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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
12/41

「二人の関係が気になります」

 ピューレさんとは別れ、なんだか疲れたので今日はもう部屋でゆっくりすることにした。


 今、部屋の中には私以外、トアしかいない。レンは夕食の片付けに行ったし、ジャステインはシャワーを浴びに行っている。


 そうそう、この国には湯船につかるという文化がない。

 日本人の私としてはすこし物足りないけれど、一応シャワーはある。

 ルザリドの一般的な感覚としては、朝と晩の日に二回浴びるんだって。

 お湯じゃなくて水だけど、気温が年間通して高いここでは問題ないらしい。


 王城の一階にシャワー室はあって、王城に住んでいる人は、そこに入りに行く。

 イメージとしてはプールのシャワーみたいな感じかな。

 一応一つのシャワーごとに区切られてるんだけど、着替えたりする場所は共同みたい。あ、一応男女は分かれてた。


 ヒューモスである私が下手な混乱を起こさないように、私は早めにさっき食事の前に使わせてもらった。

 石鹸のような泡立つ木の実はあったけれど、シャンプーリンスがなかったので、髪の毛がすこしごわついている気がする。


 クシで念入りに梳いたけど、明日も寝癖がひどいんだろうなぁ。


 私は今日の朝の格闘を思い出し、すこしうんざりした。


 あまり髪の毛は長くないけれど、やっぱり女の子としてせめてリンスは欲しい気がする。

 まあ、無いものは仕方ないけれど。


 日が落ち、部屋が点灯し、夕食(……虫ありだよ、もちろん)を取ってベッドでゴロゴロしていると、ふとバルコニーの方が気になった。


「あれ?」


 昨日は食堂から戻ってきたら、バルコニーに通じる窓のカーテンが下ろされていたので気付かなかった。

 けれど今、窓の外の空は暗いのに、地上はやけに明るいように見える。


 私はトアに声をかけてから、バルコニーに向かう。

 靴を履くか迷ったけれど、素足のまま窓を開けて外にでた。


 夜の風に、まだ湿ったままの髪が揺れる。


「うわぁ、ライトアップみたい」


 私はバルコニーから見下ろした景色に、すこし感動した。

 昨日見た夕暮れの景色も、あれはあれで綺麗だった。

 異国情緒あふれる、という表現が正しいかはわからないけれど、日本ではない街並みというものを実感した。


 けれど今、その街並みが発光している。


 空には月が一つ浮いていて、日本の夜空よりも星は多く見える。

 その月の下で真っ白な四角い建物が、それぞれに白く光っているようで、星空よりも明るいぐらいだ。

 今いる王城も、外壁が淡く光っていた。


「このエンフォーレの町の建物は全て、夜になると光を放つんです」

「王城だけじゃなかったんだね」


 今更だけれど、今いる場所はエンフォーレという地名らしい。

 トアが前に説明してくれたことだった。


 後ろから私の感動へ説明をしてくれたトアに、私はそう言いながらしばらく街並みを眺めた。


 街灯なんて全然必要じゃない。

 建物の外に出ているルザリドを建物から発されている光が照らしている。


 ルザリドが集まっている場所が数か所あるのがわかった。

 お店の様で道沿いにテーブルもあって、そこで騒いでいるルザリドも多かった。

 おそらく飲み屋さんなのだろう。

 昼ほど明るいわけではないけれど、往来にはまだたくさんルザリドがいるみたいだ。


「昨日、寝るときはまだ明るかったから、ベッドの天蓋の布を下ろして寝たけど、朝はもう消えてたじゃない?

 いつこの発光が止むの?」


 しばらくそんな風景を見ていて疑問に思った。

 夜が明るいのは行動しやすくていいけれど、寝るのには不向きだ。


「時期にもよりますが、今なら鐘三つで発光は治まります」

「鐘三つ?」


 私がそう聞き返すと、トアが「ほら」と言った。


「今、鐘がなっていますでしょう?」

「…………。ごめん、私には何も聞こえない」


 おそらくは聴覚の違いなんだろう。

 何度となく実感するそれに、私は白旗を上げる。


 私には少し聞こえてくる夜の街の喧騒と、風の音、そしてどこかで小さな虫が鳴いているような音しか聞こえない。

 気づいたようにトアは私に謝った。


「申し訳ありません、失念しておりました。

 ここから見える位置に、一つだけ高い塔がございますでしょう?

