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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
13/41

「それでこそ、だね」



 アルはふかぁぁあい溜息をもう一度吐き出した。


 たぶん私に言われるまでもなく、いろいろがんばっているに違いない。

 あの二人の息子なら尚更だ、うん。


 そういえば二人とも私のことをアルから聞いたと言っていた。

 ほんと、私なんで気付かなかったかなぁ。


 トアが私とアルのためにお茶を入れてくれたので、二人してテーブルにつく。


 ちょうどその時、レンが扉へと向かった。足はもう大丈夫なようだ。


 すぐに扉が開き、部屋の中にジャステインが入ってくる。シャワーが終わったらしい。

 次にレンが入ることになっているので、入れ替わるようにレンが出て行った。


 ジャステインは服が変わっていた。たぶんシャワー室で着替えたんだろう。

 けれどアルが部屋の中にいるのを見ても何の反応もなかった。

 お風呂上りに異性とあっても、ルザリドは恥ずかしいとか思わないらしい。


 あ、そういえば私もお風呂上りなんだった。


 今更ながらの事実を思い出しつつアルを見たけど、私もまぁいいかという気分になった。


 だってアルだしね。


「……なんだ?」

「なんでもないで~す」


 完全にリラックスモードでアルに返答し、お茶をすすりながら視線を扉の傍に戻す。

 ジャステインは私たちの話の邪魔にならないようにか、壁際に控えておくつもりのようだ。

 ジャステインは部屋に戻って来た時、トアに何かを渡していた。それを見て「すこし失礼しますね」と言ってトアが控えの間に下がったので、部屋の中は私とアルとジャステインの三人になった。


