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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
14/41

「いろいろ問題は山積みです」


 異世界三日目。

 荷馬車に乗って私は行く。どなどなどーな。

 いや、売られに行くわけじゃないんだけどさ。


「った。が……た」

「サラ様、大丈夫ですか」

「だ……じゃ、な……」


 現実逃避しようとしてたんだけれど、逃がしてくれるほど甘い現実ではなかったみたいだ。

 荷馬車の外からの・・・・・・・・トアの言葉を否定しようと思ったけれど、それすらできなかった。


 エンフォーレの町を出てから何度目か。

 私の都合でまた休憩がとられた。


「……しんどい、きもちわるい、はく」


 荷馬車を止めた傍にあった木の幹に手を当てて、私はえずく。

 トアが私の背中をゆっくり擦ってくれているけれど、もう吐けるようなものは胃には残っていなかった。


「困りましたね、このままだと夕方までにつくかどうか……」


 護衛とは別に、付き添いでついてきたリーゼが、私の姿を見つめながらそう言った。









 エンフォーレから南西へと進むとグルスタッフがある。

 私はこの事実をもっと詳しく確認するべきだった。


 一日で回れないほどの農場だというなら、もちろんその目的地につくまでの距離も相当なはずだ。

 けれどレンやアルが朝に出れば昼にはつくと言っていたので、私は特にそれを問題だと思わなかった。


 歩いていくわけではない。

 もちろん乗り物に乗らなくてはいけない。


 馬なんて乗れるわけもない。

 出発前に馬に近寄って見せてもらったけれど、私の世界の馬よりも蹄が大きく感じる。

 体はがっしりした牛と馬の中間のような体格をしていた。

 もちろん情報源はテレビレベルだけど、そう間違ってはいないと思う。

 遠目から見た時はそんな違いはわからなかったけれど、練習した人ならともかく私では、こんな馬にまたがってもきっと転げ落ちてしまう。

 気性も荒く、私が近寄ろうとしただけで鼻息荒くこちらを威嚇してきた。綱で小屋に止められてなければこちらに突進してきたかもしれない。


 馬、怖いよ、馬。


 技術的な問題以前に、私の精神的な問題で乗馬は却下となった。

 けれどそうなると、今度はその馬が引く馬車に乗ることになる。


 もともとルザリドが馬車に乗ることは滅多にないらしい。

 短距離なら馬よりも自分で走った方が早いからだ。

 さすがに大きな荷物がある場合に馬車を使うことはあっても、それ自体に乗る必要は御者をする以外はない。


 つまりルザリドにとっては、移動は走るのが常識だった。それも馬よりも速くて当たり前という感覚。


 もちろんその常識にあてはまらない私は、使用頻度が低いという馬車に乗ることになった。

 同行するリーゼが何故かいろいろ持ってきているので、それがしっかりした箱に入れられて荷台の隅で固定されている。荷台には椅子もないので、私はその箱に腰かけるようにしていた。

