↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/30

第3話 半日かかる水汲みを、十歩に縮めました

 井戸は、広場の隅にあった。

 石の蓋が置かれ、周りには草が生えている。


「十年ほど前から水が出ません」


 エステルさんが蓋を外す。

 普通の井戸なら桶を下ろせるが、ここには細い管と鉄の筒しかなかった。

 古代の揚水器だった。


 筒に触れて、呼吸を数える。

 青い見取り図の底に、まだ使える水路が示された。

 井戸が涸れているのではない。


〈吸水弁 閉止状態で固着〉

〈伝達歯車 欠損〉


「水はあります。汲み上げるところが壊れています」


 周りにいた人たちが、一斉に井戸へ寄った。

 俺は両手を上げた。


「まず開けます。出ると決まったわけではないので」


 鉄の蓋を外すには、男四人の手が要った。

 内部は赤茶色の粉で埋まっている。砦へ来る途中で買った油を少しずつ落とし、固着した弁を揺らした。

 砕けた歯車は使えない。

 だが元の動力は蓄魔石で、石も空だった。そこを全部直すより、今日は人の力で回したほうが早い。


 俺は見取り図を板へ写した。

 ダンさんが図を指でなぞる。


「ここを引けば、水が上がるのか」

「この棒をつけたら。手の力が伝わるようにします」


 捨てられた荷車の車軸を切り、木の握りを付ける。

 接合に魔力を使うと、こめかみが熱くなった。

 二度目の接合で、手が少し震える。

 スキルに修理の力が付いているわけではない。俺の魔力量も、昨日までと同じだった。


「少し休みます」


 そう言うのに、わずかに勇気が要った。

 前世では、止まった設備の前で休むたび、誰かの苛立った顔が気になった。

 エステルさんは何も言わず、椅子を持ってきた。

 その間にダンさんたちは、俺の図を見ながら木枠を組んでくれた。


 昼前、仮の揚水器ができた。

 俺が握りを下げる。

 重い。

 もう一度。

 管の中で、空気がごぼごぼ鳴った。

 三度目で、口から茶色い水が噴き出した。


「出た!」


 女の子が駆け寄ろうとして、母親につかまった。


「まだ飲めません。最初の水は捨ててください」


 桶を替えながら、何度も握りを動かす。

 水は少しずつ澄んだ。

 それでも、そのまま口にするのは怖い。砦に残っていた浄水用の試薬をエステルさんが持ってきて、調べてくれた。

 飲み水用は火にかけ、作業用は別の桶に入れることになった。


 誰かが手を洗った。

 次に、二人が顔を洗った。

 やがて広場に、濡れた布を絞る音が増えた。


「この音、久しぶりだわ」


 女の子の母親が呟く。

 俺が見ると、彼女は水のついた手で口を覆った。


「すみません。服が洗えると思ったら」


 謝られるようなことではなかった。

 俺は返事を探して、結局、桶を彼女の前へ寄せた。


「今日は、たくさん使ってください。取っ手が重いので、そこだけ交代で」


 夕方、沢へ出るはずだった人たちが、畑の柵を直していた。

 水汲みで一日を使わずに済んだからだ。

 子供たちは広場へ小石を並べ、家から井戸までの歩数を数えていた。


「うちは十歩!」

「うちは十八歩だよ」


 昨日の女の子はトトという名前だった。

 彼女が濡れた指を十本広げると、エステルさんが笑った。

 初めて見た、気を抜いた笑い方だった。


 俺は井戸の横へ、点検する場所を書いた札を置いた。

 木枠のぐらつき、握りの割れ、管からの水漏れ。

 壊れてから俺を探すより、先に見てくれたほうがいい。


「領主様、明日も水が出ますか」


 トトに聞かれた。


「ちゃんと手入れをしたら」

「私も見ていい?」

「見る係なら。ただし蓋を開けるのは大人の仕事」


 彼女は真剣な顔で頷いた。

 小さな検査員が、さっそく木枠を覗き込む。


 その後、使わない鉄屑を運ぶため、広場の奥の倉庫を開けた。

 暗い部屋の中央で、巨大な人の形が膝を抱えていた。

 石の肩に、古い数字が刻まれている。

 八。


 俺は油のついた指で、その数字を拭った。


「……君も、壊れているだけなのか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。