↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/30

第25話 最強の街は、敵だった人も守ります

 虚食獣は、透明な膜の上を歩いた。

 脚が動くたび、主炉の第二環が強く光る。

 俺は外壁へ出力を送り、揺れが大きくなりすぎないよう調整した。

 生き物の動きを診断できるわけではない。

 どの方向から次が来るかは、壁の上のエステルさんが教えてくれる。


「南へ回りました。次、工房側です!」


 合図を聞き、その側の支柱へ力を回す。

 古代の装置は、触れただけで全てをやってくれる便利なものではなかった。

 こんな負荷を受けるときは、人が見て、人が判断する必要がある。


 広場にあった黒い滓が、薄い糸になって第三環へ入っていた。

 俺たちが取り切れなかった分だ。

 流路を一気に開けば早く消せるが、濃いまま地中へ送ると、また別の場所へ獣を呼ぶ。

 アイナさんが記録を読み上げ、俺が量を少しずつ変えた。


 虚食獣が、口に似た穴を大きく開いた。

 空の一部が吸い込まれるように歪む。

 膜の上で、青い光が細く伸びた。

 こちらの魔力を引き出そうとしている。


「第二環を上げれば、押し返せますか」


 見習いが聞いた。

 俺は、上げかけた手を止めた。

 出力を増やすほど、外へ漏れるものも増える。

 相手は、それを食べる。


「今の厚さを保ちます。必要な分だけ」


 力で押し切る戦いなら、もっと強い攻撃魔法の使い手がいただろう。

 俺にできるのは、装置が正しく働く状態を続けることだった。

 壊れた流路を戻し、余ったものを溜め込ませない。

 それは、前世で何度もやった仕事に近かった。


 門の内側で、父が負傷兵を支えていた。

 兄は水桶を運んでいる。

 母と目が合ったらしい。二人とも言葉を交わさず、桶を受け渡した。

 ヴァレスは武器を外され、巡察官の兵に見張られていた。

 局長も同じ膜の内側にいる。


「彼も、中に残すのですか」


 ミレイユさんが俺へ確認した。


「はい。事情を話してもらわないと」


 それ以上の格好いい言葉は出なかった。

 外へ追い出して、この獣に殺させる理由はなかった。

 誰が何をしたかは、人が調べて決めればいい。


 炉の台が、静かになり始めた。

 黒い糸が減る。

 第三環の流れも、だんだん細くなった。

 砦の周りに、食べられるものが残らなくなってきたのだ。


 虚食獣は何度か膜へ脚を当てた。

 長い影が、塔の窓を横切る。

 そのあと、ゆっくり向きを変えた。


 山へ戻っていく。

 黒い翼が谷を越え、来たときに押し倒した木の間へ下りた。

 最後に地面が小さく震え、影が見えなくなった。


 俺は始動盤から手を離さなかった。

 まだ戻ってくるかもしれない。

 エステルさんが外を確かめ、アイナさんが流路の値を見て、ミレイユさんの兵も山を見た。

 皆が同じものを見なくなって、ようやく出力を平常まで下げた。


 鐘が、一度鳴った。

 避難を解くためではない。

 まず、危険が遠のいたと知らせる音だ。


 俺はその場へ座り込んだ。

 見習いが始動盤の隣へ来て、平常時の表示を確認する。

 俺が立てなくても、炉は動いていた。


 エステルさんが塔へ入ってきた。

 頬に石の粉がつき、髪の紐は片方ほどけている。

 彼女は俺の前へ膝をついた。


「終わりました」


 俺は頷こうとして、うまく動けなかった。

 代わりに手を上げる。

 彼女が、その手を両手で包んだ。


 広場から、少しずつ人の声が戻ってきた。

 自分の家が残っていると確認する声。

 家族を見つけて呼ぶ声。

 知らない兵へ、水を渡す声。


 俺は窓の向こうを見た。

 壁には穴がある。門は焦げた。ハチの腕も、外に置いたままだ。

 修理は、まだ終わっていない。

 それでも、ここにいた人たちは屋根の下にいる。


「砦は、持ちましたね」


 俺が言うと、エステルさんが息を吐いた。


「はい。私が見た中で、いちばん強い守りでした」


 彼女の声が、最後のところで少し震えた。

 俺は握られた手を動かし、今度は自分から握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。