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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
19/41

「すこしは環境改善、なのかな?」

 

 

 

 

 エンフォーレに戻った私を待ち受けていたのは、試食の嵐でした。


「次がゼレスタの料理になります。調味料と多さを普通と、二倍と、三倍で作っています」

「……これは三倍がちょうど良い感じかな」


「ではこちらを。シークエンの料理は元々辛みがあるのですが、こちらは普通と、二倍とで作っています」

「……普通だと物足りない感じ。二倍まで行くとやり過ぎ」


「ファイスの料理がこちらに」

「ちょ、ちょっとピューレさん、休憩しませんっ?」


 私はまだまだ運ばれてくる料理にストップをかけた。


 すべてほぼ一口ずつしか食べてないとはいえ、グルスタッフから帰った途端ずっとこれが続いている。

 たぶんもう三十皿近くいっている。


 全部虫料理ではない。

 私の報告を先行して届けてもらったので、モウンの肉を使った料理が多い。

 今度こちらに来るヒューモスに出すための料理を、試食しているのだ。


 もちろんグルスタッフ行きで感じたヒューモスにとって都合の悪そうなこと(移動とか虫とか)は報告しながらだ。

 夕食にはまだまだ早い時間に帰り着いたというのに、お腹はもういっぱいだった。


 それでも廊下にいる料理の乗ったカートを引いてきているルザリドの列が、まったく途切れそうになくて私は慌てて止めたのだ。


 けれどピューレさんは、そんな私に眼鏡があったら押し上げたであろう動作をして答えた。


「時間がございません」


 スパルタだ。スパルタ。

 手の上で、指し棒を軽く叩くピューレさんの幻覚が見える。


 私は提案がばっさりいかれて、少し涙目になっていた。


 サットヴィアのヒューモスが召喚されるのって、私が召喚されてから一週間後って言ってたよねっ。まだ三日ぐらいあるんじゃないのっ。――――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、嘘です、冗談です。だからその冷たい目で見ないでください。


 ピューレさんに認めさせるという目的もある。

 そのためには、こんなことで私はへこたれるわけにはいかなかった。


 私はお腹をさすりながら、目の前の料理に手をつけた。


「あの、サラ様も帰られてから、ご休憩も取られていない状態で、その、もう鐘一つも食べ続けられています」


 そんな時、勇敢にもレンがそんな発言をした。


「せめて今から夕食時まで、あの、ご休憩を」

「……もうそんな時間ですか」


 ピューレさんは意外にもあっさりその提案を受け入れた。


 たぶんピューレさんは忙しいので、私を慮ってというよりかは、自分の次の予定の時間が迫っているからだと思うけれど。


「それでは今作ってしまっている分まで食べていただければ、休憩に致しましょう」


 ……受け、いれ、てくれたんだよね?

 私は休憩を獲得するために、新しいお皿がテーブルに並ぶのを見つめていた。




 こんな試食をしているのは、もちろん私の提案のためだ。


 料理の味をもっと濃くした方がいい。


 グルスタッフに行く前に、ピューレさんが具体的にはどれほど濃くした方が良いのか戻ったら教えてほしいと言ってきていた。

 戻ってきたら協力を、と言われてそれに頷くのは当然だと思う。


 なのでこれは異文化コミュニケ―ショナーとしての仕事なのだ。

 …………うっぷ。

 虫じゃないだけマシだと思う、思いたい、だったらいいな(泣笑)。




 なんとか食べきった私は休憩に入ろうとした。


「サラ様、こちらは消化に良いと言われているお茶です。どうぞ?」

「あ、どうも」


 私は目の前に差し出されたカップを、反射的に受け取る。

 渡してくれたのは、私が食べた皿を下げるために部屋に入ってきたルザリドだった。私には見覚えがない。

 そのルザリドは私が受け取ったことに満足そうに舌を出すと、皿を持って部屋を出て行った。


 今は私のお世話係としてはレンだけが部屋の中にいる。

 トアとジャスは王城についてから、何か用事があるらしく私とは別行動をしていた。


 だからお茶を出してくれるのはレンだと思ってたんだけど……。


 …………あっれ~?


