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ともあれ、これでようやく一息つくことができた。
声も出るようになったし、ティータイムも楽しめた。人間らしい生活への第一歩だ。
だが、ここで私は重大な事実に直面することになる。
「ねえ……ルキウスさん、マルクスさん」
「はいっ! 何でしょう神木様!」
「何なりとお申し付けを!」
二人がビシッと姿勢を正す。
「私、上半身はこうして出せましたけど……やっぱり移動はできないみたいなのよね。下半身は完全にこの大きな幹と一体化してるし、根っこも地の底深く張ってるから」
私は自分の腰あたり(黒紫色の樹皮とすべらかな肌の境目)をさすりながら言った。
そう、私は確かに「ドリュアス(上半身)」の姿を手に入れたが、本質は依然として「根を生やした巨大な木」なのだ。歩くことも、お出かけすることもできない。
すると、ルキウスが顎に手を当てて深々と頷いた。
「ふむ……確かにお痛わしい。神木様のようなお美しきお方が、このような暗く湿った『死の森』に永久に縛られ続けるなど、到底あってはならないことです」
「左様だ」とマルクスも同調する。
「この封印域は、元々は邪樹を閉じ込めるためのもの。だが、真の姿を現された神木様をこのような場所に放置するなど、天罰が下るというもの」
(え、ちょっと待って? 二人とも何か恐ろしい解決策を思いついてない?)
私の予感は当たった。
ルキウスが力強く拳を握り締め、情熱的な瞳で私を見つめた。
「神木様! 私にお任せください! 我がアウレリウス公爵領の広大な敷地の中に、太陽の光が燦々と降り注ぐ最高の庭園を造営いたします! そこに、世界中から集めた最高級の土と、澄み切った清流を引き入れましょう!」
「は?」
「そして、我が領の魔導技師と土術士の総力を結集し、神木様を根っこごと綺麗に掘り起こし、我が屋敷の庭園へと『移植』いたします!!」
(移 植 !?!?!?)
私は目玉が飛び出そうになった。
「ちょっと待ちなさいよ!? 掘り起こすって何!? 私の根っこ、地下何百メートルまで伸びてるのよ!? 抜かれたら痛そうだし、そもそも植え替えのショックで枯れたらどうするのよ!?」
「ご安心ください! 根回し(樹木を移植する準備)は完璧に行います! 神木様を我が公爵家にお迎えし、毎日朝から晩まで、最高の紅茶とドレス、そして至高の奉仕をお約束いたします!」
「待てぇいっ!!」
ここでマルクスが当然大声で割り込んできた。
「ルキウス! 貴様、自分勝手な都合で聖樹様を公爵家に囲い込むつもりか! 聖樹様は世界共通の宝! 聖導会が管理する『中央大聖堂』の聖域こそが、お迎えするのに最もふさわしい場所だ!」
「何だとマルクス!? 大聖堂の庭など狭苦しいだろうが! うちの公爵領なら湖何個分……いや、王国屈指の広大な森林ごと神木様にお捧げできるのだぞ!」
「広さの問題ではない! 大聖堂には最高峰の回復魔法陣と、清らかな聖水が湧き出る泉がある! 聖樹様の健康管理には我が聖導会が最も適している!」
「ハッ! 聖水など我が家でもいくらでも買える! それに、神木様が求めておられるのは聖水ではなく、甘い砂糖と紅茶だ! 貴様ら堅物の聖騎士に、神木様を満足させられるお茶会が開けるのか!?」
「ぐっ……! それは……茶葉の調達なら聖導会の交易ルートでも……!」
二人の会話が、どんどんスケールの大きい「神木様(私)の奪い合い(移植バトル)」へと発展していく。
(やめて!! 掘り起こさないで!! 私、引っ越しとか大嫌いなの! 根回しとかされて根っこ切られたら絶対に痛いじゃないのよぉぉぉ!!)
私は必死に枝をバサバサと揺らして抵抗した。
「二人とも落ち着きなさーい!! 私はどこにも行かないわよ! 掘り起こされたくないの! この場所が一番落ち着くのよ! いい!? 絶対にダメ!」
私の叫びに、二人がピタッと議論を止めた。
「え……神木様、ここがお気に入りなのですか……?」
ルキウスが捨てられた子犬のような顔で私を見る。
「ですが、このような不気味な森の中では、神木様が寒くはありませんか……? 雨風もしのげませんし……」
マルクスも心配そうに私の木肌(上半身)を見つめてくる。
確かに、上半身が人間っぽくなったことで、「気温」や「風」を肌で感じるようになった感じがしなくもない。今は秋の爽やかな風が心地よいが、冬になったら寒くて凍えるかもしれない。何より、今の私は胸から上が木肌(一応、光の衣みたいなものは纏っているが、ほぼ服を着ていない状態)なのだ。
(あ……言われてみれば、服着てないわ私。恥ずかしくなってきたかも……)
私が自分の胸元を隠すように小さくなると、二人の目が色めき立った。
「ああっ! 何ということだ! 神木様に服もお召しにならせず、野晒しにしていたとは……! 私は何という不覚を!」
ルキウスが猛省して自分の額を叩いた。
「すぐにです! 直ちに我が公爵家が誇る最高級の仕立て屋をここに呼び寄せます! 神木様の上半身に合わせた、最高のシルクとドレスを仕立てさせましょう!」
「待てルキウス! 樹木に衣服を着せるなど、成長の妨げになるかもしれん! まずは防寒のための『温室(ガラスの聖堂)』を、この場所に建設するのが先決だ!」
マルクスが叫ぶ。
「温室……!? そうか、その手があったか!」
ルキウスの目が輝いた。
「この地に、神木様を包み込むような巨大な『ガラスの宮殿』を建てればいいのだ! 暖炉を設置し、最高の調度品を揃え、いつでも温かいティータイムが楽しめる素晴らしい温室を!」
「うむ! それならば神木様を無理に掘り起こす必要もない! 建設作業は我が聖騎士団の土術士と、公爵家の建築職人を総動員すれば、一ヶ月で完成するはずだ!」
(え……? ここに……温室宮殿を建てるの……?)
話の規模がどんどん大きくなっていく。
ただの「呪いの大木」だったはずの私の周りに、ガラス張りの宮殿が建てられようとしているのだ。
「神木様!」
ルキウスとマルクスが、同時に私の前にひざまずいた。
「あなた様がここで快適にお過ごしになれるよう、ありとあらゆる贅を尽くした宮殿を建造いたします!」
「そして、毎日最高の食材と茶葉、そして美しい衣類をお届けすることを誓います!」
ふたりの顔は、これ以上ないほど輝いていた。
スパダリスローライフ……とはちょっと違う気もするが、手厚すぎるほどの「ダブル溺愛」が、怒涛の勢いで私に押し寄せてきている。
(う、うーん……。掘り起こされるよりは、温室作ってもらう方が百倍マシよね……。お菓子も持ってきてくれるみたいだし……)
「……分かったわ。じゃあ、温室建設はお任せするわね。あ、あと……」
私は指をくわえて、少し上目遣いに言った。
「次のティータイムには……レモンタルトか、レモンスコーンが食べたいわ。お砂糖たっぷりのやつね」
その瞬間。
二人の男の胸に、激しい撃墜音が響いた。
「「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!(尊い)」」
「お任せください神木様ぁぁぁぁぁ!! 王国一番のパティシエを連れてまいります!!」
「我が聖導会が誇る『お菓子の聖騎士』も動員いたしましょう!!」
こうして、私の「悪役霊樹(レモン付き)」としての生活は、さらなるカオスと贅沢の渦へと巻き込まれていくのだった。




