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聖騎士長マルクス・クラウディウス率いる、三十名の精鋭聖騎士団。
彼らが私の幹の前で揃って土下座し、涙を流しながら「聖樹様ぁぁぁ!」と叫んでから、数時間が経過した。
……正直に言って、地獄絵図である。
白銀の美しい甲冑を着た、国でも屈指の精鋭たちが、私を取り囲むようにして整列し、何をしているかと言えば――。
「報告! 東側の根元付近、雑草の繁茂を確認! 直ちに除草作業に入ります!」
「西側の枝に害虫の気配! 聖なる魔力で一匹残らず駆除せよ!」
「葉の表面にホコリが付着しております! 聖水を含ませた布で一枚一枚、丁寧に拭き上げよ!」
「「「はっ!!」」」
なんと、聖騎士団による『悪役霊樹(私)のガーデニング&お手入れ作業』が開始されていた。
ちょっと待ってほしい。君たちは国の治安を守り、魔物を討伐するための最高峰の戦闘集団ではなかったのか。なぜ雑草を抜き、毛虫を退治し、私の葉っぱを一枚ずつ拭いているのか。
(あ、あそこ……もうちょっと右の葉っぱも拭いて……うん、そこそこ。あ~、さっぱりして気持ちいいかも……って、調子に乗ってる場合じゃないのよ私!!)
植物としての本能が「手入れされて快適~」と喜んでしまっているのが悔しい。
特にマルクス本人はというと、上着の甲冑を脱ぎ捨て、腕まくりをしたシャツ姿で、私の幹の周囲に散らばっていた落ち葉を真剣な目つきで拾い集めていた。あの冷徹で隙のない美青年聖騎士長が、竹箒(みたいな枝)を持って庭掃除をしている姿は、あまりにもシュールすぎる。
「ふむ……聖樹様の周りは常に清らかでなければならん。落ち葉一枚落ちていることすら、我が聖導会の不覚……!」
マルクスはつぶやきながら、美顔に爽やかな汗を浮かべて笑った。
あの「激すっぱレモンショック」を経て、彼の心の中の不純物は完全に削ぎ落とされたらしい。……大事な常識まで削ぎ落とされてしまった気がするが。
と、その時だった。
『ドドドドドドドドドドッ!!』
森の入口方向から、地響きのような激しい馬蹄の音が近づいてきた。
根っこのセンサーが、凄まじい勢いで接近してくる大集団を感知する。
馬が数十頭、そして巨大な馬車が数台。
「何事だ! 迎撃体制!」
マルクスが素早く竹箒を捨て、背中の聖剣に手をかける。聖騎士たちも一斉に武器を構え、警戒網を敷いた。
樹海を突き破って現れたのは、漆黒の漆塗りに金の紋章が施された、超豪華な高級馬車と、それに付き従う重装騎兵たちだった。
馬車の扉がバンッ!と勢いよく開かれ、中から一人の男が飛び出してきた。
プラチナシルバーの髪を風になびかせ、血汚れの落ちた最高級の貴族服に身を包んだ、あの男――ルキウス・アウレリウスである。
「神木様ーーーっ!! ルキウス、ただいま戻りまりました――っ!?」
叫びながら駆け寄ってきたルキウスは、私の前で腕まくりをして落ち葉を拾っていたマルクスと目が合った瞬間、ピタリと足を止めた。
二人の超絶イケメンの視線が、空中でバチバチと激しい火花を散らして交錯する。
「……マルクス・クラウディウス? なぜお前がここにいる」
ルキウスの瞳が、急速に冷たく、鋭い殺気を帯びた。
「ほう……アウレリウス公。お久しぶりだな。いや、今は公爵家の正統なる当主とお呼びすべきか」
マルクスもまた、アイスブルーの瞳を細め、冷徹な聖騎士長の顔に戻って対峙する。
「シラを切るな、マルクス。お前たち聖導会が『神木様』を邪悪な魔木と断定し、討伐隊を派遣したという情報は掴んでいる。私が公爵家の不純物を粛清している間に、神木様に危害を加えようとは……万死に値するぞ」
ルキウスは腰の飾剣に手をかけ、低い声で威嚇した。
対するマルクスは、全く動じることなく胸を張り、堂々と宣言した。
「ハッ、愚かなことを言うな、ルキウス。私がそのような暴挙に出るはずがなかろう。私は、この真の聖樹様の御前で己の無知と傲慢を恥じ、すでに全霊をもって帰依したのだ」
「……は?」
ルキウスがポカンと口を開けた。
マルクスは誇らしげに、自分の手元(まだほのかにレモンの香りがする)を示しながら語った。
「私は受けたのだよ。聖樹様の『酸っぱき洗礼』をな。あの脳を穿つような至高の酸味……あれによって私の魂は洗い流され、長年苦しんでいた呪いも完全に癒やされた。今や私は、聖樹様をお守りする筆頭聖騎士だ」
(筆頭聖騎士って勝手に役職作らないで!?)
ルキウスはマルクスの言葉を聞き、一瞬フリーズした。
そして、次の瞬間、すさまじい嫉妬と怒りに顔を歪ませた。
「ふざけるなマルクスッ!! 洗礼を受けたのは私が先だ!! 最初にあの神聖なる『黄色の聖果』を賜り、その強烈なお導きによって救われたのは、このルキウス・アウレリウスだぞ!!」
「フン、先着順などで聖樹様の慈愛の深さが決まるものか! 私は聖騎士団三十名を率い、こうして聖樹様の周囲を清掃し、葉の一枚一枚まで磨き上げているのだ! お前のような多忙な公爵に、これほどの奉仕ができるか!?」
「何だと……!? くっ、抜け抜けとガーデニングなど始めおって……! 汚いぞマルクス! 聖導会の職権乱用だ!」
「何とでも言え! 聖樹様の快適なお暮らしのためなら、私は聖騎士長の地位すら捨ててただの庭師になっても構わん!」
(やめて!! 国の重鎮二人で『どちらがより優秀な庭師か』で争わないで!! 次元が低すぎるわ!!)
二人のイケメンが、私の幹の前で胸ぐらを掴み合わんばかりの勢いで不毛な論争を繰り広げている。
周囲の聖騎士たちや、ルキウスが連れてきた連れてきた騎兵たちも、主君たちのあまりの狂乱ぶりに「どうすればいいんだ……」と遠巻きに引いていた。
本当に、どうすればいいんだ。私がいちばん頭を抱えたい(頭はないが)。
「ええい、鬱陶しい! 退けマルクス! 私は今日、神木様に最高の奉仕をするために戻ってきたのだ!」
ルキウスはマルクスを押し退けると、後ろに控えていた巨大な馬車に向かって手を振った。
「者たちよ! 神木様への奉納品をお運びしろ!」
馬車から、ゾロゾロと厳重に梱包された大量の木箱が運び出されてきた。
ルキウスは誇らしげに胸を張り、私を見上げて爽やかな笑みを浮かべた。
「神木様! 先日、あなたから賜ったあの『黄色の聖果』……素晴らしい効能でした。ですが、あまりにも酸味が強烈であり、一口食べるだけで魂が飛んでいきそうになるのが唯一の難点……。そこで私は考えたのです!」
(ん? なにかしら?)
私はちょっと興味を惹かれて、枝を少し傾けた。