 なんとなく沈黙が流れる。


 トアがいたなら何か話題をふってくれそうな気がするんだけど、アルもジャステインも自分から話題を切り出してくれそうにない。


 私は何か話すことを頭の中で探して、ふと思いついた。


「アルが二人の子供なら、聞きたいんだけど」


 アルがこちらを見たのを確認してから、私は続きを言った。


「ピューレさんって、明らかにヒューモスを嫌っているんだけど……今日の態度って、なんていうかそれだけじゃない気がしたんだよね。

 アルは理由わかる?」


 実は執務室を追い出されてからも、私はずっと引っ掛かっていた。

 私はピューレさんの言葉を思い出す。


『私はヒューモスが嫌いです』


『私はあなたを認めているわけではありません』


 この言葉の意味をそのまま取るのであれば、私への嫌悪感を言葉にしただけだと言える。

 ピューレさんが、ジャステインのようにヒューモスへの敵意を持っているのは間違いないと思うから、別にそれ自体はおかしいことだとは思えない。


 だけどそれにしてはなんというか、理性的な物言いだったような気がするのだ。


「ああ、あの人は昔、――――いろいろあってな。

 ヒューモスへの嫌悪感は人一倍強い。


 だが本当にそんなことを言ったのか?」


 アルは不思議そうな声で言った。


「仕事に私情は持ち込まない人なんだが……」


 ピューレさんの事情に関しては詳しく教えてはもらえなかった。

 なんだか事情はありそうだけれど、だからと言ってヒューモスであるだけで、クラウスさんの客人でもある私にそんな態度をとるような人でもないらしい。


 仕事ができる人って感じだったもんね。


 私は今日のピューレさんの姿を思い出した。

 トーカスハさんにエキサイトしている姿は置いておくとしても、執務室に戻った途端に仕事がやってきていた。私が帰った後もたくさん用事を抱えてそうだった。

 きっと彼女の仕事量は半端ないに違いない。

 けれどそれを捌くことができるだけの能力がある人。

 そんな人がヒューモスへの敵意を、ただ意味もなく私に見せたのだとは考えにくい気がする。


「じゃあ、ピューレさんの態度は仕事上必要だと思ったから……?」


 私はそう考えてみる。


 そうするとピューレさんはジャステインと違って、私への敵意を示した後、私の様子をうかがっていたような気がする。


 そうか。そうだったんだ。


 あれは私が、ヒューモスを憎むルザリドに対して、どういう反応をするのかを見ていたんだ。



 私は……何も反応できなかった。



 ……………………


「おい?」


 考え込んだ私を見て、アルが怪訝そうな声を出したけれど、構わずに私は椅子から立ち上がった。

 壁際にいるジャステインをまっすぐに見つめる。


「ジャス」


 私はあえてその名前を呼んだ。

 返事もなく、けれどジャステインは―――ジャスはこちらを睨んだ。


 呼ぶなと言われたその呼び名。

 彼女がなぜそれを拒絶したのかすら、私は一日経ってもまだ知らない。

 仲良くしたいと思いながらも、それを聞きもしなかった。

 敵意を見せられて怯んでいたのだ。



 わからなければ聞けばいい。

 怯えるのではなく、話をするのだ。



 それが大切なのはヒューモスであっても、ルザリドであっても変わらないのだから。


「私はあなたと仲良くしたい。

 だから私はあなたをジャスと呼びたい。


 ダメならそれがどうしてなのか、教えて?」


 できる限りの誠意をこめて聞いた。

 トアやレンは「ジャス」と彼女のことを呼ぶのに、わたしだけ「ジャステイン」と呼ばなきゃいけないのは変だ。


 けれどジャスから帰ってくるのは冷たい拒絶。


「……教える必要はないわ」


 それが返ってきたからと言って、話をやめてはダメなのだ。

 私は一度大きく息を吸い込んでから言った。


「ある。

 だって私は呼びたいから」


 ひどくわがままな理由。それでも私はそれを押し通す。


「……呼ぶ必要もないわ」

「ある。

 だって私はあなたとも仲良くしたいから」


 私はめげない。

 わからないのだから知りたい。

 せっかく傍にいるのだから仲良くなりたい。


 私はジャスを正面から見つめる。


 彼女は私から声をかけても、最初に宣言したとおり、私の支度や頼みなら一応聞いてはくれるけれど、無駄話とか挨拶とかは無視する。

 ヒューモスと慣れあうこと自体が、彼女には信じられないことなのだ。


 そんな彼女へ、私は今日一日どう接しただろう。


 傍にいた彼女に、彼女自身のことを聞いただろうか。

 傍にいる彼女に、今何を考えているのか聞いただろうか。

 同じ場所にいる彼女に、何を望んでいただろうか。


 私はルザリドと仲良くしたい。

 このルザリドにはジャスももちろん含まれている。

 その気持ちは私の今日の態度で伝わるだろうか。


 きっとそれは……伝わらない。


「あなたには関係ないわ」


 伝わりにくいそれを、伝えるためには言葉にしなくてはいけない。

 私は拒絶に怯えて止まりそうになる心を押さえつけ、ジャスへと質問を重ねた。


「何が理由なの?

 私がヒューモスだというだけなら、私はあなたをジャスと呼ぶ。

 でも本当にあなたが、私からジャスと呼ばれてはいけない理由があるのなら、私はそれを尊重するよ」

「…………」


 返答がない。

 壁際に立ったまま、私を睨んでいるジャスはそれ以上の言葉を続けなかった。


「ジャス」


 私の再度の言葉に、彼女は睨んだままだけれど訂正をしようとはしなかった。


「ジャス、これからこう呼んでもいいよね?」


 私の言葉に彼女はもう何も言わなかった。

 諦めたのか、それともどうでもいいと思い直したのか。


 でも今は、これでもいい。


 彼女が作る壁をこれからも乗り越えていけば、きっと仲良くなれるから。


「覚悟しておいてね。

 私はこれから手加減しないよ、ジャス。

 そのうちあなたが私をわかってくれるだろうと思ってた。

 だから私はあなたに遠慮していた。

 でももう待たない」


 チョロちゃんの時の女の子とは、状況が違うのだ。

 あの時は次の日も、その次の日も、一週間後も、半月後も、彼女とは顔を合わせた。

 私に時間があったのだ。


「今の私には時間がない。

 だけどあなたと仲良くなりたいと思う気持ちにも嘘はないよ」


 今回はあの時と違う。

 私は二週間後には帰らなくちゃいけない。

 その時も今の状態と変わらずにジャスとお別れするなんて嫌だ。


 ジャスは変わらずに黙ったままだった。

 私を睨みつけたままで、彼女から私に歩み寄ってくれる気配はない。


 ……うん、やっぱりこの方法がいいんじゃないかな?


 アルやトアとは仲良くなれた。彼らに行った私の行動の共通点と言えば、


「お互いをわかり合うにはやっぱり触れ合いが大事だと思うんだっ」


 そう言って、私はジャステインに向かって両手をワキワキさせた。


 お風呂上りでジャスの鱗はいつも以上にテロテロしている。

 暗い緑に入ったラインが色鮮やかだ。

 これは触りポイントが高いっ。


「鱗、触っていいっ? ジャスは触られても大丈夫派っ?」


 勢いよく私は聞いた。少し鼻息も荒くなっていたかもしれない。

 けれどジャスが怯えるように身じろいだ。


 あれっ?


