第10話 廃砦に、空き家をくださいと言われました
夏の終わりには、砦へ来る荷車が増えていた。
麦を挽いてほしい人。農具を直してほしい人。
水を汲むついでに、焼きたてのパンを買っていく人。
広場の片隅にあった露店が、いつの間にか三つになった。
「泊まる部屋、ある?」
旅の人に聞かれ、俺は兵舎を見た。
雨を受ける鍋は減ったが、扉も窓もない部屋がまだ多い。
「二日後なら」
「今日ではないんだね」
「今日は、寝ている間に風と仲良くなれます」
旅人は笑い、マルタさんの荷車と一緒に一晩だけ外で寝ることにした。
俺たちは翌日から、兵舎の空き部屋を四つ直した。
ただ、直すだけでは泊められない。
寝具を用意し、掃除の人を決め、トイレまで明かりを置く。
その仕事は、ミナさんが近所の人たちと引き受けてくれた。
料金が入ったら、担当した人へ払う。
領主だからと全部を自分の財布に入れるのは、さすがにおかしい。
宿ができた最初の週、木工職人の夫婦が泊まった。
二人には小さな息子がいる。
町の工房が閉じたので、次に働く場所を探しているという。
俺が窓枠の歪みを直していると、夫のゼンさんが横へ来た。
「それ、力で合わせると冬に割れるよ」
彼は木目を指し、削る側を教えてくれた。
診断は、壊れている状態を教えてくれる。
新しい木をどう扱うかは、また別の知識だった。
「ここで仕事をしたら、住める家はある?」
ゼンさんが聞いた。
俺は作業の手を止めた。
「……この砦に、ですか」
「うん。屋根を直す人がいるし、井戸もある。息子はあのゴーレムが気に入った」
窓から下を見ると、息子さんがハチの後ろを歩いていた。
ハチは空の荷車を押し、子供はその車輪を数えている。
薪を割るときは皆を離すよう、すっかり覚えていた。
エステルさんに相談すると、彼女は旧居住区の鍵を持ってきた。
暮らせる家が何軒か残っている。
勝手に人を入れずにいたのは、持ち主が不明確だったからだ。
登記の付属地図と照らし、砦の土地であることを確認する。
住む場所と仕事を、夫婦に見てもらった。
「家具は、自分で作れます」
ゼンさんは、中を見てすぐそう言った。
奥さんは息子の背を押し、井戸までの道を歩いた。
水を汲んで戻ると、夫へ頷いた。
それで決まった。
次に移ってきたのは、染め物をする姉妹だった。
その次は、馬の扱いに慣れた年配の男性。
俺たちは空き家の修理を順番にし、仕事の紹介は本人たちと相談した。
魔法が使えない人もいる。戦える人ばかりでもない。
それでも、人が一人来るたび、できることが増えた。
ゼンさんが作った新しい窓は、以前より気持ちよく開いた。
染め物の姉妹が干した布で、広場が急に鮮やかになった。
馬小屋を任せられると、兵士が見張りへ戻れた。
ある夕方、エステルさんと壁の上を歩いた。
広場の向こうに、屋台の灯りが見える。
「少し、町らしくなりました」
彼女が言う。
俺は息を吐いた。
「全部直したら、のんびりできると思ってたんですが」
「家が増えるたびに、直すものも増えますから」
「失敗しました」
彼女が笑った。
つられて俺も笑う。
ちょうど下を通ったマルタさんが、こちらへ手を振った。
片手には、手紙を持っていた。
「ルーク。実家からだよ。妹さんの筆跡だ」
封筒の端には、小さな針の絵が描かれていた。




