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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
21/41

「れっつ・くっく!」

 ふ~ら……、ふ~ら……


「サラ様、大丈夫ですか?」


 うん、大丈夫。


 レンの声に心でそう思っても、何も口にできない状態で、私はベッドに倒れこんだ。


 体中にパンの香ばしい臭いがしみついている。


 ああ、でもシャワーにはいり……


 私はそこで意識を飛ばした。











 異世界五日目。

 この五日目突入の時、私は一心腐乱にモウン乳を混ぜていた。


 それはもう何度も何度も、氷で冷やしながら泡だて器のようなもので混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜるっ。


 モウン乳をものすごい勢いでかき混ぜていると、分離が始まって固形物と液体に分かれる。

 この固形物がバターなのだ。


 けれどこれが結構大変だった。

 この分離にたどり着くまでが長くて、かなりの体力がいる。

 けれどバター作りに失敗するとバルトスさんの冷たい視線が待っていたので、私は本当に必死にやった。


 ジャスにお願いをしたあと、私は自分からパン作りの手伝いに手をあげた。

 やっぱり実物をわかっている人がいるのといないのとでは違うと思うしね。


 バルトスさんにモウン乳を見せたところ、すこぶる嫌そうな声で「くさい」と言われた。ルザリドにとってはバターだけでなく、モウン乳自体があまり食べる対象じゃないみたいだ。