「ピューレさん。なんだか王城の人たちが、グルスタッフに行く前より優しい気がするんですけど……」


 私の疑問に何かを書類に書きつけていたピューレさんが顔を上げた。

 そして給仕のために動くルザリドを見やってから、納得したような声を上げた。


「ああ、勘違いではないと思いますよ」

「なんででしょう? 私、何も変わってないと思うんですが」


 心底不思議だった。


 実はグルスタッフから帰ってきて王城に入った途端、

「おかえりなさいませ、サラ様」

 と言ってくれる門番のルザリドに会っていた。


 優しい門番さんだなぁ、と思いながら王城の中を歩いていると。

「サラ様。お部屋でピューレさんが待ってますよ。ご案内しましょう」

 と頼んでもいないのに、部屋まで連れて行ってくれるルザリドにも会っていた。


 まだ王城内の地図が完全に頭に入ったわけではなかったので、有難いと言えば有難いんだけど、レンも一緒だったから案内がどうしても必要だったわけではない。


 だけどそんなことを指摘するのも野暮だろう。

 私は向けられた好意は遠慮なく受け取るべきだと思う。


 思うけれど今、私の手の中にはお茶のカップが握られている。


 おかしい。


 おかしいのだ。


 私がこの世界に来た当初、クラウスさんたちと食事をしたとき、給仕をしてくれたルザリドたちの態度はこんな暖かなものではなかった。

 こちらを刺すような視線を感じていたし、彼らから話しかけてくることなんてほぼなかったはずだ。


「サラ様がグルスタッフに行っている間、この王城ではある話題で持ちきりでしたから」

「ある話題?」


 私はピューレさんの言葉を問い返す。

 ピューレさんは書類を書き終えたのか、私の目の前に座……らずに、別の書類を手に取る。

 相変わらずお忙しいようだ。


 書類に目を落としながらピューレさんはこう言った。


「サラ様がカッハに一騎打ちを挑んで勝った、という内容です」

「――――は?」

「わたくしが初めてサラ様にお会いした時のことのようですよ」


 私は頭がフリーズしたのを感じた。


 ピューレさんの言うカッハというのは、あの練兵場でボロ勝ちしていたトーカスハさんのことで……


「ちょ、ちょちょちょちょ、なにそれなにそれっ!!」

「カッハもサラ様を気に入っているようでしたから。

 誰も否定しないので、噂に尾ひれがついたのでしょう」

「否定しようよ、そこっ。

 だいたいあの時の練兵場には他の人だっていたし、どういう流れがあったか全部わかってる人はいるはずなのにっ」


 確かになぜか・・・トーカスハさんは倒れていたけれど、そのすぐ後に来たピューレさんに反応してすぐに立ち上がったし、だいたいにして私が一騎打ちなんて挑むわけがない。

 私の混乱をちらりと見てから、ピューレさんは再び書類に何かを書き込みながら続けた。


「カッハに大した痛手もなかったのは、わたくしも見ていますが」

「そうですよっ、ピューレさんだってわかってるんでしょ?」

「あえて否定する必要は感じませんでしたので」

「必要あるからっ、挑んでないからっ!」


 私が見たことがあるルザリドの中で、トーカスハさんは一番大きなルザリドだ。

 私とでは、大人と子供ぐらいの違いはありそうに感じる。


 そんな比率の相手に、正面から勝つとか私どんだけ武闘派なんだよっ。


 ピューレさんはため息をついてから、私を見た。


「良いですか、サラ様。


 ルザリドは武勇を誇る種族です。

 強さというものに執着する面があります。

 強いものは正義、正しいものは強い。これが当たり前なのです。


 そしてその強さというのは、何も戦う術だけを指すものではないのです。


 サラ様の噂がたとえ大げさだったとしても、アレでも実力者であるカッハが認めているのは事実。


 そのため王城内でのサラ様への風当たりは、かなり緩やかなものになっています」


 そしてピューレさんはシュルリと舌を出した。


「これを利用しない手はないでしょう?」


 ……ピューレさんがやり手なのが今更ながらに悔やまれるよっ。

 こうなってくると、この噂をピューレさんが積極的に広めようとしたのではないかとすら疑いが持ててくる。


「大丈夫ですよ。

 皆、噂が本当であろうと、まぐれ勝ちだと思ってますから」

「勝ってないし、本当じゃないし」

「そう、本当じゃなくて良かったですね。

 もし真剣にカッハに挑んで勝っていたなら―――」


 私がふてくされていると、ピューレさんがさわやかに言い切った。


「―――今頃サラ様の下に、腕試しと称して勝負を挑んでくるルザリドたちが殺到していたでしょうから」


 ……………………


「ピューレさぁぁぁぁぁぁあああんっっっ!!!????」


 私はこのつがい二人を、やはり要注意人物として再認識したのだった。











 そんな話をした後、私はまだすこし苦しいお腹を抱えながら、とある部屋を覗いた。


「うわぁ……ほんとに、トカゲさんが料理してる」


 なんだろう、この楽しい景色。

