第17話 嗚呼、なんて――
魔王との戦いを終え、数日ほど経過した頃。
私こと天才科学者ルークは、マジカリア国の王城の中庭で、マシンの最終調整をしつつ、エメリナ姫の言葉を聞いていた。
「ルーク様……もう、ゆかれるのですね……」
どことなく沈んだ表情のエメリナ姫に、私は頷いて答える。
「フム。そうだな……マジカリア国が魔法銀の鉱脈を押さえたことで、私にも充分な量を回してもらった。魔力を私の世界で扱う汎用的なエネルギーに変換するのも、こちらの世界の私や……そう、新たに諸君らの国に加わった彼のおかげで、スムーズに開発が進んだし」
その彼が――巨体の頂上に位置する羊じみた大頭の中央から、声を発した。
『バフォッス! 今回、うちの国が倒産もとい壊滅したところ拾って頂いた、バフォゴローです! 自分、新入り研究者として、バリバリ働かせていただく所存ッス!』
「アッエット、は、はい……採用、というか登用したわたくしが言うのも何なのですが、あなたはそれでよろしいのでしょうか……?」
『バフォウッス! むしろ自分こうして雇われて、自分は社ちょゲフンゲフン……王の器とかじゃなかったんだなー、って実感してるッス! 自分、研究者気質ッスから、結局こういうのが性に合ってるんスよね~。バッフォッフォ!』
まあ本人がそれで良いなら、良いのではなかろうか。
とはいえ彼の魔王としての在位中に行われた、嫌がらせや侵攻などの悪行は消えないわけだが、それも含めて償うとのこと。しかしそれも、先代の社長……もとい魔王から受け継いだのは一年ほど前らしいので、その辺りの情状も考慮されての採用らしい。
ちなみに、もう一人というか一匹というべきか……色々と変化が合った存在がある。
「フム。……雷龍氏、マシンの充電、感謝する。おかげで懸念していた電力エネルギーが、むしろ最も充分になったほどだ」
『いいえ、構いません……余はこの国の守護龍に祀られし存在。ゆえに余の有用性を示す機会あらば、ここぞとばかりに力を揮いましょう……嗚呼、今日も魔法銀の魔力が美味しい……はぁ~たまに働くだけで文句も言われず崇め奉られる、悠々自適の生活……たまりませんな~……』
なんか堕落している気はするが、まあこの国の人々と、本人……本龍? が良いのであれば、何よりである。
…………さて。
準備が、整った。
「では、エメリナ姫――そして猫メイド・アビィ、長らく世話になった」
「っ。はい……ルーク様、あなたと出会ってから、長かったような、短かったような……別れが惜しい、そんな時間でした……」
「つーか数日の話ニャン。激動ニャよ激動。国の情勢も、技術革新も、わたしのツッコミ記録の更新も。たった数日の話と思えねー密度だったニャン」
最後まで遠慮なきツッコミ、この猫メイド――強い。
フッ、と私が失笑すると――更に、見送りが現れる。
「行くのか、ルーク氏」
「! ……ルーン氏」
別世界の、私とは――互いの世界の技術や文化を、語り明かした。そのどれもが、互いにとっては刺激的で、好奇に満ちた情報だっただろう。
この〝魔法の世界〟で、あるいは、これから科学的な技術も発展してゆくかもしれない。
私も、自分の元いた世界に持ち帰った情報で、〝魔法〟の研究でもしてみようか。
同一人物同士だ、互いの考えも何となく分かる――フッ、と同時に笑いつつ、まずはルーンが口を開いた。
「私はこの世界で、エメリナ姫を愛し、守り通すと誓おう。別世界の私よ。そちらの世界の愛する者を、どうか幸せにしてやってくれ」
「ああ、分かった、別世界の私よ。……この世界で得た知識、決して忘れることはない。世界が無数の可能性で枝分かれするならば、いずれまた、再会する可能性とてあるだろう」
「では、さらばだ――別世界の、天才科学者よ」
「ああ、さらばだ――別世界の、天才魔法使いよ」
本来なら有り得ないはずの出会いを果たし、今、別れを交わした私同士――
と、その時。
「――ルーク様!」
駆け寄ってきたエメリナ姫が、細く滑らかな両手で、私の手を握る。
姫の手が離された時には、私の手中に、指輪が握られていた。
「フム? エメリナ姫……これは確か、以前に見た……魔法銀の指輪か? 国宝級だとかいう」
「はい。……ルーク様、わたくしはルーン様と共に生き続け、必ずや添い遂げる所存。ですが……あなたへの想いとて、決してウソではありませんでした。その証明という訳ではありませんが……どうか、その指輪だけ、お受け取りください」
「フム。……断る、などと言えば、無粋なのだろうな。アビィ氏?」
「オメェそらそうニャ。その場で首チョンパされてもしょうがねぇくれぇニャ」
「フム、それは怖い……ならば、ロジカルに受け取るしかあるまい」
そんな私のロジカルジョークが伝わったのか、いないのか――分からないが、少なくともエメリナ姫は、微笑を浮かべてくれた。
……と、もう一つだけ。
これは、まあ大したことでもないが――尋ねてみる。
「ところで。……エメリナ姫とルーン氏が十八年前に出会い、その時は赤子だった……ということは、二人は今、十八歳なのだな?」
「へ? は、はい、その通りですが……」
「フム。……私と愛する妻も同い年だが、私は二十一歳だ」
「は、はあ、そうなのですか? えっと、それが一体……ハッ!? まさかルーク様、〝やっぱり年下の幼な妻の方が良いな~〟とか、そういう……!? ど、どうしましょう、ルーク様とルーン様、二人に囲まれるという生活もまた、選択肢……!? もはや王道ならざり、覇道を歩めと――!」
「いや、全く全然これっぽっちも、そういう話ではない。少し気になっただけだ」
「クッソー最後の最後までわたくしってやつはぁー! くっ、殺せぇーーー!!」
最後まで元気だな、何かな、といっそ感心してしまう、エメリナ姫である。
とにかく今度こそ私がマシンに乗り込み、操作すると、ゆっくりと浮遊し始め――気を取り直したらしいエメリナ姫が、この世界で出会った人々と共に、声を送ってきた。
「ルーク様、本当にっ……ありがとうございました! わたくし、あなた様のこと、決して忘れませんわー!」
「楽しかったぞ――別世界の私よ!」
「ルークさま、ロジカルもほどほどにしとけですニャンよ~!」
『バフォッス! お元気でッス!』
『さらばです、異世界の訪問者よ……この国の守護龍的な貫禄で見送る余です』
やれやれ、全く。
私の元いた世界とは、何もかもが違い、信じられないような文化形成と、想像を絶する〝魔法〟の発展。
何もかも、何もかもが、真新しく。
何もかも、何もかもが――嗚呼、楽しかった!
科学とはベクトルの違う、それでもこの世界だからこそ発展した――
愛すべき世界へと!
「嗚呼、なんてロジカルな魔法の世界!
嗚呼、素晴らしき哉――パラレル・ワールド!!」
私は今、別れを告げた――……。