 馬車は荷物用というだけもあって乗り心地がすごく悪い。

 乗る必要があまりないせいで、改善もされていないんだろう。


 舗装されていない道を、ガッタンガッタン猛スピードで走っていく馬車。

 周囲には馬にも乗らずに四足並走するルザリドたち。


 うん、シュール。……おえぇえ。


 もちろん私は酔うわけである。


 私としては出発前、王城の外のルザリドへの興味は存分にあった。

 朝早くに町中を馬車で進んでいるときは、確かに道は舗装されていなかったけれど、街中を猛スピードで馬車が走るわけにもいかない。

 ゆっくりと揺られながら、初めて間近で見るルザリドの町に興奮していた私は車酔いなんかしていなかった。


 けれど町を出てしばらくすると、スピードを上げ始めた。

 最初は私もかなりの振動に揺られながら、すごい速度で後方に下がっていく木々を見て、その速さに驚いていた。

 けれど激しいアップダウンに体が悲鳴をあげるのに、そう時間はかからなかった。


 このエンフォーレという地域は大きな起伏もなく、平地がずっと続いている。

 森が断続的に現れては、小さな集落が傍にあるみたいだけれど、基本的にはそんな集落は無視して進む。


 そんな集落を三つ過ぎる前には、完全にノックアウト状態だった……おえっ。



 馬車の中から手拭いを取り出し、それを水で濡らしたものをレンが持ってきてくれた。

 地面に座り込んで、ぼーっとしながら上を見上げていた私は、それを目の上に乗せる。


 こうしてると少しはマシな気がする。


 二つの太陽が私の頭上高くにある。

 もうエンフォーレの町は見える範囲にないけれど、リーゼが言うにはまだ行程の半分も進んでいないらしい。


 町の外に出るなら、移動方法にも工夫が必要だね……。


 異文化コミュニケーショナーとして、その点を頭のメモに刻み込む。

 よっぽど酔いにくい体質のヒューモスでない限り、この振動はキツイ。

 今でもまだ地面が揺れている気がする。


 深呼吸をゆっくり繰り返すけれど、胸底にある気持ち悪さは一向に晴れる様子はなかった。


 そうは言っても、ここでじっとしているわけにはいかない。

 私は手拭いが完全に温くなったのを感じ取ってから、それを自分の手で取った。

 こちらを心配そうに見ているレンに手拭いを返して、ふらふらと立ち上がる。


「サラ様。まだ無理では……」

「ううん、行こう。もうちょっとなら、頑張れる」


 トアの声に、無理やり笑みを作って答える。


 もともと異文化コミュニケーショナーとしてクラウスさんが考えていたのは、私の生活内で問題があれば教えてほしいといった程度のことだった。

 それに甘えるならこんな辛い思いをしてまで、農場を見に行く必要はない。


 私がやると言ったのだ。


 虫料理がヒューモスにとって馴染みがないというのは、こちらも同じようだ。

 だけれどそのことをルザリドは深くとらえていない。

 私が虫料理に対して抱く気持ちが、生まれ育った土壌が違うので完全に理解することができないみたいだ。


 けれどヒューモスはもうすぐやってくる。


 私はルザリドが好きだ。大好きだ。

 だから彼らのことを、少しでもそのヒューモスには良く思ってもらいたい。

 できるなら、ヒューモスとの間で結ばれようとしている協定もうまくいってくれればと願っている。


 でも私は元の世界に帰ることが決まってる。


 帰れないのはもちろん困るけれど、きっとその協定が結ばれるまでこの世界にいることはできない。

 だから私にできる、ヒューモスとの懸け橋になれるだろう最大限のことをしたかった。

 そしてそれをまず料理の改善から始めよう、食材からとりかかろうとしたのは今でも間違ったとは思っていない。


 まぁ食材を見に行く手前で躓くとは、正直思っていなかったけどね。


 ふらつく足取りで、私は荷馬車まで戻る。

 御者台からジャスがこちらを見ている。


 あのスピードで疾走する馬車の振動は、ルザリドにもあまり耐性のある人は少ないらしい。

 今の休憩を取るまではレンが御者台に座っていた。

 ここからしばらくはジャスが御者をする番なのだろう。

 言い換えれば彼女たちは順番に御者を代わるぐらいで、耐えれる程度にしか堪えていない。


 町を出てから唯一私だけ馬車にずっと乗っているとはいえ、この体たらくをジャスはどう見ているだろう。


 彼女の表情を観察する余裕もなく、私は荷台の後ろにある、足踏み台に足をかけた。


 あ、やば。


 足踏み台を確認するため下を向いた途端、私は眩暈を感じて荷台へと手をつく。

 吐きすぎて水分不足になっているらしい。

 察したトアが水の入ったカップを持ってきて、ゆっくりと荷台に私を座らせた。


 荷台は幌がついていて、御者台側と乗り込み側の二方向だけが開け放たれているタイプだ。

 背にしていて見えないけれど、御者台からジャスもこちらを見ているだろう。


 ふがいない姿ばかり見せてはいられない。


 私は水を口にゆっくり含みながら、目を瞑って何度も深呼吸を繰り返した。


「辛そうだな」


 アルの声に顔を上げる。


 リーゼとアルが揃って馬車へ近寄ってきていた。

 他にいる四人の護衛は周囲を警戒しているみたいだ。


 彼らにもこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


「……少しマシになった。出発しよう」

「体がまだふらついているようだが」

「出発しよう」


 壊れたオモチャのように、私は同じ言葉を繰り返した。

 アルとはいつも丁々発止と言い合っているけれど、今はそんな元気もない。


 そんな私の様子を確認してアルは軽く息を吐いた。

 呆れられた……?


