二十七話
「嗚呼。獣人よ。また戻って来たのか?我はただ逃げたように見えたのであるが……」
建物を数件吹き飛ばしながら、踵で頭蓋骨を勝ち割りながら天使に言った。
正面に天使は堂々と立ちふさがっていた。
その姿は百戦錬磨の兵士のようだった。実際は怖気づいてしまっている小鹿のようであるが。
「それはあれですよ。戦略的撤退に他なりませんよ」
「戦略的かの……?それは愚者の立てる戦略的ではないな…?それとも策士だろうか?まあそれならば策士策に溺れるような戦闘を遂行するとしよう」
いやいや、ただの愚者ですよ。
天使出なかったら、いつ死んでもおかしくないゴミみたいなやつですよ。
「はっ。色々喚けるのも今だけの貴方の特権ですよ。気が済むまで行使すると良い……」
待て。それ死亡フラグじゃないか?
「その吸血鬼の血でも拝みましょうかなっ」
彼女は地を蹴り、弾丸のような拳を入れに行く。
しかし当然のように避けられる。それどころか吸血鬼にカウンター的に肘を頭蓋にぶつけられる……のもなかった。
普通の人ならば、脳震盪に近い状態になっていたであろうその攻撃をあっさり天使は避けた。流石自称天使を名乗ることはある。
天使はその勢いを残しつつ頭突きで、吸血鬼の腹に一撃を加え……られなかった。間一髪で避けられた。
簡単に攻撃される敵ではないらしい。
そして当たらぬ攻撃に痺れを切らした吸血鬼はさっきの伸びる武器。定義上のびるチーズとしよう。
それが、天使の髪の毛を掠める。
なんかちょっとギリギリの戦いになっているのがムカついて仕方がない。
天使が一方的に蹂躙される映像かと思ったのに…。それでこの国は亡びるかもしれないが、俺は清々するので気が晴れるってもんだ。
「な、なんで、当たらんのだよ?おかしくないですか?」
「奇遇だな。さっきから我も全く当たらんのだ。戦闘IQが著しく下がっている気がしてならん」と会話の通り戦闘をしているのにずっと透かしている。
戦闘なのに何ともつまらない。全く見ごたえのない戦いである。ただただ戯れているようにしか見えない。
「おい、いい加減に殴られませんか?」
「はあ?そっちこそこの高貴な我の拳をとくと味わった方がいいんじゃないか?」
「いやいや。私の方が断然に高貴で洗練され、見るもの全てが崇め奉る威厳が髄所からにじみ出ているでしょう」
「…………。それは違うんじゃないのか?」
本気で心配されている。
俺もその天使の有頂天で自意識過剰のその態度恥ずかしいくらいだ。
流石にマジトーンで言われてしまい顔から火が出そうになっている。
「い、いや、いやいやいやいや。私は貴い存在である。天上天下唯我独尊」
なんか狂い始めたぞ?言っていることが末期の独裁者である。
そう、末期の独裁者であれば何に出るかというとただ暴力にものを訴えるだけである。
だから彼女は拳を振り上げる。しかし、当たらない。さっきのあれを複写したのではないかと疑われても言い返せないくらいに膠着状態が続いている。もどかしい。見ているこっちがイライラする。
全く正義感がない俺であっても、何かできることはないのかと思慮を巡らせるのだ。
…………。
何も思いつかねえ。というかゴミ能力であるこれらはマイナスにしかならねえ。
「なんかどうします?」と俺はそれに耐えかねてイプシロンとかに任せようかと思った。
「なんか?とかなんですか?ああ。あれですか。あの戦闘に参加するのかしないのかということですか?」
「まあ。そうだな」
「できませんよ。あの戦いは常軌を逸している。ただ、混ざりに行けば、ミキサーされてしまうんですよ」
「まあ。それもそうだな」
腕に残像が出ている。シュンシュンと豪快な轟音がなっている。
俺もあれに混ざれば、ミキサー機に自ら飛び込むような気がするのだ。そこまで命を粗末に扱っていないのだよ。
大人しく見ている方がいいことだと思う。
そうしてただ俺らは見ていたのだが、あろうことか大体ニ十分間この状態は続いていたのだった。
戦線は膠着状態である。
「さてどうしたものか」
俺はなんだかこのままだとただ二人とも疲れ果てて、どっちもが倒れる未来が見える。
それは物凄い後の話だろうが。だって吸血鬼と、天使だぞ。一年だって続く気がしてならないのは気のせいだろうか。