 さっきまで食べていた料理もここで作っていたという。


 私からすると少し高めの調理台の上には尖った形をした葉っぱが乗せられていて、目の前に立つルザリドが包丁で大きく切り分けていく。

 奥では大きな鍋をかき回しているルザリドもいれば、その鍋に大量の何か黒いもの……うん、何かを流し込んでる。何を流し込んだかまでは知らなくていい。


 私の部屋ぐらいあるその広さの中で、八人のルザリドが忙しげに動いていた。


 この王城内の料理は全てこの厨房で作っているらしい。

 休憩がてら作っているところを見せてほしいと、ピューレさんにお願いして連れてきたもらったのだ。


「今は夕食の準備の時間帯ですから、中に入るのはご遠慮ください」


 ピューレさんが私に後ろからそう声をかけた。


「はい、もちろんです」


 私は厨房の中を見入ったまま答える。


 とても忙しいのだろう。ルザリドたちが互いに声をかけながら、緊張感のある空気の中キビキビと動いている。真剣そうな彼らには悪いけれど、いくら見てても飽きそうにない。


 厨房の中のルザリドは、皆衣服の上に、少し灰がかったような色合いの長方形のエプロンをしている。

 ここに来るまでは、コック帽とかを頭に乗せて、白い調理服を着ているルザリドを想像していた。

 想像とは違ったけれど、似合っていないこともないその恰好を少し面白く思っていた。


「? ヒューモス?」


 厨房の中で少し細身のルザリドがこちらを見た。

 淡いオレンジがかった鱗が、調理中の火を一瞬反射して光る。

 そのルザリドの言葉に反応して、他のルザリドもこちらも見た。


 突然注目されて、私は傍にあった柱を思わず掴む。


「あ、えと、お邪魔する気はないんで、どうぞお仕事を続けてください」

「バルトス。今いい?」


 逃げ腰の私の言葉の後に、ピューレが柱から出てきて誰かの名前を呼んだ。


「ピューレもいたのね。

 ちょっと待ってて」


 私に最初に気づいたルザリドが、ピューレさんの言葉にそう返す。

 たぶんこのルザリドがバルトスさんなんだろう。


 周囲のルザリドに何事か指示してから、バルトスさんはこちらへやってきた。


「何か緊急かしら?」

「忙しいところ悪いのだけれど、すこし紹介をさせてもらえる?」


 そう言われて、バルトスさんは指を頬にあてた。四本指を少し曲げ、小指だけを頬を掻くようにゆっくりと動かしている。

 ピューレさんと相対しているバルトスさんはピューレさんと比べて背が低い。

 ピューレさんが高いのであまり比較対象としては良くないんだけど、たぶんレンよりは少し高いぐらいかな?


「ほんの少しだけなら。

 今、本当にあたし忙しいんだから」


 悩ましげな、という表現が正しそうな溜息とともにバルトスさんは答えた。


 ……なんだろう。言動や仕草は女性的なんだけど、なんだか違和感がある。

 

「彼女がヒューモスのサラ様。

 王城に滞在されて、ヒューモス向けの料理の味の決定を手伝ってくれている方よ」

「あ、初めまして、サラ=ミナヅキです」


 私は違和感に戸惑いながら、胸に手を当てる。

 それを見てバルトスさんは、「ふん」と鼻を鳴らした。


「あんたがあたしの料理にケチをつけたっていうヒューモスね」

「あ……その」

「いいわ。ヒューモスの口に合う料理を研究するのも料理人としては必要なことだし、あたしは別に気にしてないわ。

 あたしはバルトス=カレンティア。この王城の料理長をしているの」

「料理長、さんですか」


 私は先ほどの周囲のルザリドへ指示を飛ばしている姿に納得する。

 この厨房内では一番偉い人なのだろう。


 バルトスさんはピューレを見た。


「あなたのことだから、紹介するためだけに連れてきたわけではないでしょ?」

「サラ様から聞いたことがない料理の質問を受けたのよ。

 可能ならその料理を今度来るヒューモスに出した方が良いらしくて。

 あなたの意見を聞かせてほしかったの」

「聞いたことがない、料理、ねぇ」


 バルトスさんはそう言ってから、背後を振り返る。


「どちらにせよ、今は無理よ。

 夕食の準備が今からピークなの」

「ええ。

 なので夕食の後、時間を作ってもらえるかしら。

 わたくしはそのころ時間が取れないので、サラ様と他の侍官たちだけでここに来ていただくから」

「ああ、そういうこと」


 納得して了解を示すバルトスさん。

 そう言えば、と私もピューレさんに相談していたことを思い出す。


 私も慌ててよろしくお願いします、と付け足すと、


「リクエスト通り、調味料を大目で作った料理はどうだった?」


 とバルトスさんに聞かれた。


「おいしかったです。ありがとうございます」


 私が素直にそう答えると、バルトスさんは嬉しそうに舌を出したのだった。





 

 

 

 

ピューレさんは少しワーカホリックな気があります。

バルトスさんとは昔からのお友達……ですね、たぶん。

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