騎士の爽やかレモン体験
ルキウスはフラフラと立ち上がり、血で濡れた剣を構えた。
「くっ……私を殺したければ殺すいがいい……。だが、アウレリウス家の誇りは……決して売らん……!」
「フン、毒でまともに剣も振れん癖に強がりを! やれ!」
刺客たちが一斉にルキウスへ襲いかかる。
ルキウスは必死に剣を振るい、一人の攻撃を受け流したが、毒の影響で膝の力が抜け、ガクリと地面に倒れ込んでしまった。無防備な背中に、刺客の剣が振り下ろされる――!
(ああっ! 危ない!!)
私は思わず、前世のサスペンスドラマ並みに心の中で叫んでいた。
せっかく出会えた超絶目の保養イケメンが、こんな下品なモブ刺客たちに惨殺されるなんて耐えられない!
何より、私の目の前で人が死ぬのを見たくない!
「死ねぇっ、ルキウス!」
「……ここまでか……」
ルキウスが諦めたように目を閉じた、その瞬間。
(動けぇぇぇぇぇぇ私の枝ぁぁぁぁぁぁ!!)
私は体中の魔力を一気に暴走させた。
結界の内部から、私の漆黒の幹が『ドクン!』と大きく脈打つ。
ドカンッ!!!!
枝は動かなかったが、私の体から解き放たれた猛烈な紫色の邪気(魔気)が、結界の壁を突き抜けて周囲一帯に爆風となって吹き荒れた。
「「「あああああああ!?」」」
刺客たちは凄まじい衝撃波に吹き飛ばされ、木々の幹に激突して伸びてしまった。
「な、なんだ……!? 樹が……暴走したのか……!?」
刺客のリーダー格の男が、恐怖に顔を引きつらせて私を見上げた。
私の巨大な幹から溢れ出す、ドロドロとした黒紫色の魔気。
風もないのに狂ったように揺れる巨大な枝。
そして、闇の中で妖しく光る……無数の『黄色いレモン』。
その光景は、客観的に見て完全に「封印を破りかけている超巨大な悪魔」そのものだった。
「ひっ……ヒイイイイイッ! 魔女の樹が目覚めたぞ! 逃げろ! 巻き込まれるぞ!!」
刺客たちは半狂乱になりながら、仲間を抱えて脱兎のごとく森の奥へ逃げ去っていった。
(ふぅ……やった! 追っ払ったわ!)
私は心の中でガッツポーズ(枝をひと揺らし)をした。
しかし、問題はここからだ。
刺客は去ったが、肝心のルキウスが地面に倒れたまま動かない。
「ハァ……ハァ……っ……」
呼吸が息絶え絶えだ。
体中に回った『蛇の毒』のせいで、彼の肌は紫に変色し始め、生命の灯火が今にも消えかかっている。
(大変! 毒で死んじゃう! どうしよう、どうすれば……そうだ! レモン!!)
これなら、彼の毒を治せるかもしれない!
しかし、問題はどうやって彼にレモンを渡す(食べさせる)かだ。私は動けないし、手もない。
(……落とすしかないわね! 狙いを定めて……ポロリと!)
私はルキウスの頭上に位置する、一番立派なレモンが実っている枝に意識を集中した。
(行けっ! 救命レモン爆弾!!)
『ぷつん』
枝から切り離された、大きくてみずみずしい黄色いレモンが、重力に従って落下していった。
ポコンッ!
「グハッ!?」
狙いが正確すぎて、倒れているルキウスの鼻頭にダイレクトヒットした。
「……な、なんだ……? 上から……果実が……?」
ルキウスは薄れゆく意識の中で、鼻をさすりながら、手元に転がってきた『黄色いレモン』を拾い上げた。
漆黒の邪気が漂う呪いの樹から落ちてきた、不自然なほど鮮やかで美しい果実。
「これは……柑橘系……? なぜ、このような毒と怨念に満ちた地で、これほどみずみずしい果実が……?」
ルキウスはハッと息を飲んだ。
「そうか……これは、伝承に聞く『聖樹』の試練……! 最後の時に、私に毒入りの果実を与えて、天への引導を渡そうというのだな……」
(違うわよ!! 試練じゃないし毒じゃないわよ!! 早く食べなさいよ回復薬なんだから!!)
私は必死に枝を『バサバサバサッ!』と揺らして「食え! 食え!」とアピールした。
ルキウスは私の枝の揺れを見て、深く頷いた。
「ふっ……分かった。どうせこのまま毒で苦しんで死ぬ運命なら……聖樹よ、お前の与えた試練で果てるのも悪くない。感謝する……」
(だから毒じゃないって言ってるでしょーが!! 話を聞きなさい!!)