 なのでモウン乳に触れることが別に嫌ではない私が、バター作りを一手に引き受けることになった。


 もちろんやるべきことは、それだけではない。


 小麦粉も私の知っているものとは少し違っていた。真っ白じゃなくて、茶色い。

 粉にはなっているので似たようなものだとは思うけれど少し不安だ。


 時間がないとバルトスさんが急かすので、パン生地となる材料の配合量を検討しながら、窯を作り始める。

 窯はバルトスさんが旅をしていたころ、一度見たことがあるというルザリドの地方部族の窯の構造を参考にすることになった。

 土で作られたカマクラの中に熱源が入っていて、カマクラ内の温度を高温にすることで調理に使用していたらしい。


 この厨房にあるコンロは魔法陣を使っていた。

 小さな魔法陣がごとくの下にあって、淡い光を帯びている。

 バルトスさんが何かを言った途端、魔法陣の上に小さな火が起こった。


 ほんと、魔法陣って便利だねぇ。


 たぶんこの火による熱が逃げないように、断熱できるようなものでこのコンロの周りを覆えば、簡易な窯になるだろう、というのが私たちの見解だった。

 普段の厨房の仕事に影響が出ないように、いつも使われているコンロではなく、厨房の奥にある予備のコンロを使うことにした。


 四角くて白い大理石のような手触りのレンガ?をコンロの周りに置く。一つ一つを粘土でくっつける作業は、小学校の時の工作をしているような気分になった。

 完全に囲んでしまっては、焼くパンの出し入れができないので、出し入れ口は頑丈な布地をレンガにかぶせてみた。

 話し合っておいた配合量で、とりあえず生地を作ってみる。正解はわからない。

 それでもとりあえずすべての準備は整った。


 こうして実際に生地を実際に焼いてみることになったのだった。





 第一回目の試作。もちろん失敗した。


 混ぜがたりないのか一応全体は固まったんだけれど、塊を割ると中からまだ粉の状態の小麦粉そのままのものが出てきた。


 そして窯が壊れた。


 あれは大変だった。

 扉代わりの布地が一瞬で燃え上がったから、周囲にいたお手伝いルザリドの尻尾が一部焦げた。

 その大騒ぎで私が慌てて水汲みをひっくり返して火を消したら、バルトスさんに怒られた。


 水がかかりレンガが湿ってしまったので、窯の温度が上がらなくなってしまったのだ。


 それに中のコンロまでびしょびしょになってしまい、使われている魔法陣に集まっていた火を起こすための魔素が完全に飛んでしまったらしい。

 再び魔素を集めるまで、このコンロはしばらく使えなくなったと言われて、私は泣きたくなった。


 反省。

 ごめんなさい………。


 予備コンロを使ってて本当に良かった。

 別のコンロで窯を作り直す。

 扉を作ることは諦めて、窯の中に物を出し入れする時は、積んであるレンガを一部とって行うことにした。





 第二回目の試作、失敗。


 今度は固まりもしなかった。

 モウン乳の量が多かったのか、窯の温度が低かったのか。

 もともと生地を形作ったときに既に液体みたいだったから、やはり水分が多かったんだと思う。


 そして私はまた怒られた。


 窯の中のパン生地は、金属製のトレーに乗せられているんだけど、まだ熱い状態のままでそれを取り出そうとして、あまりの熱さに思わず私はトレーを床に落っことした。

 すると液体状のパンもどきは、床を流れ次の生地の準備をしていたバルトスさんの足元へと流れつき……


「殺す気っ!?」


 ごめんなさいぃっ。

 私は軽いやけどをした手と、ジンジンする頭の痛みに耐えながら反省。


 人を怪我させるようなことをしたのだがら当然だ。


 窯から取り出すときは、他のルザリドに声をかけるようにと耳にタコどころかクラーケンができそうなほど、バルトスさんには繰り返し言われた。





 第三回目の試作、失敗。

 ものすごい焦げた。

 温度が足りないということはないのかも。ああでも材料の配合量の所為かも。それとも低温でもっと時間をかけないといけないのか。


 今回は窯は無事だったので、それだけが救いだった。


「なにやってんのっ!」


 バルトスさんの声に、私は作る度に行っている謝罪を反射的に繰り返そうとした。

 けれど呆れたように息を吐くと、私が手に持っていた失敗作をバルトスさんは取り上げた。


「そうじゃなくてそんな炭になってるような物、食べようとしないっ」

「え、だ、だって、炭になってないとこだって少しはあるし、味見だって必要じゃ」

「味見る前に形にならなきゃ意味ないでしょうがっ。しかもこんなの食べてお腹壊したらどうするのよ」


 ………その通りです、ごめんなさい。





 それから二十回以上の試作を重ねたにも関わらず、試食にまでもたどり着けず、私は無限の迷路に迷い込んだ気分だった。