まあ、それはそれでいいのだ。吸血鬼がくたばった後に俺らがとどめを刺せばこの問題は解決する……。
だが、俺は非常にいらちな性格をしているのだ。できることなら早くしろ。それが俺のスタンスである。
「イプシロン。どうしたらいい?」
「気安く話しかけるな」
ここまでが、フォーマル。
「えーっと。しばらく待って、力尽きたら……でどうですか?」
やっぱり考えることは皆同じか。
三人いないとやっぱ文殊の知恵は出てこないらしい。さっきは馬鹿ばかりだから知恵など出なかったが……。
「イプシロンもそうなのか?」と言えば露骨に彼女は嫌な顔を見せた。
「あー。でも、あー。あー」とうんとかすんとか言いたいけど、何にも思いつかなかったらしい。俺の意見と逆張りで行きたかったのだろうけど、駄目らしい。
「じゃあ。このまま待機でいいですか」
「まあ。そうだろうね」と適当に流した。
俺らは適当に見ることにした。
一瞬天使と目が合ったが、睨みつけられた。何が良くないんだろうねえ。こうやって偉そうに腕組んで見下していることかねえ。
俺は高みの見物としようかね。
「何してんですかあああ。ちょ、ちょっと。た、助けてくださいよおお」
天使は叫んだ。
「助けるって言ってもどーするんだああ。てめえのせいで俺なんもできんだろおおおおお」
「そんなこと何百回も聞き飽きたああ」と一種の手続き的なやり取りを進めた後、やっぱり罪悪感……はないが、なんか考えようかと思った。
「まあ。なんか考える」と出まかせを吐いて、ぼおと考えた。
駄目だなんもねえ。
三角座りをしてぼおとしておく。
「おおおおい。チハヤさん本当に考えているんですよねえええ。心配になるんですけどおお」
おっけ。おっけーとジェスチャーをして伝える。
しかし、戦いながら、ツッコむなんて器用なことをする。この天使ギャグ漫画に向いてるなと思った。
まあ。この態度は吸血鬼には召さず、目じりに怒りが現れただろう。
「こっちに集中しなくていいのか?我は余裕だと?」
ほら、やっぱり怒っちゃているじゃん。
「それだけ言うなら、我の必殺的なものを見せよう」
え?えっとヤバくないか?
俺はその言葉以上に驚きを隠せない。字面もヤバいが、言語的な差か。翻訳の差か。
帝国語には複数系というものがある。察しの通りどこについているかというと必殺のところである。
必殺が複数個あるということなのである。
「え…。ちょっと。必殺。必殺が……。必ず殺すという意味ですよね。それが、何個もあるのはちょっと……」
天使は当惑してた。
このまま、戦い続けるのなら、その必殺技が解放されていく。それは段階ごとだろうから、戦局がどんどん辛くなるのは自明だった。
「あっ。でも、そうだ。複数だからと言ってそんなに無数にあるなんていうことはないかもしれません。二つでも複数系を使いますから……うん」
「あ?そんな訳ないだろう?二つではないんだよ」
「じゃあ。奇数ですか?」
「…………。違うだろう」
「迷ったから桁が凄いことになっているのかも……終わっていることは分かりますね。それは百よりhighですかlowですか?」
「high」
「ああー。あー」と天使は絶望に唸った。天使に似つかわしくない真っ青な顔をしている。と言うか、こいつヌメロンやってやがるな。さっきまでちょっと楽しそうに口角を上げていた。
なんだろう暇なんだろうか。だから直接聞かず、こうやってゲームとして楽しんでいるのだろうか。
「俺も暇なんだが、どうしてくれるんだ」
「知りませんよ」
やっぱり淡白だ。あーあ。もうちょっと愛想よくできないのか?もうちょっと打ち解けるような性格をしていたならば、こんな状態に暇しなかったのに……。
「知りませんが、」とイプシロンは続けようとした。俺の応答に対して返事を返すのは緊急時と多分暇なとき…。彼女も暇なのかな?と思った。
「あの人はどうしてくれるのでしょう」
イプシロンは御前に指先を向けた。
そちらは天使と吸血鬼がいる方向……。
あれ。こちらに向かっていくる。この構図デジャヴを感じるのだが……。
「ひやあああ。私無理ですうううう」とそう叫びながら天使は俺らのそばを走り過ぎた。
「あ、アイツうううううう。何してくれとんじゃあああ」
俺は怒号を叫ばざるを得なかった。
天使。二回目の闘争からの逃走である。




