ドリュアス
ルキウスは木箱の一つを開けて見せた。中には、キラキラと白く輝く、大量の結晶が詰まっていた。
「これは、我がアウレリウス領の特産品である最高級の『精製白砂糖』と、極上の『蜂蜜』です! そしてこちらは、南方から取り寄せた最高品質の『紅茶の茶葉』! さらに、澄み切った湧き水を沸かすための魔導湯沸かし鍋です!」
(――っ!?!?!?)
私の全身(幹と枝)に、電撃が走った。
さ、砂糖……!? 蜂蜜……!? 紅茶の茶葉……!?
「神木様! あの酸っぱい聖果に、この甘い砂糖と紅茶を合わせれば、どれほど至高の飲み物が完成することか! 私はあなたに、最高の『レモネード』と『レモンティー』をお捧げしたいのです!」
(ルキウス―――っ!! 天才か!!! 天才なのあなたーーーっ!?!?)
私の心が感動の涙で打ち震えた!
素晴らしい! 完璧だ!
前世の私が何よりも欲していたもの、それは温かい紅茶と甘いお砂糖、そして自家製レモンのコラボレーション!
この男、私の心を完全に読んでいる! 勘違い狂信者だけど、気配りだけは神レベルじゃないの!!
「何……!? 砂糖と紅茶だと……!?」
マルクスが悔しそうに歯噛みした。
「くっ……先を越されたか! 聖果の酸味を和らげるための『甘味の奉納』……! 流石は公爵、抜け目がない……!」
「フフン、見たかマルクス。これが愛の差だ」
ルキウスは勝ち誇った顔で鼻を鳴らすと、手際よく魔法の鍋でお湯を沸かし始めた。
そして、持参した銀のナイフで、私の枝から落ちていたレモンを綺麗にスライスし、急須に茶葉とお湯、そしてたっぷりの砂糖とレモンスライスを投入したのだ。
ふわりと、心地よい柑橘と紅茶の甘い香りが、死の森に広がっていく。
(あああ……! 良い香り……! すごく良い香り……! 飲みたい! めちゃくちゃ飲みたいよぉぉぉぉ!!)
私は心の底から悶絶した。
目の前で、極上のアールグレイ・レモンティーが淹れられているのだ。前世のカフェなら一杯1000円は降らない高級品だ。
しかし。
致命的な問題があった。
私は『木』だ。
口がない。手がない。お腹もない。
どんなに美味しそうなレモンティーがあっても、飲む手段がどこにも存在しないのだ!
(うそでしょ……? 目の前にこんなに美味しそうな紅茶があるのに、見ていることしかできないの……!? 拷問じゃない! 生殺しもいいところよ!!)
私の悲痛な魂の叫びが、体内の魔力と共鳴した。
『飲みたい! 飲みたい! 私だって女の子なんだから、お洒落なティータイムを楽しみたいのよぉぉぉお!!』
ドクンッ……!!
その瞬間、私の体内で奇跡(?)が起きた。
かつて『聖なる樹』だった私の本質と、転生者としての強い精神力、そして蓄積された膨大な魔力が暴走。
私(悪役霊樹)の太い幹の表面に、輝く金色の魔法陣が浮き上がり始めたのだ。
「「「な、なんだ……!?」」」
ルキウスもマルクスも、聖騎士たちも驚愕して息を飲んだ。
幹の中央付近。ちょうど人間の大人の背丈ほどの高さの樹皮が、まるで水面のように『ぬらり』と波打ち始める。
そして、黒紫色の樹皮が左右に開き、そこから……。
シュゥゥゥ……と白い湯気とともに、光の粒子が集まって『一人の人間の女性の半身』が形作られていったのだ!
胸から上は、すべらかな白い肌……ではなく滑らかな木肌を持ち、可憐な黄色(恐らくレモン)の葉っぱの髪を靡かせる女性の姿。
しかし、腰から下はしっかりと巨大な木(幹)と一体化している。
まるで、ドリュアスの姿だ! いや完全にドリュアスだろう。
(え……? ええええっ!?)
私は自分の手を見つめた。
手がある! 指がある! 触覚がある!
そして、顔を触ってみる。
目がある! 鼻がある! そして……『口』がある!!
「声……声が出るの……!? あ、あー……あっ! テステス」
数ヶ月ぶりに自分の鼓膜に届いた、自分の声。
少し高めで、鈴を転がすような、ちゃんとした女の子の声だった。
「出た……! 声が出たわーーーっ!!」
私が歓喜の声を上げた瞬間。
周囲の時が、完全に停止した。
「「………………っ!!!!」」
ルキウスとマルクス。二人の最高峰のイケメンたちが、金縛りに遭ったかのようにガチガチに固まっていた。
彼らの目は、限界まで大きく見開かれ、頬は急激に朱に染まり、息をすることすら忘れたように私を凝視している。
私の姿――黒紫色の禍々しい巨大樹の幹から、半身だけ現れた可憐な人型。
新緑の葉と鮮やかな黄色いレモンを背景に、黄色の髪をなびかせ、歓喜に瞳を輝かせているその姿は、あまりにも神々しく、そして狂おしいほどに美しかったのかも。
「あ……あぁ……」
ルキウスが、膝から崩れ落ちた。
「ご……概念では……なかったのか……。神木様は……こんなにも可憐で、お美しき……女神のようなお方だったのか……!」
マルクスもまた、胸を押さえて喘ぐように息を吐いた。
「おお……ガイアードよ……! 私は……私は今、真の美を目撃してしまった……! これが……我が命を捧げるべき、聖樹様の……お姿……!」
二人の瞳に、先ほどまでの「信仰心」とは明らかに違う、一人の男としての「激しい情熱と恋心」の光が宿ったのを、私は見逃さなかった。
(あ、ヤバい。なんか属性が『信仰』から『ガチ恋』にスライドした気がする)
だが、今の私にとって、そんなことはどうでもよかった。
恋愛? 溺愛? とりあえず後回しだ!
私の目は、ルキウスが持っている、湯気を立てる銀のティーカップに釘付けだった。
私は木から生えた手を必死に伸ばし、半身を乗り出すようにして、プルプルと震える声で叫んだ。でも下半身が木と一体になっていて、中々届かない。
「お、お願い……! その紅茶……! 私にちょうだい!! 飲ませてぇぇぇぇぇえええ!!」
悪役霊樹(レモン付き)になって、私はついに、念願の『人間の体(上半身だけだけど)』と『お茶会』のチャンスを手に入れたのだった!