 今更だけど、もっとお母さんの料理、手伝っておけば良かった……。


 料理なんて家庭科の授業で習った程度な上、ほぼ知識として覚えていない。

 ルザリドはどんな子供でも簡単な料理ならできるのが当然らしいので、私は常識らしきことを間違えては、バルトスさんに呆れられつつ謝罪を繰り返した。


 小麦粉などのすべての材料を一度に入れて練っていたけれど、先に小麦粉以外を混ぜたらどうなるのか。

 うまく液体状にするために、モウン乳を軽く沸騰させてから混ぜたらどうか。


 調理法の改善点を指摘するのは、ほぼバルトスさんだった。

 私は彼の指示に従い、バター作りのためにモウン乳をかき混ぜ続けた。


 あぁ……もう握力が無くなってきた……


 泡だて器を握っている手に豆ができていて、かなり痛い。

 けれど痛くなければしっかり混ぜれているわけがないので、私は痛みに耐えつつ同じ作業を繰り返した。


 余も更け、手伝ってくれるルザリドの顔ぶれがかなり変わったころ、窯の調子がよくなってきた。

 もともとここにない調理方法だったので、最初は窯の中が熱くなったら生地をいれるという、なんともざっくりとした使い方だった。

 手探りで始めた簡易窯だったので仕方がない面もあると思う。

 けれど、温度管理という点に気づいてからは、驚くほどうまく焼けはじめたのだ。


 バルトスさんが用意してくれた温度計を窯の中に固定して、目盛だけを窯の外に出す。

 目盛に書いてある文字は読めない私でも、窯の中の温度がわかった。


「ははは、なんだぁこうすればよかったのかぁ」

「ふふふふ、はやくきづけばよかったわね」

「まったくですよね、ははははは」


 窯の改造を行っていた私たちは、ナチュラルハイという状態だったと思う。


 もはや体中からパンの良い匂いがしている。

 もう何個の試作を作ったのか、数えることすらできていない。それでも温度計を見て渇いた笑いを上げる私とバルトスさん。


 手伝ってくれてるルザリドたちが遠巻きにして見ているのには気づいてはいた。

 けれど何故か笑いは止まらず、窯の前で私たち二人は不気味な笑い声を上げ続けていた。


 もともとコンロは火の強さの調整ができるものだった。

 つまりパン生地を焼くのに最適な温度に調整することができるようになったのだ。


 これによって焼き時間もある程度読めるようになり、私たちの作業効率は著しくアップした。


 このころからようやく試食ができるレベルのパンが出来上がってきて、私とバルトスさんは次の試作を焼いている間に、焼けた分を食べてみることになった。


 ナチュラルハイは窯を作り上げてパンを焼いている間に終わりを迎えていて、私たちのテンションは疲労によって少し重いぐらいになっていた。

 まあ話し合いをするにはこちらのほうがいいだろう。


 丸めて焼くよりも、金属の型に生地を入れて焼いた方が、まんべんなく火が通りやすいことがわかり、バルトスさんが金属の型をたくさん用意した。

 別の料理で使うものらしいけれど、高温にも耐えられる材質らしく、焼き上がりは良い感じだ。

 そしてルザリドはバターを多く生地に練りこむと味が濃すぎて食べられないので、生地への量は減らして、その金属の型の内側に塗ってみたり、味が物足りないということで塩や砂糖を加えてみたり、と次々にいろんなことを試してみた。


 そしてまた一つ試作が焼きあがる。


 もう手馴れたもので、バルトスさんが型から試作をとりだすと、刃物で小さ目に切り分けてくれた。

 私はそのうちの一切れを掴んでため息をついた。


「なんか……違うんですよね」


 私はパンもどきを見つめる。

 粉の色が茶色いので全体的に茶色いパンになっている。

 けれど茶色いパンも、私の世界には確かあったはずなので色は置いておいてもいいだろう。


 そうでないところが、私の知っているパンと見るからに違う。


「あんたが言ってた形にだいぶ近づいたと思うけど、何が違うのよ?」

「見た目もそうなんですけど、食感が違うんですよね。

 外はある程度カリカリでもいいんですけど、これは固すぎで……それに中身もなんだかものすごい水分が多いと言うか、もっちりし過ぎてると言うか。


 私の世界にももっちり感を売りにしてるパンはあるから、間違ってはいないんだと思うんですけど、こう、目標としてるのは中はふんわりしてるパンなんですよね。

 それにこのもっちり感って時間が経ったら水気がなくなって、食べれないぐらい固くなっちゃうし……」


 私は首をかしげて目の前のパンもどきを齧る。

 焼きあがったばかりなのに、外側の固さは明らかに私の知っているパンと違う。

 中もかなりもっちりしている。

 

 もう何がダメなのか、わからない。

 

 このレベルのパンまではなんとか漕ぎ着けた。

 でもバルトスさんの様々なアイディアを試したけれど、この食感だけは改善されない。

 