「やめいっ」


 それまで黙って見ていたアルの制止が入る。

 ワキワキを中断させるように、手を上方から叩かれた。

 ジャスはほっとしたようにアルを見ている。


 あれ? おかしいなぁ……


 私はこの方法で仲良くなれると思っていたので、とりあえずアルに抗議する。


「なんで止めるのよっ」

「お前はどのルザリドにもそれをやる気か?」

「当然でしょ」

「そこは否定しろっ」

「鱗だよ? 触らずにどうするっていうの?」


 心底不思議そうに問い返すと、アルはさっきよりも深いため息をついた。


「だいたい唐突にどうしたって言うんだ」


 アルからすると、今の私の行動の意味がわからなかったらしい。


 私は今考えていたことをアルに説明する。


「気づいたんだ」


 ルザリドがヒューモスへと向ける敵意。

 それへの私の行動がとても大切になることを。


「今日のピューレさんはたぶん、私がヒューモスへ敵意を持っているルザリドに対して、どう行動するかを見たかったんだと思う」


 よくよく考えてみればピューレさんの行動は至極当然のことだ。

 王城内を取り仕切る役職にいる彼女は、おそらくは突如現れたヒューモスである私によってトラブルが起こることを予想している。

 それならばせめてそのヒューモスが、ルザリドの大半を占めるヒューモスへの敵意に対して、どう対処するのか知っておきたい。


 きっとそういうつもりであんなことを言ったんだとおもう。


 けれど私はヒューモスへの敵意をぶつけられて、目を逸らすことはしなかったけれど、何も答えることができなかった。


 執務室に帰ってきたピューレさんは、先ほどまで部屋にいたジャスが廊下にでていたのを見てどう思ったんだろう。

 私は部屋をでていくジャスを止めなかったし、それが彼女自身からの提案だったのは確かだ。

 けれどヒューモスを嫌っているジャスを追い出したと思われたかもしれない。


 だったらこれからのことを不安に思っても仕方がないんじゃないだろうか。



 そしてそう思うのはピューレさんだけじゃない。



 私のジャスに対する態度を見て、「やはりヒューモスにはルザリドを理解するつもりがない」と思う人も出てくるだろう。


 それじゃあダメなんだ。


「私はジャスを嫌ってるわけじゃない。

 むしろ大好きなのに、仲良しになれないなんておかしいよ。


 それに私は異文化コミュニケーショナー。

 私はルザリドにも認められ得るヒューモスになる必要があるんだ」


 ピューレさんは言った。

 私を認めていないって。

 ジャスと仲良くすらできない、私を認めないって。


 それではダメなんだ。


 私は心の中でフツフツと、怒りの様な何かが沸いてくるのを感じた。


 そう、ダメなんだ。


 彼女は言ったんだ。

 私を認めてないって。

 トカゲを心から愛している私に向かって、認めてないって。


『私はあなたを認めているわけではありません』


 その言葉、絶対に訂正してもらう。

 私のトカゲ愛の名にかけてっ。


「ピューレさんに私を認めさせてやるっ!