私の心の中のツッコミも虚しく、ルキウスは覚悟を決めた壮絶な表情で、レモンをそのまま皮ごと『ガブリ!』と丸かじりした。
果汁が弾ける。
次の瞬間。
ルキウスの目が、見開かれた。
文字通り、落雷に打たれたかのように、見開かれた。
「――っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!???」
声にならない絶叫。
ルキウスの全身が『ビクンッ!!』と硬直した。
(あ、酸っぱすぎた!?)
そうだった! このレモン、効果は絶大だけど【超絶すっぱい】んだった!!
レモンの果汁が口いっぱいに広がった瞬間、ルキウスの脳内を電撃のような強烈な酸味が駆け巡ったのだ!
彼の顔面が、崩壊した。
あの彫刻のように美しかったプラチナヘアの超絶イケメンが、あまりの酸っぱさに顔中のパーツを中央にキュッと寄せ集め、シワシワの梅干しのような表情になっている。
「〜〜〜〜っ! す、すっっっっっっっっっぱ―――――!!!!」
ルキウスは涙目になりながら地面でのたうち回った。
「な、なんだこの酸っぱさは!? 舌が削ぎ落とされるかと思ったぞ!? 脳が溶ける!! 視界が真っ白だ!!」
(ご、ごめんなさい! 言っておけばよかったけど声が出ないのよ! がんばって耐えて! 薬効は本物だから! 多分)
のたうち回るルキウス。
しかし、激しい酸味のショックが収まると同時に、劇的な変化が彼の身に起こり始めた。
ルキウスの肌に浮かんでいた紫色の毒の斑点が、見る見るうちに消えていく。
全身の深い傷口が、まるで時間を巻き戻すかのように『シュウウウ……』と音を立てて塞がり、新しい綺麗な皮膚へと再生していく。
さらに、彼の体内から減っていた魔力が、溢れ出す奔流となって全身を巡り始めた。
「な……なんだこれは……!?」
ルキウスは自分の手を見つめ、跳ね起きるように立ち上がった。
「毒が……消えた……? それどころか、傷が完治している……!? いや、それだけではない! 体内の魔力が、怪我をする前よりも遥かに増幅している……!?」
ルキウスは驚愕の表情で、手元に残ったかじりかけのレモンと、私(悪役霊樹)を交互に見比べた。
私の全身からは、相変わらず禍々しい紫色の魔気が立ち上り、不気味な威圧感を放っている。
だが、その枝には、命を救う『神の果実』が実っているのだ。
ルキウスの瞳から、ボロボロと大きな涙が溢れ出した。
「ああ……なんということだ……!」
ルキウスは私の幹の前にひざまずき、地面に額を擦り付けるようにして深く頭を下げた。
「私は勘違いをしていた……! あなたは邪悪な『聖樹』などではない……! 傷つき、裏切られた者をその慈悲で包み込み、救済を下さる『真の神木様』だったのだ……!」
(えっ)
「伝承の愚かな人間どもは、あなたの真の姿を理解できず『魔女の樹』などとも蔑んだのだ! だが、私には分かります! この果実に込められた、あまりにも強烈で、力強く、そして温かい慈愛のパワーが……!」
(いや、強烈なのは酸味だからね!? 慈愛っていうかクエン酸だからね!?)
ルキウスは立ち上がると、涙を拭い、情熱に満ちた熱い瞳で私を見上げて宣言した。
「神木様! 私の命は、今この瞬間からあなたのものです! このルキウス・アウレリウス、あなたを陥れた世界の嘘を暴き、あなたをこの忌々しい結界から解放してみせます!」
(えっ、ちょっと待って……なにその展開……?)
「まずは、私を死に追いやろうとした公爵家の腐敗した連中を叩き潰し、正当な権力を手に入れます! そして、あなたのために最高の聖域を造り上げましょう! 待っていてください、私の愛する神木様……!」
ルキウスは胸に手を当てて深く一礼すると、まるで生まれ変わったかのような力強い足取りで、森の出口へと去っていった。
静まり返る封印の森。
残されたのは、不気味に佇む巨大な悪役霊樹(私)と、ゆらゆら揺れる黄色いレモンたちだけだった。
(……えーっと、これはラッキーなの?)
私は風にたなびく自分の葉っぱを見つめた。
(……なんか、イケメン公爵令息に、めちゃくちゃ重いベクトルで『勘違い溺愛』され始めたんですけど……???)
こうして、私の「悪役霊樹スローライフ(?)」は、予測不能な方向へと爆走し始めたのだった。




