第27話 父が欲しかった息子と、俺が選ぶ仕事
父が砦へ来たのは、初雪のあとだった。
大きな馬車ではなく、小さな荷車に乗っていた。
荷台には、修繕用の金属と木材がある。
賠償の一部として納める品だった。
俺は受け取る数を、ボルドさんと確認した。
父は横で待っていた。
数え終わっても、家へ入ろうとしなかった。
「少し、話せるか」
俺は頷き、井戸のそばへ案内した。
広場には、子供たちが作った小さな雪の山があった。
トトはその向こうで、新しい看板の字を塗っている。
父は井戸の握りを見た。
以前来たときは、そこへ触れもしなかった。
今日はゆっくり下げ、水が出るのを確かめた。
「これを、最初に直したと聞いた」
「屋根の次です」
父は頷いた。
手を離し、濡れた指を拭く。
「私には、見えていなかった」
俺は黙って続きを待った。
「戦う力がないなら、家を支えられないと考えた。おまえが直すものは、小さな道具ばかりだったからだ」
父は工房の明かりを見た。
「だが、私はこの砦を見捨てた。おまえは、使えるようにした」
謝罪は、短かった。
父は言い直したり、国のためだったと付け足したりしなかった。
それは、昔の父ならしなかったことだった。
ただ、俺が今まで気にしなかったことになるわけではない。
授能証を投げられた音も、部屋を出るときの兄の顔も覚えている。
砦の人々の報告が届いていたのに、何もされなかったことも。
「今すぐ、前と同じように話せるとは思いません」
俺はそう答えた。
父は一度、目を閉じた。
「そうだろうな」
「でも、次に話すことはできます。納めた資材をどう使ったか、報告します」
父はようやく俺を見た。
俺の手には、油の落ちない跡がある。
父はその手へ触れず、言った。
「おまえの仕事を、今度は読む」
母は父と一緒に帰ることにした。
隠した帳面の写しを出したことを、取り消すつもりはないと先に伝えていた。
それでも二人で話したいことがあるらしい。
リーネは冬のあいだ、砦で過ごす。
母がその希望を認め、父も頷いた。
妹は俺へ、服の繕い方を教えると言った。
「まだ直ってないんだもの」
「壁を先に直していたんだよ」
「服も、今ここにあるわ」
俺は反論できなかった。
王国からの正式な認可が来たのは、父の訪問から数日後だった。
黒鐘は、ヴァルト家の管轄を離れた直属領として認められる。
俺の所有権と領主の地位を確認し、古代設備の安全点検は王国と共同で続ける。
住人と職人が受けた被害には、賠償金が振り分けられた。
認可書の別紙には、砦の防衛について記されていた。
確認された王国内の居住拠点で、黒鐘の守りは最上級と評価する。
戦いを望む文言ではなかった。
住んでいる人が、ここで暮らし続けるための評価だった。
「領主様、王都へ呼ばれる仕事が増えますね」
エステルさんが、少し心配そうに言った。
「増えそうです」
「行かれますか」
「必要な話し合いには。でも、工房はここに置きます」
彼女の顔が、少し明るくなる。
その変化を見て、俺も嬉しくなった。
こんなふうに誰かの表情を気にするのは、工具の不具合を探すのとはずいぶん違う。
彼女は認可書を折らず、丁寧に箱へ入れた。
窓の外では、雪をかぶった鐘が風に揺れている。
俺は次の春にも、ここであの鐘を見るつもりだった。