 そのためにもまずジャスと仲良くして、他のルザリドとも分け隔てなく仲良くなるんだ」


 私は高々と宣言した。


 なのにアルは首を振る。


「それは簡単な話ではない。

 ルザリドにとって、ヒューモスへの確執は根深い。

 拒絶に対して強気に出れば、お前に危険が及ぶこともあるかもしれない」

「でも怖がっている暇は私にはないよ。私には二週間しか時間がないんだから」


 私はアルの言葉にかぶせるように言った。


 いくら心の中でルザリドを好きだと叫んでも、伝わらなければ意味がない。

 どれほどルザリドの役に立ちたいと思っていても、私のことを勘違いされては話が進まない。


「だから私はトカゲ愛をこれからも叫ぶのをやめないよ」


 アルは私がそう断言する姿を見て、口元を引き締めた。


「……わかった。お前の意思が固いことも、それが必要だということも」


 彼の口調は諦めたような、それでいてどこか嬉しそうだと感じる。

 そしてアルはこう言った。


「もし何かあれば、俺を呼べ」




「……それって無意識に立ててる?」

「何を?」


 危険フラグってやつじゃないのかな。


 私はその茶化した答えは口に出さずに微笑んだ。

 いまのところ敵意を向けられたり、あからさまにこちらをジロジロ見られたりするぐらいで、直接的な被害はない。

 けれど異文化コミュニケーションには予想しない事態が起こることは十分にあり得る。

 ただでさえ私はルザリドから見れば、脆弱なヒューモスだ。


 彼の心配はきっとありがたいものだ。


「ありがとう。呼ばずに済むように気を付けるよ」


 私は感謝の言葉を言ってから、こちらを困惑したように見ているジャスに笑顔を向けた。


「いっぱい話して喉渇いちゃった。ジャス、お茶のおかわりちょーだい?」


 私はジャスとの関係の第一目標は、彼女が私の言葉に、仕事の話じゃなくても対応してくれることだ。

 もちろん鱗は触りたいけど、それは仲良くなる過程でできればいいのであって、それが目的ではない。


 だから私から彼女に話しかけよう。

 だから私から彼女に笑顔を向けよう。


 もちろん、鱗を触らせてくれるように、ことあるごとにお願いするつもりではあるけど?


 私のお茶のおかわりの依頼に戸惑ったように最初はジャスは動かなかったけど、私が「ジャス?」と言って両手をワキワキさせると慌てて動き始めた。


 ……なんだろう、この寂しい気分。


 アルはしばらくそれを見て黙っていたけれど、また口を開く。


「トーカスハもピューレも王城内での影響力が大きい。

 だからお前のことも話しておいたんだが……」


 そう言ってからアルは私へともう一度謝った。


「悪かったな。あの二人が迷惑をかけたようだ」

「あー、もう気にしてないよ。

 うん。それにある意味感謝してるし」


 私の心構えを変えてくれたあの二人には、感謝こそすれ恨みは……トーカスハさんにのみ少しあるけど、まぁいい。


 ルザリドの身体能力はヒューモスのそれをはるかに超えること。

 ルザリドからの敵意を怖がっていては、異文化コミュニケ―ショナーとは言えないこと。


 私はその二つをしっかりと理解している必要があったのだから。


「明日は町の外にでるんだからね。しっかりしないと」


「その話だが、護衛を増やすことになった」

 私の言葉を受けて、アルがそう続けた。


 彼は本来この話をしに来たらしい。

 けれど実は夕方、部屋に戻って来たレンから、護衛を増やす件についてはすでに聞いていた。


 この王城がある町は、エンフォーレという名前の土地にあるため、それがそのまま町の名前にもなっている。

 農場があるのはそのエンフォーレから南西に位置する、グルスタッフという場所なのだそうだ。

 そこはもっともエンフォーレから近い農場ではあるけれど、一日では見切れないほどの広さらしい。


 明日はグルスタッフでお泊りして、明後日にエンフォーレに帰ってくることになっている。


 エンフォーレであれば、クラウスさんの御膝下でもあるから多少は安全だけれど、グルスタッフに行くとなれば、その危険は、主にヒューモスである私へのものが激増するという。


 ルザリドは各個がそれぞれに身体能力に長けている。そしてそれを誇る種族だ。

 いくら現王の客人扱いであるとはいえ、ヒューモスに対して思うところを実力で示してくる輩がいないとも限らない。


 そしてそれへの対応は、たった一人のヒューモスである私にはまず不可能だ。


 クリスさんがヒューモスの国からこの国へやってくる旅が危険極まりないと言っていた、その原因の一つがこれなのだ。


 レンから聞いていることを話すと、アルは「追加連絡がある」という。


「いつものように二名。それからあと二名増やす。

 そして警備責任者として俺も同行することになった」

「あ、アルも来てくれるの?」

「お前だけだと暴走して何するかわからん」


 あ、ツンデレですね、わかります。


 指摘するとたぶん怒るので、私は黙ってうんうんとうなずいた。

 それを見てアルが変な顔をする。


「……なんだかおとなしくて気味が悪いな」

「失礼なっ」


 気味が悪いって、なにそれっ。


「俺が何かを言うと、お前はいつもわけのわからないことを倍返してくるだろう」

「そう? 私は至極当然のことしか言ってないつもりだけど――――」


 私はそう言って、ふと思いついて両手をワキワキさせた。

 そういつも私は、至極当然の主張しかしていない。


「だから鱗を触らせて」

「却下だ」


 その素早いアルの反応に、私はぶーたれたのだった。



 

 

 

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