 あの塔では一日の天体の動きを観測しています。その結果から一日を十五に区切り、区切られた時間の度に鐘を鳴らしているのです」


 トアの話をまとめると、ここから見えるあの塔は時計台のようなものらしい。

 私の世界の時計のように短針や長針はないけれど、一定時間ごとに塔にいるルザリドが鐘を鳴らすことで、エンフォーレにいるルザリドに時間を知らせているという。


「一日を十五ってことは二十四割る十五だから……、あれ? その前にこの世界が一日何時間かわからないや」


 私はぶつぶつ言う。

 それでも一日の時間が私の体感ではそれほど変わらなかった点から推測すると、鐘一つ鳴る度にだいたい一時間半ぐらいは経っているということになるんだろう。


 トアが言うには建物が光始めてから、今鳴ったという鐘が一回目らしい。

 なのであと3時間ぐらいはこのまま明るいのだろう。


 夜風に吹かれて冷えた髪が顔にあたる。私は少し冷えたのか、体を震わせた。


「サラ様、お客様です」


 ちょうどその時、バルコニーに出てきたレンに声をかけられた。いつの間にか戻ってきていたらしい。

 私は夜の景色を名残惜しく思いつつも、部屋へと向かう。


「それにしてもこの光って、どういった仕組みなんだろう?」

「私も詳しくは……、今度リーゼにでも聞いておきます」

「なんでリーゼ?」

「魔法陣と建物を建てる際に使用した特別な材料のために、こうして光っている聞いたことがありますから。

 リーゼは魔術長補佐ですから、きっと知っていると思いますし」


「そういえばリーゼとトアって知り合いなの?」


 そんな話をしていると、ふと食堂での一幕を思い出した。

 エンセルさんに押し付けられたスパッダの皿を、困ったように持っていたリーゼからトアが受け取ってエンセルさんに返していた。

 なんとなく二人は面識があるような気はしていたけれど、実際に話しているのは見ていない。


「あら、アルベルト様」


 バルコニーから入ったトアが、そう声を上げる。

 私はトアの後ろから出ると、確かにアルが部屋の中に立っていた。


「勝手に入らせてもらった」


「こんばんは、アル」

「ああ」


 胸に手を当てて挨拶すると、アルはそれだけを返した。

 私がじっと見ていると「なんだ?」と言う。


「アルも胸に手を当ててよ~、せっかく覚えたんだから使える人には使いまくってるとこなんだから」

「なんだそれは」


 理解不能だと言いたげに首を振るアル。


 だってさ初めて覚えた英単語とかってさ使いたくならない?