 試作パンを置き、ふらつきながら立ち上がると、私はモウン乳を再びかき混ぜ始めた。

 私にできるのはこれぐらいしかない。


 どれほどのバターを作っただろう。

 生地に練りこむ量を減らしたせいで、必要量は減ったけれどそれでも要らなくなったわけじゃない。

 疲労のせいか、モウン乳を分離させること自体に失敗する回数も増えてきている。


 それでも自分から手を挙げたことだ。


 泡だて器の柄を握る形で右手が硬直している。

 かき混ぜすぎてたぶん手がおかしくなってるんだと思う。

 豆もつぶれ、皮膚は擦り切れ、手のひらは真っ赤だ。

 包帯を持ってきてくれたお手伝いルザリドに感謝してから、私はガッチリと右手を固定する。

 泡だて器の柄を、固定した右手の隙間に差し込んで握った、というよりは抱え込んだ。

 右手はほぼ感覚がないのに、擦り切れた肌から伝わる痛みは、混ぜている間中、私を苛む。


 しんどい。


 つかれた。


 いたい。


 もうやすみたい。


 口にしたくなるその言葉たちを、私は何度も飲み込んだ。


 私がやるって言ったんだ。

 それをバルトスさんや他のお手伝いルザリドは助けてくれている。


 なのにそんなことが言えるわけがなかった。


 私は弱音を吐く代わりにモウン乳を混ぜ、少しでもよいパンができるように、調理法を考え続けた。

 その姿は正直、異様だったと思う。

 けれどバルトスさん他ルザリドはつかず離れずの距離を取り、次の試作の準備にかかってくれた。


 パンにしては歯ごたえがありすぎるんだよね、外側。あれはたぶん焼いている間に水分が飛び過ぎてるんだろうな。だからあまり長時間焼くのは良くない。中身はどうしたらいいんだろう? まるでお餅みたいに隙間がない。私の知っているような空気が入ったふわふわの触感じゃ――――


「空気が入ってる?」


 私が独り言でぶつぶつ言っていると、私の一番傍にいたバルトスさんが私の言葉に食いついた。


「え?」

「今、空気が入ってるって言わなかった?」

「はい。言いましたけど……?」

「それよっ!」


 バルトスさんは勢いよく叫んだ。

 私を指さす。

 その指には今彼が練っていたパン生地こびりついていた。


「空気が入ってないのよ。だからふっくらしないんだわ」


 けれどバルトスさんはそんなことには頓着せずに続けた。

 私は彼の言葉に首をかしげる。


「え、でもそんな生地の状態になってからじゃあ泡だて器なんて使えないし……」


 バルトスさんの目の前には、粘土のようなパン生地がある。

 これを空気をいれるために泡立てることはできない。


「空気をいれるには、別の方法があるのよ」


 そう言ってバルトスさんは厨房内を大股で移動した。


「これよ、これ」


 開き戸の中から取り出したのは一つの袋だった。バルトスさんはその袋の中身を私に見せる。

 それは白い粉だった。

 私がその粉は何なのか聞くとバルトスさんは胸を張った。


「熱を加えたら発泡する粉よ」

「そんな便利なものがあるんですかっ?」

「あく抜きにも使ったりはするけれどね。生地に混ぜてみましょう」


 意気揚々と粉を生地にふりかけ、バルトスさんはある程度混ぜてから金型に入れる。


 結果、この粉の登場でパンはかなり完成に近づいた。

 いままでとは全然違うふわっふわの触感に私は目から鱗状態だった。

 この鱗には全然ワキワキしないけどね。


 そして……


「サラ。あんた、あたしの戦友と認めてあげるわ」

「バルトスも料理長だけあって、さすがにいい腕をしてるね」


 なぜか殴り合いの喧嘩をしたあとのような清々しさだった。

 敬語もなく名前を呼び捨てにしても、互いがそれを気持ちよく感じるほどには。


 二人共に納得がいくパンがようやくできあがったころには、朝食の時間を軽く過ぎていたのだった。











 部屋から私を迎えに来てくれたレンに支えられながら、私がふらふらになりながら厨房を出た後、私の知らない会話があった。


 レンと一緒に様子を見に来たトアが、パンの作り方をバルトスに聞かされて首をひねる。

 材料と示された物のうち、気にかかる物があったのだ。

 トアはその白い粉が入った袋を覗き込む。


「あの、この粉って……?」

「材料のこと? もちろん、ナメーテから作ったものよ」


 トアの言葉に、バルトスは口元に一本指を当てる。


「知らなくていいものってこの世界にはあるのよ、きっと」


 そう言うバルトスの言葉は、どこか楽しそうな響きを帯びていたとかいなかったとか‥‥。







落ちがわからなくてもいいんです。

だって知らなくていいものもきっとあるんですから(遠い目)


2013.12.27 あとがき修正しました。

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