもしれない。
けれど翻訳に影響してくるのはもっと深いところなのだろう?
だとすれば一朝一夕になんとかなる話ではない」
「どうしてですか?」
私には不可解なことに感じられ、ラファエルさんに問う。
「ヒューモスは異形を恐れる警戒心の強い種族だ。特に自らよりも強大で、自らの持たない力を持つ存在には。
それならばヒューモスがルザリドへ恐れを抱くのは当然だろう。
頭ではわかっていても、本能が恐怖するのは止められない」
それは――理解できる気がする。
成人したルザリドは一般的にヒューモスよりも背が高い。
表情も読み難く、その上ヒューモスには作りだせない魔法陣という特殊な技術を持っている。
ヒューモスの目には、ルザリド自身が脅威に映っても仕方がないのかもしれない。
ルザリドはヒューモスと違う。
そう心の奥底で思っているから、ラファエルさんがルザリドを数えると、一人ではなく一匹になってしまうのだ。
ラファエルさんはエンセルさんと私を交互に見た。
「ゼリウン国王の容貌は、特に。
彼を見て恐れを抱かないヒューモスはおそらくいないだろう」
「え、なんで? 綺麗じゃないですか」
意味がわからずにそう言うと、ラファエルさんは一拍おいてから苦笑した。
「なんとなく君がルザリドの一番の理解者だという理由がわかった気がする」
「そういえばサラ様の場合はこのような翻訳の不都合が生じませんでしたな。
サラ様は我らルザリドへ恐怖を感じなかったということでしょうか?」
エンセルさんに言われ、私はこの世界でこれまで過ごした時間を思い出す。
鱗に覆われた大きな体を持つルザリド。私を軽々抱えたり、一瞬で壁を登ったりと身体能力も優れている。それに私には聞こえないほど小さな音も、彼らには当たり前のように聞こえる。
そのことを私は……
「すごいなぁって何度も思いました。でも怖いとは思わなかったです」
召喚された時から今この時まで、ルザリドがルザリドであるだけで恐ろしいものだと思った覚えはない。
だってルザリドはヒューモスときっと何も変わらない。
「むしろなんだか安心しますよ。ルザリドと一緒にいると」
その人間とは違う容貌自体が怖いのだというのなら、日本にいたときからトカゲ好きの変わり者という評価を受けていた私にはわからないかもしれない。
私の言葉にラファエルさんは口を軽く開けていた。
う、呆れられてる?
「サラ様は異文化コミュニケーショナーですからのぅ」
「いぶ……? なんだそれは?」
「ルザリドとヒューモスの懸け橋となるために、サラ様が決めた役職ですぞ」
ラファエルさんと会話するエンセルさんを私はまじまじと見つめる。
異文化コミュニケーショナー。
私が勝手に言いだしたその単語を、ルザリドが使っているのを聞くと嬉しいんだけど、なんだかこそばゆい感じがした。
「しかし困りましたのぅ」
そんなエンセルさんは杖で自分の頭を軽く叩いた。
「明日にはラファエル様に挨拶をしたいと、国中から主だったルザリドがやってくる予定なのじゃが」
…………はい? 初耳なんですけど。
今年はやはりこれ以上執筆に時間がとれそうにありません。
外伝も含めて、次話は年明けになります。
それでは皆様よいお年を。