「アルベルトさん。どうしましょうか」


 私の様子をアルに伝えに行ってくれたリーゼは、困ったような声をだす。


「どうもこうも、やはりこうするしかないだろう」


 アルはそう言って、私に向かって背を向けた。

 地面に片膝をつくと、私を振り返る。


「さっさと乗れ。馬車よりかはマシだろう」

「え、え」


 ぼんやりした頭で目の前の背中を見る。


「お前の希望でグルスタッフへ行くんだ。

 唐突なことで向こうへもかなり無理を言っている。

 警備上の問題もあるし、行くならできるだけ、予定に変更なく行きたい。


 行くのをやめるか、俺の背中に乗るか今すぐ決めろ」

「乗るっ」


 荷台の上から、即答で私は答えた。


 正直に言えば、アルの言った言葉を理解してから答えたわけじゃない。

 けれど行かない選択肢は私にはなかった。


 水をゆっくりと飲み干しつつ、私はアルの提案を咀嚼する。


 彼は私をおぶって走ってくれると言っているのだ。


 馬車の中から外を走るルザリドを見ていたけれど、手も地面について四足ですごい速さで走っていた。

 けれどその動きは、まったく無駄のない動きで体もほぼ揺れていなかった。

 馬には乗れないけれど、ルザリドなら乗れるかもしれないと、私も実は思っていた。


 とは言っても、他の人に触れられるのを嫌がるルザリドにそんなことはお願いできない。


 だからアルの提案はとてもありがたかった。

 今、私に同行してくれているルザリドの中では、アルは一番大柄だ。

 それに触れられることに、激しい抵抗感は持っていないと言っている。

 おぶってもらうには一番適任だった。


 その大きな背中を見つめながら、私は馬車からトアの手を借りて降りる。


 おんぶされるように私がアルの背中に乗ると、アルはゆっくりと立ち上がった。


 うわぁ、やっぱり高い。


 思わずアルの首に回した腕に力が入る。

 太くがっしりした首に両手を回すと、手が肘までなんとか届くくらい。

 ひんやりとして鱗の感触が、半袖から出ている素肌に伝わってくる。


 苦しかったらまずいと思って力を緩めようとしたら、「しっかりとつかまれ」と逆に力を入れるように指示された。

 前に俵担ぎをされたときも思ったけれど、元の身長が高いので、背負われた私の視界も随分と高くなる。


 トアやリーゼを見下ろすのは何となく不思議な感じだ。


「大丈夫ですか?」

「俺は問題ない」

「……たぶん」


 リーゼの問いに、アルと私が答える。


 アルは鎧を着ているので、それが体にあたると少し痛いけれど、体の位置を多少ずらせばいけそうだ。

 体勢を変えるためにもぞもぞと動いていると、ふと思った。


 アルの後頭部をこんな間近で見ることってなかったなぁ。


 普段は彼を下から見上げることしかなかったので気付かなかったけれど、頭頂部から背中にかけての茶色は色が濃い。

 顔回りが黄色味の強い茶色で、後頭部はチョコレート色をしていたようだ。

 ごつごつとした鱗はピューレさんのようには尖ってはいない。

 鱗は角が丸みを帯びた四角くで、頭頂部は一枚一枚が大きめだけれど首筋は小さくなっている。


 私がそんなふうに観察しつつ、アルの頭を見つめていると、


「変なことをしたら走ってる途中に振り落すぞ」


 という低い声が返ってきた。


 ひぃぃぃい。すんません、おでーかん様、それだけはご勘弁をっ。


 私は何かを口に出すのも億劫だったので、心の中だけで慄きながら素直にアルの肩口に顔を伏せた。


 こめかみに触れる鱗の感触が、とても気持ちいい。


 そうしているとすぐに護衛の一人のルザリドがアルを呼びに来た。

 出発だ。


「しっかりつかまっておけ」


 彼はゆっくりと屈むと、両手を地面についた。

 見えている周囲の景色が、普段の自分の視線のものよりも低くなる。

 そのことに安堵する暇もなく、アルは走り始めた。


 うわっ、はやっ。


 私は正面を一度向こうとしてやめた。

 吹き付けてくる風で、とてもじゃないが目を開けていられない。


 ふたたびアルの肩に顔を伏せる。すぐ傍を背の低い岩が通り過ぎて行った。

 馬車と比べなくても、まったく振動を感じない。

 最初は緊張していたけれど、しばらく経つと私も余裕がでてきた。


 流れていく景色、単調でいて力強い走る音。

 腕に力を込めて落ちないように顔だけ後ろを振り向くと、護衛ルザリドの二人と目があった。


 というか何この状況。トカゲにのって疾走とか楽しすぎるんですけどっ。


 気持ちはまだ悪かったけれど、私は口元がニヤついてきているのを感じた。


 ジャスが手綱を握る馬車の隣にアルは寄る。


「トゥーキア。こいつが落ちないかを見ておいてくれ」

「わかりました」


 同じく馬車と並走をしていたトアが、アルに声をかけられて了承する。


 彼女も似たり寄ったりの速さで走っていた。

 馬車の中から見た時は、そんな余裕もなかったけれど、目線が地面に近づいたからかすごく速く感じる。


 そういえば世界最大種と言われるコモドオオトカゲも、短距離なら猛スピードで走ることができると聞いたことがある。ルザリドはそれともちろん同じではないけれど、素早く走れても疑問はない。


 というか、この走ってるときの手足の動き……イイッ。


「落ちたいのか」

「いいえ、すみませんっ」


 何かを察したアルの言葉を、私は必死で否定する。



 生殺与奪の権利を握られた状態では、トカゲ愛の発動も命がけである。


 

 

 

 

 





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