 なんとなく私は十二の英語であるトウェルブって語感が気に入って、トウェルブオクロックとか、トウェルブサーティとかってよく意味もなく言ってたよ? 主に十二時台に。


 まあそんな小さいことは良いとして、私は別のことを口にした。


「ところでアル、何持ってるの?」


 ずっとアルは左わきに布袋を抱えていた。私の指摘にアルはその袋をテーブルの上に置く。


「エンセル様からだ。お前に必要だろうと預かってきた」


 袋の口をこちらに向けてくれたので、開けてもいいらしい。

 私は袋を手に取る。


「あ、靴だ」


 正直、驚いた。


 中に入っていたのでは獣の皮をなめしたような茶色い生地でできた、どこか民族衣装のような雰囲気のある丸みのある靴だった。

 私は靴のかかとを掴んで袋から取り出すと、床に置いて足を入れてみる。

 少し大きかったけれど、三つ交差している靴紐を締め上げれば十分履けるサイズだった。

 足首の部分がすこしくびれていて、ショートブーツといったほうが正しい気もする。


 靴を履いた状態で下半身を眺めてみると、良い感じだ。

 今はトアが用意してくれたスカートとシャツとベストのアンサンブルを着ているのだけれど、柔らかな色合いの服とよく合っている。


 ちなみに私がこの世界に来た時に着ていた制服は、トアが棚にしまってくれてるので、帰るときはそちらに着替えようと思う。


「靴なんてこの国にあったの?」


 私はひとしきり見て満足した後、この靴を持ってきてくれたアルに聞いた。


 私がこの二日間見たルザリドは誰も靴を履いていなかった。

 もちろん今も、トアやアル、それにレンも素足だ。


 ルザリドの足は人の足とは違って、足の指が長い。

 しかも薬指が一番長くなっている。

 今日の練兵場でのルザリドたちの動きでもわかった通り、その足と手である程度の壁は自由に貼り付けるらしい。


 その爬虫類的な足にも、私は両手をワキワキさせてい……コホン。

 とにかく靴を履くような足ではないのだ。


 アルは困ったようにトアを見たけれど、トアも首を横に振った。


「わたしも存じません」

「だな。ルザリドには確かに必要ないものだ。

 あの方がなぜ、それを持っているのかわからん」


 エンセルさんには謎があるようだ。


「まぁでも、素直にありがたいよ。

 私の靴、今日結構汚れちゃったから」


 そう言いながらもともと履いていた靴をアルに見せる。


 学校指定のローファーで、毎日履いてるから最初からそんなにきれいじゃなかったんだけど、今は砂がいたるところについてしまっている。

 叩いても元が黒いので細かい砂が残っていると目立つ。


 アルは目を細めた。


「なぜ一日でそんなに汚れてるんだ?」

「なぜと言われると、練兵場に行ったからだと思うんだけど」


 部屋や廊下と違って、練兵場では地面が砂のようだったから、すこし歩いただけなのに、ずいぶんと汚れてしまった。

 ピューレさんのところでは気付かなかったけれど、部屋に帰ってくると随分と汚れているのに驚いたものだ。


 アルにそんな説明をしつつ、私はため息をついた。


「トーカスハさんって、すごいルザリドだね。

 一人であんなたくさんのルザリドを相手にしちゃうんだから」

「……まぁな」


 アルは同意してから、こんな話をしてくれた。


 トーカスハさんが現役のころから、彼に勝てるようなルザリドはいなかったのだと言う。

 平均的なルザリドの運動能力などの面から見ても、普通のルザリドでもヒューモス五人程度なら軽くあしらえるらしい。

 けれどそれが十人になってくると、数の暴力でヒューモスが圧勝する。


 それはトアの力や、壁や天井に貼り付けるルザリドの兵を見ていたので、それほど驚く数字ではないと思う。

 ヒューモスはあんな棒を軽々振り回せないし、壁や天井に張り付いたりできない。


 その上でトーカスハさんの武勇伝にはこうある。

『三百人のヒューモスを一人で相手取り、一日で血祭りに上げた』

 詳細はいろいろあるらしいけれど、ほぼ概ね事実はこの通りらしい。


 …………つよっ。


 私はあの美しい舞のような動きの滅茶苦茶さに驚いていた。


「あんなに綺麗なのにすごいねぇ」

「やはりお前は変わってるな」


 軽く息を吐き出しながら、アルはそんなことを言った。


 ……? 今の感想のどこがおかしかっただろうか。


 私は首をひねりながら「それにしても」と続けた。


「ピューレさんも実力者っぽかったし、もしあの二人に子供とかがいるんなら、どんなルザリドなんだろうね」


 私がそう言った途端、ガンとすごい音がした。

 慌ててその音がした方を見ると、レンが棚の傍で蹲っていた。


「だ、大丈夫?」

「……は、い。し、失礼、しました……」


 私がレンの傍によると、そう答えが返ってきた。

 けれどその声は痛みをこらえているように弱弱しい。


 私はレンの様子を観察すると、右足の薬指を押さえているのが目に入った。

 そして目の前には棚。


 ああ、これは痛い。

 私は想像がついて思わず、足の指をギュッとする。


 タンスの角とかに小指をぶつけたら、あれって痛いよねぇ。


 ルザリドは足の指が薬指が一番長いので、小指ではなく薬指をぶつけたんだろう。

 しかもあの痛みって外傷はないのに、かなり長い間続くんだよね。


 私はレンの傍にしゃがみ込んだまま、トアへと視線を向ける。

 彼女は首を少しかしげるようにして、私を見ていた。


「サラ様、もしかして本当に気付かれてないんですか?」


 何を?

 私がそう聞く前に、アルが口を開く。


「悪かったな」

「へ?」


 アルはそれからの言葉を言いにくそうにした。


「…………」

「え?」

「……れだ」

「なに?」


 ルザリドなら聞こえるのかもしれないけど、すっごい小声で何か言われても私にはわからないよ。


 私がもっと大きな声で言ってくれるようにお願いすると、アルは私を睨んだ。


「あの二人の子供は俺だ」


 ………………………


「えええええええええええええええええええっ」

 私は心の底から驚いた。


「いや、だって、え、えええええ?」


 何と言っていいのかわからなかったけれど、しばらくして混乱が治まってくるとトアが口を開いた。


「ルザリドは親の名前をもらうとお話ししたではありませんか」

「………アルの名前って」


 私がアルをうかがいながら言うと、彼は嫌そうな溜息をつきながら答えた。


「アルベルト=トーカスハだ」


 すみません、忘れてました。


 私が謝ると、トアが舌をシュルシュルと鳴らしながら言った。


「ほんとうにアルベルト様はトーカスハ様にそっくりですよね」


 え、そうなの?


 私はまじまじとアルの顔を見つめた。

 けれど似てると言われれば似てるような気がするぐらいだ。

 鱗の形も色も全然共通点がない。

 もしかするとヒューモスにはわからないだけで、ルザリドから見れば彼らはそっくりなのかもしれない。


 そんな私の視線をアルが嫌そうにするので、私はとりあえずこう言っておいた。


「え~と、……がんばれ」

「何をっ?」


 まあいろいろだよね。

 私は曖昧な笑みを浮かべておいた。





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