第13話 黒鐘砦は、敵を倒すための砦ではありませんでした
マルタさんが王都から戻ったのは、地下へ入った四日後だった。
荷車には食糧と金属が積まれていた。
それから、眼鏡をかけた女性が、箱を抱えて座っていた。
「アイナです。古代の居住施設を研究しています」
挨拶より先に、彼女は俺の背後のハチを見た。
「……動いている」
「この前、直しました」
「中を見せてもらっても?」
荷車を下りる動きが、急に速くなった。
俺はまず部屋へ案内し、荷物を置いてもらった。
学者も、旅をすれば疲れるはずだ。
アイナさんは座っている間も、窓の外を何度も見ていた。
彼女が持ってきた古い図録と、地下の記録板を並べる。
何枚かは、同じ記号が使われていた。
俺が診断で読めるのは、今の部品の役割や、正常な状態との違いだけだ。
建てた人が、なぜそれを必要としたかまではわからない。
そこを、アイナさんが少しずつ読み解いてくれた。
「黒鐘は、洗う装置です」
彼女は三つの環を指した。
俺はその言葉の意味を聞き返した。
「魔力を使うと、少しずつ滓が残ります。普通の火の魔法程度なら、空気や地面へ散ってしまう。でも、大きな設備を続けて動かしたら」
アイナさんは、記録の黒い影に指を移した。
「濃い滓を好むものが、集まります」
「魔狼も?」
「反応する獣は、何種類かいるようです。この大きいのは、虚食獣と記されています」
地下深くで眠り、濃い魔力の滓が出ると地上へ現れる。
飛ぶ姿が黒い翼に見えるため、古い物語では夜を食べる鳥と呼ばれていたらしい。
ただ、鳥ではない。
巨大な魔獣だった。
彼女は山の断面図を机へ広げた。
砦は、水だけでなく、地中へ魔力を返す流路の上に建っていた。
主炉は、地中を巡る自然の魔力を汲み上げていた。大きな蓄魔石を使い捨てる方式ではない。
第一環は汲む量を調整し、第二環は壁を守る。
第三環は使った魔力の滓を集めて、薄めながら地中へ戻す。
どれか一つを欠けば、大きな設備を長く動かせない。
俺は門の外で拾った黒い石を出した。
アイナさんは包みを開き、短い杖で表面を確かめた。
「これが滓です。長いあいだ、流し戻せなかったのでしょう」
砦の外に魔狼が集まる理由が、ようやくつながった。
俺たちは捨てられた水道や工房だけを見ていた。
もっと大きな設備が、街の安全を支えていたのだ。
マルタさんが、登記所から取った写しを出した。
主炉は、二百年以上前に王国が管理を引き継いだものだった。
その後、ヴァルト伯爵家へ土地と管理権が移されている。
部品を売却した記録はない。
「六年前の工事の責任者は、ヴァレスという技師です」
アイナさんが名前を聞いて、眼鏡を押し上げた。
「今の古代技術専売局長です。古代品を、新しい兵器へ転用する研究で知られています」
俺は妹の絵を見せた。
鉄の枠にはめられた、第三環。
彼女はすぐ断定せず、古い図と比べた。
「外形は同じです。刻印が一致すれば、部品そのものを特定できます」
「戻すよう、父に頼んでみます」
手紙を書く前に、砦の炉をもう一度診断した。
供給量を増やせば壁の力は強まるが、滓も増える。
第三環がない間は、短い試験以外で動かさないと決めた。
ハチには独立した小さな蓄魔石がある。
照明具も、それぞれの石で動かしている。
少量なら、今の暮らしまで止める必要はないとわかった。
それでも、外壁に溜まった滓は取らなければならない。
俺たちは雨の少ない日に、古い排水路を開いた。
黒く汚れた石を回収し、専用の容器へ収める。
濃いまま土へ捨てず、アイナさんが教えてくれたやり方で少量ずつ薄めて処理した。
壁の色が、少しずつ明るくなった。
砦が動く日を待ちながら、できる仕事はまだいくつもあった。




