木から生えた概念を巡る男たちの領土争い
「お、お願い……! その紅茶……! 私にちょうだい!! 飲ませてぇぇぇぇぇえええ!!」
私の切り裂くような懇願が、静まり返った死の森に虚しく響き渡った。
幹から胸上だけがニョキッと生えた私の姿。
黄色の髪をなびかせ、可憐な姿をしているとはいえ、腰から下はどっしりとした黒紫色の禍々しい大木である。端的に言ってホラー。ホラー以外のなにが相応しいのだろうという絵面である。
だが、目の前の二人の超絶イケメン――公爵当主ルキウスと最高聖騎士長マルクスにとっては、そんなホラーな接続部分など一切気にならないらしかった。
彼らの瞳には、完全に「激しい情熱」と「恋心」の炎がメラメラと燃え盛っている。
「か、可憐だ……! なんという愛らしさ……! 黒紫の樹皮から現れた、まさに一輪の奇跡の咲く花……!」
ルキウスが銀のティーカップを握りしめたまま、プルプルと手元を震わせて感涙している。
「神木様……いや、大地の女神様とお呼びすべきか……! そのお声、そのお姿、私の魂の奥底まで震えております……!」
マルクスに至っては、その場に崩れ落ちたまま、胸を押さえてハァハァと荒い息を吐いていた。冷徹なアイスブルーの瞳は見る影もなく潤み、頬はリンゴのように赤く染まっている。
(いや、感心してないで早く紅茶ちょうだいよ!! 冷めちゃうでしょうが!!)
私は必死に手を伸ばし、パタパタと空をあおいだ。手足(手はあるが)が動くって素晴らしい。でも移動はできない! 幹と一体化してるから!
「あ、あの! ルキウスさん! マルクスさん! 感動するのは後にして、その湯気が立ってるティーカップを私の口元に持ってきてくれませんか!? 私、移動できないんです!」
私の言葉に、二人はハッと正気に戻った。
「失礼いたしました、神木様! ただちにこのルキウスが、至高の一杯をお口にお運びいたします!」
ルキウスが弾かれたように立ち上がり、恭しくカップを両手に抱えて一歩踏み出した。
――その瞬間。
横から猛スピードで滑り込んできた影があった。マルクスだ。
「待てーーーー!! ルキウス! 聖樹様のお口を汚すような真似は許さん! 筆頭聖騎士であるこのマルクスこそが、毒味を兼ねてお飲ませするべきだ!」
「何だとマルクス! そもそもその茶葉も砂糖も湯沸かし器も、すべて我がアウレリウス家が用意したものだぞ! お前が横取りするなど筋違いだ!」
「ハッ! 準備をした者と、実際にお給仕をするのにふさわしい者は別だ! お前のような血生臭い公爵の手など、今の聖樹様には刺激が強すぎる! それに女神様は私に運んで欲しいと仰ったのだぞ!」
「貴様ぁぁぁっ! 庭師の分際でぬけぬけと!!」
二人は私の目と鼻の先で、ティーカップを挟んでバチバチと火花を散らし始めた。
カップの中の黄金色の液体が、二人の押し合いによって『チャプン……チャプン……』と危うくこぼれそうになっている。
(やめて!! こぼさないで!! 私の貴重なレモンのティーがぁぁぁぁ!!)
私の我慢の限界が突破した。
「うるさーーーーーいっ!! どっちでもいいから早く寄越しなさいよこのバカ二人ーーーーっ!!」
私の怒声が森に轟いた。
体内の魔力が怒りに任せて『ドカン!』と噴出し、周囲の落ち葉が舞い上がる。
「「ひぃっ!?」」
二人のイケメンが、同時に悲鳴を上げてピシッと硬直した。
「も、申し訳ございません神木様……!」
「ご、ご無礼をお許しください……!」
「いいから! カップを! そのカップを! 私の手に渡して!」
私はハァハァと肩を上下させながら手を突き出した。
ルキウスが青ざめた顔で、今度こそ慎重に、銀のティーカップを私の両手に乗せてくれた。
ずっしりとした金属の重み。
陶器越しに伝わってくる、心地よい温もり。
そして、鼻腔をくすぐる、極上のアールグレイと甘い蜂蜜、そして我が体から溢れ出たフレッシュで爽やかな柑橘の香り。
(あぁ……本物の紅茶だ……。数千年ぶりくらいに感じる。この人間用の温かい飲み物……!)
私は感無量になりながら、そっとカップを傾け、唇をつけた。
『とく……とく……』
温かい液体が、口の中に滑り込んでくる。
次の瞬間。
私の脳内で、ファンファーレが大音量で鳴り響いた。
「ーーーーーーッッッッ!!!!」
(お、おいしいいいいいいあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!)
何という味わいだろうか。
上質な茶葉の芳醇なコクと香りが、まず口いっぱいに広がる。
そこに、ルキウスが惜しみなく投入した最高級白砂糖と蜂蜜の、濃厚でまろやかな甘みが重なる。
そして、それらを完璧に引き締めるのが――私から採れた『グラウクス・レモン』の酸味だ!
単体では脳を破壊するほど激すっぱかったあのクエン酸が、大量の砂糖と温かい紅茶によって絶妙に中和され、爽やかでフルーティーな「極上のアクセント」へと昇華している!
甘み、渋み、そして圧倒的な爽快感。
三位一体となった至高のレモンティーが、私の喉を通り、体内へと染み渡っていく。
(あぁ……生き返る……! 私、本当に生き返ったわ……! 土からミネラル吸うのも良かったけど、やっぱり人間は温かい紅茶と砂糖を摂らなきゃダメなのよぉぉぉぉ!!)
「ふぁぁぁあ……美味しい……。幸せすぎる……」
私はうっとりと目を閉じ、ポロポロと涙をこぼしながら至福の溜息をついた。
その、あまりにも幸せそうな私の表情を見て、周囲で見守っていた二人の男と三十名の聖騎士たちは、完全にノックアウトされていた。
「ぐはっ……! なんという……なんという可愛らしいお姿だ……!」
ルキウスが胸を押さえて悶絶し、地面に片膝をついた。
「神木様が……涙を流して喜んでおられる……。あんなにも愛らしく、素直に感情を露わにされるとは……! ああ、私の命など、この一杯の紅茶のためにあったのだ……!」
マルクスもまた、自分の胸元をぎゅっと握り締め、顔を真っ赤にしながらプルプルと震えている。
「素晴らしい……。まるで陽の光を浴びて咲く大輪の乙女……。私は誓う、生涯かけてあの笑顔をお守りすると……!」
(いや、ただの食レポに感動しすぎだからね!?)
一杯のレモンティーを飲み干した私は、満足感でいっぱいになり、ふぅと息を吐いた。
「ごちそうさまでした。ルキウスさん、美味しい紅茶をありがとう。あなた、本当にお気遣いができる素晴らしい方ね」
私がニッコリと微笑みかけると、ルキウスは「あ、あわわ……」と、まるで初恋の少年みたいな反応を見せ、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。公爵当主の威厳はどこへ行った。
「神木様……! 私めにも、私めにも何かお命じください!」
マルクスが焦ったように前に出てくる。完全に手柄を奪われた犬のような目だ。
「ええと……マルクスさん。そうね、周りを綺麗にお掃除してくれてありがとう。葉っぱもピカピカで気持ちいいわ」
「ははぁっ! 勿体無きお言葉! 明日は根元の雑草を一根残らず根絶やしにしてみせます!」
生真面目な聖騎士長が、雑草に対して異常な殺意を燃やし始めた。




