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第7話 壊れていない手と、直せる道具

 魔狼の魔石を買った商人は、砦の水桶を見て驚いた。


「水を売ってもらえるとは思わなかったね」


 マルタさんは、荷車二台を率いる女商人だった。

 山道に詳しく、砦がまだ機能していたころから取引しているという。

 今日も干し肉と塩を持ってきたが、こちらが買えないなら南の町へ回るつもりだったらしい。


「水は売りません。旅の途中で使う分なら、どうぞ」

「それはありがたい。代わりに、こっちも教えてあげよう。今、町でいちばん困ってるのは工具の修理だ」


 古代品だけでなく、鍬や鋏も壊れる。

 町の鍛冶屋は武具を優先している。農具を直してもらうには、何日も待つ必要があるという。

 ちょうど俺たちも、鍛冶師が欲しかった。

 マルタさんは少し考え、荷車の後ろを指した。


「声をかけるなら、あそこにいる」


 荷台に、髭の長いドワーフが座っていた。

 膝には立派な槌がある。

 ただ、右手は布で巻かれていた。


「ボルド。昔はいい職人だった。今は、乗せてもらうだけの荷物だ」


 本人が先にそう名乗った。

 俺は荷台のそばへ寄った。


「昔の怪我ですか」

「右の握りが弱い。槌がすっぽ抜ける。おまえは何でも直せると聞いた」

「物だけです。生きている人には使えません」


 言うと、ボルドさんは少しだけ目を伏せた。

 その仕草を、見なかったことにはできなかった。

 かといって、治せないものを治せると言うのも違う。


「槌を握って見せてもらえますか」


 彼は俺を見た。


「診るのか」

「道具を、どう使っているか知りたいんです」


 ボルドさんはゆっくり槌を持った。

 親指の付け根へ力を入れると、手首が外へずれる。腕は持ち上がるし、槌を振り始めることもできる。

 握りが抜ける瞬間だけを、道具が支えられないだろうか。


 俺は自分の工具箱から、革の端材を出した。

 持ち手に滑り止めを巻き、手首へ回す帯を作る。

 それだけでは足りなかった。

 今度は荷車の金具を使って、手の甲へ沿う枠を曲げる。


「指を締めつけるのは、嫌ですね」

「当たり前だ」

「じゃあ、握りを全部任せるのではなく、抜ける方向だけ止めます」


 ボルドさんは、俺の描いた図を見た。

 しばらく黙ってから、左手で炭を取った。


「この留めは、熱くなったとき外れん。逃げを作れ」


 図が直された。

 俺では思いつかなかった位置に、外せる金具が増えた。


 急いで作ってはいけないものだった。

 翌日までマルタさんに待ってもらい、二人で寸法を調整した。

 小さな炉も、兵舎の裏へ仮に置いた。


 最初に打ったのは、井戸の取っ手に付ける釘だった。

 ボルドさんが槌を上げる。

 鉄を打つ音が一つ。

 もう一つ。

 五回目で止まり、帯をゆるめる。


「痛みますか」

「いや。……ここの当たりを、もう少し浅くしろ」


 革を削った。

 十回打つ。

 釘の頭が、丸く広がった。


 ボルドさんは槌を置き、右の掌を長く見ていた。

 傷がなくなったわけではない。若いころと同じように働くこともできないだろう。

 それでも、釘はここにある。


「おまえの砦に、鍛冶場はあるか」

「あります。屋根は直せます」

「炉のことは、俺が見る」


 俺たちは握手しようとして、互いに手を止めた。

 ボルドさんが先に笑い、左手を差し出した。


 マルタさんはそれを見ながら、紙に何か書いていた。


「次からは、壊れた農具も持ってくる。料金表を作っておきな」

「まだ、どのくらい直せるかわかりません」

「見てから値をつければいい。町で捨てるよりはましだろうさ」


 仕事の最初の注文は、三本の鍬と一丁の鋏だった。

 俺はそれを、両手で受け取った。

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