第14話 領主の秘術は、広場で公開しています
初めての市を開いたのは、秋の麦が色づくころだった。
砦の広場へ、赤と青の布が張られた。
ミナさんのパン。姉妹の染めた布。ゼンさんの小さな椅子。
マルタさんが持ち込んだ塩と陶器。
工房の前には、俺とボルドさんの修理机が並ぶ。
町から来た客の一人が、俺の授能証を見た。
「故障診断? 珍しい名前だね。何ができるんだい」
「壊れている場所を調べられます」
「直るわけじゃないのか」
「直すのは、そのあとです」
客は少し首を傾げ、壊れた魔導鍋を置いた。
熱を出す部分は無事だったが、温度を一定にする小さな板が欠けている。
このまま動かすと、中身が焦げる。
「板の交換が必要です。似た部品は工房にあります。料金は銅貨六枚」
「お願いします」
俺は蓋を外し、横にいる見習いへ不具合の場所を見せた。
砦へ移ってきたゼンさんの親戚で、金属細工を覚えたいという青年だ。名前はフィン。ボルドさんにもよく質問に行っている。
診断の結果を図にすれば、彼にも見える。
部品を削る作業はボルドさんが確認した。
俺一人で全部をやるより、ずっと早かった。
少し離れたところで見ていた男が、眉を寄せた。
別の町の道具屋だった。
「秘術を、そんなふうに見せていいのか」
「秘術?」
「真似をされたら、注文が減るだろう」
俺は机の前を見た。
鍋の次は照明具、その次は荷車の留め具。
全部を今週中に直せるか、怪しい量だった。
「真似できるなら、何人か直してくれると助かります」
男は、俺をかなり不思議なものを見る目で見た。
ボルドさんが槌を置いた。
「こいつは、壊れた物を探すより、自分の手が足りなくなるほうを心配しとる」
「実際に足りません」
彼が笑い、道具屋の男もつられた。
男はしばらく作業を見てから、温度板の寸法を写して帰った。
その代わり、自分の町で作っている小さな留め具を分けてくれた。
来月は、数を揃えて持ってくるという。
昼過ぎ、ハチの周りに人が集まった。
重いものを持つところを見たいらしい。
だが、今日のハチには別の仕事があった。
『パン、搬送』
大きな木箱を持ち、台所から露店へ運ぶ。
箱には、ふわふわのパンがきれいに並んでいた。
砕いたり押しつぶしたりしないよう、ミナさんが何日も教えた成果だ。
客が拍手すると、ハチは少し止まった。
『追加作業、確認』
「拍手は、仕事じゃないよ」
トトが説明した。
ハチはその説明を聞いてから、低く頭を下げた。
さらに拍手が増えて、仕事がちっとも進まなかった。
夕方、エステルさんが見回りから戻った。
髪を結ぶ紐が、いつもの黒から青に変わっていた。
俺が見ていると、彼女は照れたように髪へ触れた。
「染め物の姉妹が。市の日くらいは、と」
「似合っています」
言うと、彼女は次の言葉を忘れたようだった。
俺も、妙に工具の置き場所が気になった。
市が終わったあと、広場に座って皆で余りのパンを食べた。
修理の売上も、露店の売上も、今まででいちばん多かった。
けれど、それ以上に人の声が残った。
誰かが次は冬の品を持ってこようと言い、別の誰かが宿を広げようと言う。
門のそばで、ダンさんが俺を呼んだ。
新しい荷車が到着していた。
荷台はない。
磨かれた黒い馬車に、ヴァルト家の紋章がついていた。




