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第6話 戦闘スキルはありませんが、門なら直せます

 魔狼は、森の狼よりひと回り大きかった。

 灰色の背から、薄い煙のようなものが立っている。

 崩れた門の外に、五つの影が見えた。


 兵が槍を並べる。

 エステルさんが、片手で俺を後ろへ押した。


「領主様は兵舎へ」

「門の落とし格子、まだ残っていますよね」


 門の内側に、曲がった鉄の格子が吊られていた。

 鎖が片方だけ引っかかり、半端な高さで止まっている。今まで直す道具がなく、放置されていたものだ。


「下ろせれば、隙間を塞げます」

「できるのですか」

「見てから決めます」


 彼女は一瞬、俺の顔を見た。

 それからダンさんに、門の操作室へ案内するよう命じた。


 階段を上る間に、狼が一頭飛びかかった。

 槍をくぐり、兵士の脇へ入る。

 エステルさんの靴の下で、淡い光が弾けた。

 姿がずれたように見え、次の瞬間、狼は門の外へ叩き返されていた。

 身体強化。

 剣を使うところを、初めて見た。


 操作室の巻き上げ機に触れる。

 歯車の軸に、折れた楔が挟まっていた。

 鎖自体は切れていない。

 ただ、楔を抜けば急に落ちる。人が下にいたら危険だった。


「ダンさん、落とす前に合図をください」

「わかった。だが、下で耐える時間は長くない」


 俺は鉄の爪を差し込み、楔を引いた。

 動かない。

 錆の層をやすりで削り、もう一度。

 下で甲高い鳴き声がした。

 焦って工具を押し込もうとして、手を止める。

 先に反対側を支えないと、指ごと持っていかれる。


 余っていた鉄棒を固定し、巻き上げ機の重さを受ける。

 ダンさんが汗を拭かずに、その棒を押さえてくれた。

 俺は両手で楔を抜いた。


 歯車が、少し回る。


「動きます!」


 ダンさんが窓から叫んだ。

 兵たちが二歩ずつ退き、エステルさんが最後に門の内側へ滑り込む。

 俺は制動具をゆるめた。

 鉄の格子が、重い音を立てて落ちた。


 直後、狼の鼻が格子にぶつかった。

 頭は通らない。

 隙間から槍を出せば、こちらが飛びかかられることもない。

 狼は二度、三度と走り回り、やがて森へ引き返した。


 エステルさんが倒した一頭だけが、門の前へ残っていた。

 俺は階段を下り、その横で足を止めた。

 切り傷や骨折を診断することはできない。

 額へ目を向けても、青い線は一つも浮かばなかった。

 人にも獣にも使えないと、神殿で聞いた通りだった。


「怪我は?」


 エステルさんが皆を見回す。

 兵士の一人が腕を浅く切っていたが、歩けない者はいなかった。

 彼女はその場で息を吐いた。

 俺も、ようやく自分が息を詰めていたことに気づいた。


「下ろせたら勝てる、とわかっていたわけではないんです」

「それでも、私たちは助かりました」


 彼女は門を見上げた。

 昔の砦は、こうして使うものだったのだろう。

 戦う人が戦えるように、設備が支えていた。


 その夜、落とし格子をもう一度上げ、正常に止まるか確かめた。

 繰り返しても、左右の鎖は同じ速さで動く。

 今度は操作方法も、兵士たちに覚えてもらった。


 狼から取れた魔石は、次の商人に売ることになった。

 食糧の足しにはなるという。

 しかし、狼が集まる回数は近ごろ増えているらしい。


「冬前ならわかるのですが、今はまだ初夏です」


 エステルさんが眉を寄せた。

 門の外にある石には、古い黒い筋が残っていた。雨で流れた跡ではなく、油が染み込んだような色だった。

 試しに削ると、小さな光がぱちりと跳ねた。


 俺は削った石を袋へ入れた。

 魔狼の足跡は、その黒い筋の近くにいくつも重なっていた。

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